ためし読み - ノンフィクション

“魔女”と”魔術師”は全然別モノだった?「私たちの生活は、魔術を簡単に手放せるほど、中世の祖先の生活と違っているわけではないことは確かだ」──『中世ヨーロッパの魔術師』

“魔女”と”魔術師”は全然別モノだった?「私たちの生活は、魔術を簡単に手放せるほど、中世の祖先の生活と違っているわけではないことは確かだ」──『中世ヨーロッパの魔術師』

たとえば、正式な警察も保険も存在しない世界で大切なものを失くしたら、人々は誰を頼ればいいのでしょう?

中世ヨーロッパでは、最初に思いつくのはたいてい”魔術師”でした。

中世ヨーロッパでは魔術も魔術師は日常の一部であり、王も騎士も聖職者まで、魔術に頼って暮らしていました。

また、この”魔術師”は、いわゆる”魔女”とは違うものだと区別されていたとか。

当時の人々のリアルな生活と感情を描き、魔術のイメージがくつがえす一冊『中世ヨーロッパの魔術師』から、池上俊一先生による「解説」を特別公開します。

 

『中世ヨーロッパの魔術師』

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解説 魔術師と不思議の世界

池上俊一(西洋中世史研究) 

 

 本書において多くの興味深いエピソードとともに描かれるのは、中近世ヨーロッパとくにイギリスにおける「カニングフォーク(カニングマン/カニングウーマン)」とその技法である。カニングフォークとは、人々の間で日常的に発生する諸問題を解決し、願いを叶えてくれる一種の魔術師のことである。

 著者によると、カニングフォークは以下のような困りごとを解決してくれるのだという。すなわち大切なものを盗まれたり紛失したりしたとき、「パンとナイフ」や「ふるいとハサミ」などの道具を使って盗人や遺失物を探し当てる。愛にまつわる魔術では、純粋な恋愛成就だけでなく地位の高い相手を求めたり子宝に恵まれたりするために、呪文を唱えハーブ・体液を使った媚薬を提供する。また彼らは病気治療においても大いに信頼されており、薬草療法を提供し、患者の身体に触れて特定の動作をし、あるいは病気や呪いを患者から別の存在(動物や物体、あるいは自分自身)に移す方法を使う。

 その他、彼らは、裁判や決闘での勝利、借金返済、宝探し、宮廷での昇進などを目的に魔術の処方——護符や呪文、祈禱——をしたし、恨む相手への復讐を助け、妻殺しなどの殺人を手伝うといった加害魔術も引き受けた。さらにカニングフォークには占い師としての側面もあり、占星術や手相占いにより未来の出来事や運命を予測して、結婚や事業の成功、旅の安全などに関する助言を行ったという。

 科学が未発達で医療が十分でなかった時代においてカニングフォークが重要な役割を果たしていたこと、また魔術を用いた復讐が無力感を抱える人々にとって魅力的な選択肢であったことは十分納得できるし、当時の狭い人間関係の中で順調な生活を送るには、「よい評判」が不可欠で、悪評を避けるために魔術に頼ったという側面もあり、カニングフォーク自身もその評判の試金石に晒されたとする指摘は面白い。

 中近世イギリスでは、カニングフォークは大抵の場合、治療者、助産婦、占い師、なくしもの捜索の専門家として許容され、魔女や妖術師とは区別されており、邪悪な妖術のかどで訴えられた者はほとんどいなかった。彼らが悪意に発する加害魔術を行ったとしても、それは魔術師自身の悪意ではなく魔術を利用する人の悪意であったという。加えて、ほとんどのカニングフォークは神の力、少なくとも道徳的には中立の力を通して魔術を行っていると主張しており、霊——妖精から悪魔まで——を利用している者でさえ、自分はそれらに仕えているのではなく、支配しているのだと主張した……以上の見立ては正しいだろうし、その事実を多くの事例をもって明らかにしたことは、本書の功績だろう。

 もちろん、こうしたカニングフォークを免罪しない神学者や司法官は本書の対象地域であるイギリスよりも大陸に多くいて、相当数のカニングフォークが近世の魔女狩りの犠牲になったことには留意しておきたい。

 

ヨーロッパ中近世の魔術

 ここで、ヨーロッパ中近世の人々が不思議な超自然現象にどう向き合ったのかを、もう一度、整理してみよう。

 当時の人々にとって「魔術」というのは、この世のモノ、自然の存在に対して秘密に満ちた支配の力を及ぼす技法で、人間の常識的理解・経験を超えて驚異の念や畏怖を呼び覚ます。それは目に見えない不可知の源泉から力を得ている。本書の著者は、魔術が倫理的に厳しい非難を浴びたのは16世紀末以降だと考えているようだが、それ以前の中世においてもキリスト教会は、しばしば魔術を断罪したことに注意したい。

 中世の知識人たちが考えた分類では、超自然現象は三つに区分されていた。一つは神が起こす現象で、主に天使、あるいは聖人や聖遺物が神の力を媒介する「奇跡」である。もう一つは、神の仇敵たる悪魔が根源となって、その配下の悪霊や、人間のうち悪魔と契約を結んだ魔女(男は妖術師と呼ぶ)が行う「妖術」である。そして三番目が、神でも悪魔でもない、自然から力を汲んで起こす——ないし自然に発生する——、自然の超自然現象たる「驚異」である。別言すれば、「驚異」とは中性的・中立的な魔術・超自然現象とも言えるだろう。その主人公は妖精であり、不思議な動物たちであり、あるいは発現場所としての森や泉、巨石や巨木である。たとえば石や木片などが投げ込まれるとあたりにザアーッと雨を降らす泉とか、特定の樹木に出来る瘤から小鳥が生まれるとか、鹿の大群を吞み込んで姿を見えなくさせる森とかといった人間が関わらないケースもあれば、玄義を体得した魔術師がそうした不思議を魔術によって引き起こすこともある。

 本書で紹介される機械的驚異(エダン城、生きているかのように動く機械仕掛けの猿、庭を飛び交う機械仕掛けの鳥、小麦粉を振りまく鏡、神話を語る木像の隠遁者……)は、自然の驚異ではなく人工の驚異だが、中立という点ではおなじ範疇に入れられるだろう。

 こうした「驚異」が宮廷で人気になり、騎士や貴婦人たちの好奇心を触発したのは、中世の半ば、11〜13世紀という時代であり、その後は異教や迷信に対して態度を硬化させた教会当局や神学者・法学者により、自然の超自然現象たる「驚異」は、大きく悪魔の領界すなわち「妖術」へと傾き、「驚異」が「妖術」へと同化されていくのである。後期中世から近世にかけて、それまで許容されていた魔術・呪術が、悪魔と結託した魔女(妖術師)による妖術と見なされ、首謀者が火刑台へと送られるというのはこうした成り行きの結果である。その際、薬草の知識を持ち悩める庶民の相談に乗っていた賢女・産婆がしばしば標的にされたが、本書で言うところのカニングフォークの一部も目をつけられて処断された。

 もう一つ近世において目立つのは、学識魔術とでも言うべきものの隆盛である。この知的・科学的魔術を実践する魔術師は、古典古代の学知(ギリシャ・ローマのみか、ユダヤやエジプトのものも)を学び、あるいはゲルマンの大地の懐深くから秘められた知恵を汲み取って「ルネサンス」の裏面を飾ったのである。本書にも、カニングフォークの占星術師、錬金術師としての面が登場してくるが、占星術師は中世から王侯の宮廷、いや教皇の宮廷にまで御用学者として雇われ、ルネサンス期になると錬金術師ともども大活躍した。またルネサンス期には、新たな驚異への好奇心が高まった。これは体色の変化する動物(カメレオン)や異常な形態の怪物的動物、あるいは身体の部分が結合した双生児や男女両方の性器を有する畸形といった動物や人間の「身体」と、血の色をした恐ろしげな彗星などの「天体」現象に集中していた。

 

聖なる「カニングフォーク」の奇跡

 本書で語られている「カニングフォーク」の技は、ほぼ、キリスト教道徳とは離れた、異教的・土俗的な信仰の発現、上記の三分類の中では自然の超自然に関わる「驚異」に分類してよいと思うが、ヨーロッパ中近世においては、じつはキリスト教的な不思議・・・・・・・・・・、つまり神の意を受けた聖人(聖遺物)や天使による奇跡の方がはるかにおびただしく、日常的に起きていたことを忘れてはならない。キリスト教徒にとっては、神と神が定めた宇宙の秩序こそが、超自然現象、不思議の続発する舞台であった。そしてこれらのキリスト教的奇跡現象には、しばしば異教的・土俗的な信仰が混じり合って、人々の日常の難題を解決し、願いを叶えてくれていた。だからその行使者=主役たる「聖人」というのは、まさに「カニングフォーク」「魔術師」にほかならなかったのであり、その点、これをまったく閑却してしまうのは、一面的な見方になろう。

 魔術師としての聖人に関する古典的研究たるC・グラント・ルーミス『白魔術』(1948年刊)は、聖人によるこれらの魔術を、圧倒的多数の「治癒」以外に、いくつかの項目にまとめている。本書を補う意味で、聖なる「カニングフォーク」たる聖人の奇跡についていささか例示してみよう。

 1 神童:聖人伝では、しばしば聖人の誕生や幼児期に、その偉大さや力の予感を見出そうとする。胎内にいるときから話をして対立者を和解させたり罪深い人を責したりする子ども、生まれるやすぐに立ち上がる子ども、禁欲を守らない母の乳を拒否する子ども、神の導きにより一日目に文字を、二日目には活用形を、そして三日目には書き方を習得する子どもなどは珍しくない。また選ばれた子どもがこの世に降臨したときには光の柱や火の球が現れる。

 2 四大元素​:最良の白魔術師たる聖人には天地万物への支配権が授けられた。ある聖人は、友人とできるだけ一緒にいられるように一日を長くしたし、杖で地面や岩を叩いて泉を湧き出させたり、祈ることで意のままに雨を降らせたり、過度の降雨や嵐を止めたり、川の流れを変えたりする聖人もいた。

 3 五感:不思議なマントを纏って透明人間になるのは稀な現象ではなかった(視覚)。聖人の死に際しては、人の手を借りずに教会の鐘が鳴る(聴覚)。聖人は生前非常に心地よい香りの息を吐き、死にゆくときには聖性の芳香が発散される(嗅覚)。ある少女が安息日に髪を梳かすと、櫛が手に貼り付いた(触覚)。パンが様々な珍味に、水が酒の味になった(味覚)。

 4 動物:聖人はしばしばライオンやオオカミなどの猛獣と信頼関係や友情を育んだ。神の名において庭から毛虫を追い払ったり、作物を食い荒らすバッタを祈りによって退治する聖人もいた。

 5 天与の予見・知識:多くの聖人が自身の死を驚くほど正確に予言することができたし、戦争・決闘の結果や、盗まれた馬が戻ってくることを予言したりもした。聖人たちは、布教に赴いた先の異教徒の母国語で話し説教する能力を授かっていた。

 6 物質に対する力:圧倒的に多い物質変化の奇跡は水がワインに変わるという奇跡だが、水をビール、牛乳、蜂蜜、血、油あるいはバルサムに変化させる奇跡もあった。パンが石に変わるという罰としての奇跡も多く見られる。人間自身の変化では、男を鹿に変え、女を男に変えるほか、黒人の少年の肌の色を白くしたりした。破砕・切断された盃・カップなどの物体を元の状態に戻すこともあった。

 7 移送:聖人のおかげで船が驚くほどの速さで母港に戻り、海賊の魔の手から救われる奇跡が起こった。また水の上に静かに外套を広げ、目的地へと向かった聖人もいる。天使の助けを借りたり雲に乗ったりして、人や物が空中を旅することも間々あった。

 8 奇跡的成長:聖人が杖を地面に突き刺すと、そこから葉が芽吹き花が咲いたし、枯死した森全体を一瞬で蘇らせ、飢饉のときに小麦を実らせることもできた。

 今紹介したキリスト教の「聖人」にせよ、あるいは本書がテーマとする世俗的な「カニングフォーク」にせよ、中近世ヨーロッパで彼ら「魔術師」——より正確には白魔術師——が活躍できたのは、当時、政治・経済・社会が不安定な要素に満ち、さらに人知では対処できない自然現象が多発して、人々が不思議な雰囲気の世界に生きていたからだということは間違いなかろう。

 だが、医学はじめ科学文明がずっと進歩し、生活が便利で快適になっても、我々現代人の前には日常的に多くの困難が立ちはだかり、不安は一向に解消しない。そこで新手の魔術師が求められる場面もあるだろう。著者も本書末尾で「私たちの生活は、魔術を簡単に手放せるほど、中世の祖先の生活と違っているわけではないことは確かだ」と述べている。とは言え、今日では、魔術師と詐欺師の見分け方が、いよいよ重大で深刻な緊急課題となっていることも疑いない。

 

==続きは『中世ヨーロッパの魔術師』でお楽しみください。==

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著者

池上俊一

1956年生まれ。東京大学名誉教授。専攻は西洋中世史・ルネサンス史。主な著書に『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書)、『歴史学の作法』(東京大学出版会)、『ロマネスク世界論』『ヨーロッパ中世の想像界』(以上2著、名古屋大学出版会)など多数。

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