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「現代のラヴクラフト」「ホラーの化身」…伝説の作家の日本初単著! トマス・リゴッティとは誰か? 『悪夢工場』解説無料公開

「現代のラヴクラフト」「ホラーの化身」…伝説の作家の日本初単著! トマス・リゴッティとは誰か? 『悪夢工場』解説無料公開

「現代のラヴクラフト」
「ホラーの枠に収まらないホラー作家」
「キングがホラーの達人なら、リゴッティはホラーの化身だ」

現代アメリカのホラー作家として特異な位置を占め、絶大なカルト的人気を誇るトマス・リゴッティ。

その文学性の高さから、ポー、ラヴクラフト、フィリップ・K・ディック、ナボコフ、カフカ、ブルーノ・シュルツ、トーマス・ベルンハルトほか、世界文学のさまざまな巨匠たちと並び称され、米国ホラー作家協会(HWA)が主催する、その年に出版された最も優れたホラー小説、ダーク・ファンタジー作品などへ贈られるアメリカ最高峰のホラー文学賞、ブラム・ストーカー賞をこれまで4度受賞しました。

2019年には、スティーヴン・キング、ハーラン・エリスン、エドワード・ゴーリー、ジョージ・A・ロメロなど錚々たる作家、アーティストが名を連ねる同賞の「生涯功労賞」に輝き、1996年には本書の元となる自選短編集『The Nightmare Factory』で英国幻想文学大賞を受賞するなど、世界的にも高い評価を受けています。

そんなリゴッティの本邦初単行本『悪夢工場』を、12月4日に弊社より刊行しました。
発売にあたり、編訳者の若島正さんによる「解説」を公開します。
ぜひお読みください。

悪夢的な造本も美しい…

 

トマス・リゴッティ『悪夢工場』
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解 説

若島正

 

 本書は、現代の恐怖小説家としてはカルト的な支持を獲得し、国際的にも高い評価を受けている、トマス・リゴッティ(1953年生まれ)の自選短篇集The Nightmare Factory(1996年)に収録された45篇から、9篇を選んで編んだものである。単行本としては、これが本邦で初めてのリゴッティの紹介となるので、作風の変化や、彼の独特な小説世界がよく現れているものを選ぶようにこころがけた。なお、わたしが訳出した7篇はすべて初訳であり、残りの2篇については、白石朗氏と宮脇孝雄氏による既訳のものを収録させていただいた。

 リゴッティはアメリカのミシガン州デトロイトで生まれ、同地にあるウェイン州立大学で英文学を学んだ後、ゲイル・リサーチという出版社の文学批評部門の副編集者として勤務し、2001年に退社してからは、フロリダに移り住んだ。公の場に姿を現すことはほとんどなく、私生活は謎に包まれている。これまでインタビューには数多く応じているものの、Eメールや郵便でのやりとりしか許可しておらず、ヴィデオの録画や音声の録音は残っていない。不安障害やパニック障害といった慢性的な健康問題を抱えているため、作家活動も断続的ではあるが、2023年には詩集Pictures of Apocalypseを出しており、この解説を書いている時点ではそれが最新作になっている。

 作家としてのデビューは、1981年に「ニクタロプス」誌という、ラヴクラフトとその系譜の作家たちを扱うファンジンに掲載された、短篇“The Chymist”である。それ以降、リゴッティはほとんどの作品をファンジンやセミプロ誌といったマイナーな媒体で発表しつづけた。また、一九八二年から八五年まで、文学・芸術を扱う「グリモワール」誌の寄稿編集者を務め、筆名でもいくつかの短篇を発表した。そうした作品を集めた、最初の短篇集Songs of a Dead Dreamerは、「ニクタロプス」誌の発行者であったハリー・O・モリスによって、300部限定のペーパーバックというかたちで1986年に出版された。この第一短篇集では、すでに大家となったラムジー・キャンベルが序文を書いている。

 こうして、リゴッティの名前は最初のうちごく少数の愛読者によって静かな話題になっていただけだった。しかし、「アリスの最後の冒険」がダグラス・E・ウィンター編のアンソロジーPrime Evil(1988年、邦訳『ナイト・フライヤー』新潮文庫)に再録され、第一短篇集の改訂版(不出来な作品を削り、新たに作品を追加したもの)が一九八九年には英国で出て、さらに翌年には、それがアメリカでキャロル・アンド・グラフという名前の知れた出版社からハードカバーで出たし、これも本書収録の「道化師の最後の祭り」が老舗の「ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション」誌1990年4月号に掲載されることになり、リゴッティは次第に広い読者層にも知られるようになっていった。ラヴクラフトを中心とする怪奇小説研究の第一人者であるS・T・ジョシは、シャーリー・ジャクスン以降の現代怪奇小説を論じたThe Modern Weird Tale(2001年)において、リゴッティ論をいちばん最後に置き、「道化師の最後の祭り」や「ヴァステイリアン」、「ネセスキュリアル」といった作品を書きつづければ、「ラヴクラフト、ブラックウッド、ダンセイニ、ジャクスン、キャンベル、クラインの仲間入りをすることになるだろうし、実際に彼はもうすぐそこまで来ている」とリゴッティを絶賛する言葉で締めくくった。また、これまでに英国幻想文学大賞を一度、ブラム・ストーカー賞を四度受賞した実績を持つ。現在では、リゴッティがホラー小説というジャンル・フィクションの枠に収まらない書き手だという評価はほぼ確定している。その最も象徴的な出来事は、2015年にペンギン・ブックスがリゴッティのSongs of a Dead DreamerGrimscribeを合本にして、ペンギン・クラシックスの一冊として出版したことだろう。いわば、リゴッティの作品は、後世に読み継がれるべき「古典」として認知されたのである。

 リゴッティの小説に現れている独特の作風を知るのに最も有益なのは、彼が書いた評論であるThe Conspiracy against the Human Race(2010年)を読んでみることだ。そこでは、ブラックウッドの「柳」やラヴクラフトの「チャールズ・デクスター・ウォード事件」といった怪奇小説のみならず、ホレス・マッコイの『彼らは廃馬を撃つ』やローラン・トポールの『幻の下宿人』、ルイジ・ピランデッロの『ひとりは誰でもなく、また十万人』といった文学作品が論じられているが、顕著なのはニーチェ、シオラン、ショーペンハウアーといった哲学者たちの影響が濃厚に見られることで、とりわけ最も頻繁に言及されているのは、ノルウェーの哲学者ペーテル・ヴェッセル・ザプフェ(別表記あり)の“The Last Messiah”(原語では“Den sidste Messias”)という論考である。ザプフェが説くのは、いわゆる「反出生主義」、すなわち人間が生まれてきたことじたいを否定する見解であり、リゴッティはザプフェの論考を踏まえながら、自己意識というものを人類にとっての生物学的誤作動であり、人間は意識を持つがゆえに死や己の無意味さを知るため、存在そのものが有害かつ無益だと主張する。この議論によれば、人間は自由意志を持たない操り人形で、自我というものは幻影にすぎず、意識とは存在を欺く装置に他ならない。人類は信仰・国家・家族・芸術などによる自己欺瞞によって、現実の恐怖から逃れようとする。リゴッティにとって、ホラー小説とは人間の不気味さを映す鏡であり、いわゆる「超自然」の恐怖は現実の恐怖を映し出すものになる。

 人間存在そのものに対する根源的な疑義を展開する、このペシミズムに彩られた評論が、彼の小説作品とぴったり整合していることは、本書をお読みになればわかっていただけるだろう。初期の作品には、まだラヴクラフトやマッケン、ブラックウッドなどの古典的怪奇小説の影響が若干残っていはいるものの、リゴッティを評するときにしばしば用いられるラテン語「スイ・ジェネリス」という言葉どおりに、他のどんな作家にも似ていない、まったくリゴッティ独自の小説世界が次第に展開されるようになっていく。崩壊しつつある現実のほころびから暗黒が顔をのぞかせる。登場人物たちはキャラクターとしての丸みを剝奪され、ペンギン・クラシックス版で序文を書いたジェフ・ヴァンダミアが書くように、いわば「特性のない男」になる。本書の最後に置いた「赤塔」に出てくる珍奇な生産物たちは、リゴッティの小説作品になんとよく似ていることだろうか。

 メタフィジカル・ホラーとでも呼べる、リゴッティの文学的および思想的影響は、多くの新しい作家たちに影響を与えつづけている。リゴッティの影響を公然と認めているレアード・バロン、ジョン・ランガン、マーク・サミュエルズといった作家たちの他にも、ブライアン・エヴンソン、マイケル・シスコ、ニコール・クッシングなどの作家たちの作品にも、リゴッティとの共通性が認められる。このようなリゴッティの影響力は、2018年にその名もVastarienという文芸誌が創刊されるまでに至った。これは、リゴッティ作品を論じる評論から、リゴッティの世界観に関わった文学と哲学が交差する領域を扱ったもの、さらにはリゴッティ的なテーマを追求する創作を広く募った文芸誌だが、2024年に出た第7号を最後に「無期限の休刊」が告知されている。

 また、リゴッティの影響は文学の範囲のみにとどまるのではない。リゴッティは過去に音楽活動を行っていたとされ、インタビューで語っているところによれば、ギターを弾いていた経験があるそうだが、彼の小説世界は、環境音楽から派生して不協和音を特徴とする、いわゆるダーク・アンビエントと呼ばれる音楽や、ノイズや機械的な音を特徴とする、いわゆるインダストリアル・ミュージックなどと親和性が高いとされる。リゴッティがミュージシャンに直接の影響を与えているケースもあり、イギリスのネオフォーク/アポカリプティック・フォークのバンドである「カレント93」のリーダー、デイヴィッド・チベットはリゴッティ作品の愛読者で、カレント93とリゴッティのコラボレーションによるアルバムはYouTubeにアップされており、その中には、リゴッティが自作の一節の朗読を電話越しに(!)吹き込んだものもある。

 リゴッティの作品群には、紹介すべきものがまだまだたくさん残っている。本書が本邦におけるリゴッティ評価のきっかけになり、第二集、第三集と紹介が続くことを願ってやまない。

 

本書収録作品リスト

「戯れ」(The Frolic)
  Fantasy Tales 5(1982年)初出
  Songs of a Dead Dreamer(1986年)所収

「アリスの最後の冒険」(Alice’s Last Adventure)
  Songs of a Dead Dreamer(1986年)初出

「ヴァステイリアン」(Vastarien)
  Crypt of Cthulhu 6 no.6(1987年)初出
  Songs of a Dead Dreamer改訂増補版(1989年)所収

「道化師の最後の祭り」(The Last Feast of Harlequin)
  The Magazine of Fantasy & Science Fiction(1990年)初出
  Grimscribe(1991年)所収

「ネセスキュリアル」(Nethescurial)
  Grimscribe(1991年)初出

「魔力」(The Glamour)
  Grimscribe(1991年)初出

「世界の底に潜む影」(The Shadow at the Bottom of the World)
  Fear no.16(1990年)初出
  Grimscribe(1991年)所収

「ツァラル」(The Tsalal)
  Noctuary(1994年)初出

「赤塔」(The Red Tower)
  The Nightmare Factory(1996年)初出
  Teatro Grottesco(2006年)所収

 

主要作品リスト

短篇集
  Songs of a Dead Dreamer(1986年)
  Grimscribe: His Lives and Works(1991年)
  Noctuary(1994年)
  The Agonizing Resurrection of Victor Frankenstein and Other Gothic Tales(1994年)
  The Nightmare Factory(1996年)
  In a Foreign Town, in a Foreign Land(1997年)
  The Shadow at the Bottom of the World(2005年)
  Teatro Grottesco(2006年)

ノヴェラ
  My Work Is Not Yet Done(2002年)

評論
  The Conspiracy against the Human Race(2010年)

詩集
  Death Poems(2004年)
  Pictures of Apocalypse(2023年)

 

==本編はトマス・リゴッティ『悪夢工場』でお楽しみください。==

 

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著者

若島正

1952年生まれ。京都大学名誉教授。英米文学者、詰将棋・チェスプロブレム作家。著書に、『乱視読者の新冒険』、『乱視読者のSF講義』、『ロリータ、ロリータ、ロリータ』、『盤上のフロンティア』など。訳書に、V・ナボコフ『ロリータ』、『ディフェンス』、T・スタージョン『海を失った男』、M・マッカーシー『私のカトリック少女時代』など。編訳書に『モーフィー時計の午前零時 チェス小説アンソロジー』、『ベスト・ストーリーズ(全3巻)』、シリーズ「ドーキー・アーカイヴ」など。

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