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リオのスラム育ちで10代前半から働いていた少年が「ブラジル最高の文学」と称される作品を書いた話──リオデジャネイロの現実を映す『太陽に撃ち抜かれて』訳者あとがき無料公開

リオのスラム育ちで10代前半から働いていた少年が「ブラジル最高の文学」と称される作品を書いた話──リオデジャネイロの現実を映す『太陽に撃ち抜かれて』訳者あとがき無料公開

マフィアと警察が抗争を繰り広げ、麻薬中毒者たちが路頭をさまようなか、子どもたちは本物の拳銃で遊びまわり、若者たちはビーチで大麻を吸い、恋をする──。

 

 

建築家ル・コルビュジエが街並みの美しさを称え、人類学者レヴィ=ストロースが著書『悲しき熱帯』(1955年刊行)でこの街に住む人々の貧しくも陽気に暮らす様子を書き残した、ブラジル・リオデジャネイロのスラム街〈ファヴェーラ〉。
映画『黒いオルフェ』、『シティ・オブ・ゴッド』関連作など数々の映像作品の舞台となり、サンバ、ボサ・ノヴァ、近年のバイリファンキ、ヒップホップといったブラジル音楽で今もなお歌われるこの地区は、メガシティ・リオデジャネイロの光と影を常に映し出し、ブラジルの人々の逞しさ、その豊饒な文化を象徴し続けています。

 

 

1991年に生まれたジョヴァーニ・マルチンスは、リオ南部の〈ファヴェーラ〉で育ち、10代前半から、飲食店のウェイターや路上のサンドイッチマン、ビーチテントの販売員などの仕事で生活の糧を得ていました。
2013年、22歳の時に、とある文学ワークショップへ参加したことがきっかけとなり創作の道へと進み、2018年にデビュー作となる本書『太陽に撃ち抜かれて』を発表。現代の〈ファヴェーラ〉に生きる人々の言葉を駆使し、様々な視点、角度から若者たちの日常、心の機微、苛烈な現実を活写したこの4~18ページほどの短い物語13編は、瞬く間にブラジル国内の話題をさらい、各紙誌から「今世紀最高のブラジル文学」とも称されるベストセラーとなりました。
その後、本書は世界10カ国で翻訳出版され、英語版は「スペクテイター」誌や「フィナンシャル・タイムズ」紙の年間ベストブックに選ばれるなど、世界的な評価を獲得。錚々たる作家、ジャーナリスト、ミュージシャンより熱烈な賛辞が贈られています。

 

映画『シティ・オブ・ゴッド』以後の最も重要な想像力
――アイリッシュ・タイムズ(アイルランド・日刊紙)

人生とはこんなにも容易く狂ってしまう
――ガーディアン(イギリス・日刊紙)

リオデジャネイロのスラム〈ファヴェーラ〉の生活を、タフで優しい文体で、驚くほど力強く描いた
――カーカス・レビュー(アメリカ・書評誌)

ブラジルの大作家ローザに匹敵する美しさ、さらに高みへと向かう才能
――カエターノ・ヴェローゾ(ミュージシャン)

ぶっ飛ばされた
――シコ・ブアルキ(ミュージシャン・詩人)

大胆な口語から正統ポルトガル語へ、呼吸するように飛び移る。かつてない力で、ブラジルの新たな言語が文学にやってきた
――ジョアン・モレイラ・サレス(映画監督)

 

 

このたびは、本書の日本語版発売を記念して、福嶋伸洋氏による「訳者あとがき」を無料公開します。ぜひお楽しみください。

 

***

 

訳者あとがき

 1991年に生まれたジョヴァーニ・マルチンスは、リオデジャネイロ郊外の地区バングーで幼少期を過ごしたあと、リオ南部の、富裕層が多く住む地区にも近いヴィヂガウやロシーニャといったファヴェーラ(貧困層の住む地区)で育った。リオ市内部でのこの移動によってマルチンスは「部外者= outsider」としての視点を持つことになり、それぞれの場所の風習や文化の違いに意識を向けることが創作に役立ったと語っている。(なお、ファヴェーラと高級住宅地とが近接するリオ南部では、ファヴェーラが丘の上に形成されていることからそれを「丘」と呼び、平地にある高級住宅地のほうを「アスファルト」と呼ぶ習慣がある。)
 当時の教育制度での第8学年(13、4歳くらいまでと思われる)まで学んだあと、軽食堂の店員や路上で広告塔を務めるいわゆるサンドイッチマンなどとして働き、2013年に周縁地域の文学をテーマにしたワークショップに参加したことをきっかけに創作の道に進むと、17年に Companhia das Letras社と出版契約を結んだ。そして翌18年、本書『太陽に撃ち抜かれて(O Sol na Cabeça)』が刊行された。リオのファヴェーラのさまざまな現実の側面を、現地で実際に話されているきわめてくだけた口語を用いて活写した本書は、21世紀ブラジル文学の重要作品のひとつとも見なされており、英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語などにも翻訳されている。その後の進展は明らかではないが、18年には本書を映画化する契約が結ばれたという情報も出ていた。22年にはファヴェーラに暮らす四人の若者たちを描いた長篇『アピア通り(Via Ápia)』を刊行している。
 
 本書に収録された短篇の多くで舞台になっているファヴェーラについて、歴史を振り返っておこう。
 ファヴェーラの起源は19世紀に遡る。ブラジル北東部で1897年頃に起こった独立騒動、カヌードスの乱を鎮めるために、ブラジル各地から兵士が集められ、派遣された。リオに帰還したが住居が提供されなかったその兵士たちは、なし崩しにプロヴィデンシアの丘に住み始める。彼らが戦地で見た favelaという植物の名が「ファヴェーラ」という言葉の由来になったようだ。さらに、リオ中心部の地区整備によって住居を強制的に解体されて住処を失った貧困層の人びとが、丘などに非合法に住居を建てて住み始めた。行政の庇護の行き届かないそのようなファヴェーラでは、おのずと自治体制ができあがっていった。
 1930年代にリオを訪問した建築家ル・コルビュジエは、ファヴェーラの丘の家並みやそこに暮らす黒人たちのデッサンを残している。その美しさを称える言葉を述べたところ、彼を招聘したブラジルの高官はファヴェーラが「わたしたち文明人にとって恥」だと言ったという。
 リオの丘に広がるファヴェーラは、ボサノヴァを広めた1959年の映画『黒いオルフェ』の映像で世界の目に止まることになった。1955年に出版された『悲しき熱帯』で人類学者レヴィ=ストロースは、35年に訪れたリオについて、現在は都市計画が問題を解決しているだろうがと断りつつ、次のように書き残している。「貧しい人々は、丘の上のファヴェーラで羽根を休めるように生きていた。洗濯ですり切れたぼろをまとった黒人たちがギターで軽やかな旋律を生み出し、カーニヴァルのときには高みから降りてきて、その旋律で街を満たした」──この文章は、20余年後に公開された『黒いオルフェ』の一シーンを描写しているようにも読める。
 1070年代以降、ファヴェーラは麻薬の密売を生業とする組織の温床となってゆく。彼ら、traficanteトラフィカンチと呼ばれる密売人たちは、警察や軍から奪われたり横流しされたりした銃器で武装して、ファヴェーラを支配し、他の〈組〉や警察と対立してたびたび銃撃戦を起こすようになり、治安の問題についての解決の糸口は現在でも見えていない。2000年代にはファヴェーラを舞台にした映画『シティ・オブ・ゴッド』(02年)、『シティ・オブ・メン』(07年)、『エリート・スクワッド』(07年)が相次いで公開され、その困難な状況をさまざまな角度から描き出した。
「ファヴェーラは社会問題だ」と歌うベゼーハ・ダ・シウヴァ(Bezerra da Silva)のサンバ「おれがファヴェーラ(Eu sou favela)」(92年)に、「ファヴェーラがはみ出し者の巣窟だったことなんてない/はみ出させられた慎ましい人びとがいるだけなのに/そんな真実は新聞には出ない」という詞がある。また90年代のバイリファンキ(リオで 生まれた打ち込みのダンスミュージック)を代表するシヂーニョ&ドーカ(Cidinho e Doca)の曲「幸せのラップ(Rap da felicidade)」(95年)の詞には、「おれはただ幸せになりたいだけ/自分が生まれたファヴェーラを穏やかに歩いて/自分に誇りを持って/貧乏人にも自分の場所があるって思いたいだけ」とある。ファヴェーラが単なるブラジル社会の〝恥部〞や〝問題〞のひとつの結果ではなく、歴史が複雑に織り成してきた多様な問題の産物であるということは忘れてはならない。
 以下、各短篇の内容について振り返る。

 

「ひと回り」
 郊外のファヴェーラに住んでいるらしい若者たちが、暑い日に集団でビーチに繰り出して大麻などの薬物を楽しんで(薄紙に葉っぱを巻くというジョイントの作り方も描写されている)、その帰路で警察の取り締まりに遭遇し、命を危険に晒しつつ逃亡に成功するという物語。ファヴェーラの若者たちが過ごす日常の雰囲気が伝わってくる。

「螺旋」
「丘」と「アスファルト」が近接するリオ南部を舞台にしていると想定される物語。外見や風貌だけで危ない人物と判断されてしまった語り手が、相手の思うとおりに、恐怖を煽る行動に出る。人種や経済格差の違いが、感情までを深く分断していることを感じさせる。

「ロシアンルーレット」
 父への憧憬と、拳銃という「力」への願望とがないまぜになった少年の心の機微を描いている。ファヴェーラでは、子どもたちにとっても銃はふだんの会話に出てくるほど身近に存在している。最後、真実を言うか言わないかという分岐の瞬間の緊張感を残しつつ、物語は終わる。

「蝶の一件」
 自宅で過ごしている一日の何気ないひとこまを描いた作品。語り手は油まみれになった蝶に対して、少年にありがちなグロテスクな残酷さを発揮する。父親が不在で、母親は外で働いているのか、祖母が家庭を象徴する存在になっている。

「ペリキートとマカーコの話」
 2000年代半ば、リオで犯罪組織撲滅のために治安維持警察がファヴェーラに投入され、警察と麻薬密売組織との衝突が激化したという史実を背景にしている。ファヴェーラの住人である語り手は、そちらの側に立ちつつも、「関係者= insider」というより「傍観者= bystander」として戦いの物語を語っている。その相手は、状況についての知識を共有しているらしい「おまえ」と二人称で呼びかけられる誰かで、読者も当事者としての立ち位置を疑似体験する構造になっている。

「登校初日」
 いわばブラジルの「学校の怪談」を題材にした物語。ブラジルでもトイレが幽霊の出る場所になっているのは興味深い。初めて登校する日が、その後の長い学校生活を決する重要な一日になる、という感覚は、文化圏を越えて共有できるものではないだろうか。独自の価値体系があって、プライドや名誉がそこでの死活問題になるという、閉じた世界としての学校が描かれている。

「グラフィティ」
 1970年代末にニューヨークのブロンクスでヒップホップとともに生まれたストリートアート「グラフィティ」は、当時から現在に至るまで、自分の所有物ではない建造物の壁などにスプレーで絵や文字を描く非合法の行為である。リオのファヴェーラの音楽としては、かつてはサンバ、現代ではバイリファンキというダンスミュージックが主流ではあるが、ヒップホップカルチャーも存在する(作中に名前が出ているラシオナイスMCはサンパウロ出身のグループだが、リオ出身で有名なラッパーにはマルセロD2デードイスなどがいる)。子どもを持ったことをきっかけにグラフィティから離れた青年の視点を通して、ファヴェーラのストリートカルチャーの雰囲気が伝わってくる。

「旅行」
 この短篇集のなかで唯一、語り手=主人公が大学生になっている。他の短篇でなら「プレイボーイ」と呼ばれそうな、裕福な家庭に生まれてモラトリアムを過ごしているらしい青年である(その意味で、マルチンスにとっての「他者」を描こうとした作品と言えるかもしれない)。若者たちのグループが休暇をリオ近郊のリゾート地で過ごし、心置きなくさまざまなドラッグを楽しむさまと、そんな彼らが野放図な「外人」と誤解されて襲撃される事件とが描かれる。

「パドリ・ミゲル駅」
 郊外の「ヤク中」の人びとが、屋外で大麻などの薬物を消費したり、入手する場所や手段についてあれこれ論評したりする。そのコミュニティで「禁止」されていたクラックを吸っていたのを強盗に見つかって処罰されそうになる。公の法ではどれも非合法ではあるが、自治的な〝法〞においてはドラッグにグラデーションがあって、独自に〝合法〞と〝非合法〞の線引きがなされている状況が描かれている。

「盲人」
 盲目で、社会福祉の庇護を得るという選択肢も持たず、他人の慈悲に縋って生きなければならないマチアスが、物語を語って人を楽しませようとすることを決断するいう物語。著者マルチンス自身、そのようなファヴェーラのストーリーテラーが語る口承の物語が好きだったと言っているので、この作品も自身の経験が基になっているのかもしれない。

「集落の謎」
 舞台になっている郊外の町は、マルチンス自身が幼少時代を過ごしたバングーをモデルとしているように見える。アフリカ系の伝統的な信仰マクンバ(とその祭司であるイアーラおばさん)が、キリスト教が支配的である現代社会において、迫害とまではいかないまでも、疎外されながら、困ったときには密かに頼りにされるという微妙な状況が描写されている。幼少期を描く物語全体のトーンは温かい。「イアーラ」はアマゾンの先住民に伝わる伝説に現れる水の精の名前である。

「週終わり」
 ファヴェーラで暮らす若者がお金を稼ぐためにアルバイトをするという日常のなかで、同世代の富裕層の若者たちが自由気ままに暮らす様子にふれて憎悪を募らせる。また、警察は、ファヴェーラの住人など下層の人びとに対して無法な取り締まりを行うという汚職を横行させている。その背景に、大麻などの薬物が当たり前のように存在する現実がある。ブラジル社会に内在する対立構造が作中であらわになっている。

「横断」
 怒りに任せて警察官を殺害してしまった麻薬密売組織の男が、その遺体を遠くにあるゴミ処理場へ隠蔽しに行くという物語。ファヴェーラが単なる無法地帯なのではなく、密売組織の者たちは、銃を使っていつでも好き勝手に殺人を冒してよいわけではなく、共同体の安定を守らなければならない、という独自の秩序が描かれている。内部の「法」を破った男は、暗黙の裁きを受けて事実上、ファヴェーラを追放される。この短篇に登場する特殊警察(BOPEボッピ)の腐敗と密売組織との戦いは、前述の映画『エリート・スクワッド』で活写されている。

 10代の頃にボサノヴァをきっかけにブラジルに関心を抱き、その後ブラジル文学研究の道に進んだ訳者は、映画『黒いオルフェ』の原案となったヴィニシウス・ヂ・モライスの戯曲『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』の邦訳を2016年に出した(松籟社刊)。『黒いオルフェ』でファヴェーラは、人びとが貧しいながらも陽気に暮らす場所として描かれていた。映画も原案の戯曲も、ファヴェーラの歴史的現実をあらわにするというよりそれにまつわる幻想を提示するものだった。またここ数年、訳者が取り組んできた作家クラリッセ・リスペクトルはリオに住んでいたが、彼女が描くリオは、抽象的な心的空間として現れることが多く、ファヴェーラの現実はほぼ描かれていない(短篇「家政婦の女の子」に登場する、貧困層に属すると思われる家政婦などは、数少ない例外のひとつである)。そのため、マルチンスのこの短篇集を翻訳することはブラジル文学者としての訳者にとっては果たさなければならない使命だった。これを実現させてくれた河出書房新社の竹花進氏にはいつもより深く感謝したい。

福嶋伸洋

 

***作品はジョヴァーニ・マルチンス『太陽に撃ち抜かれて』でお楽しみください。***

 

書誌情報

書名:太陽に撃ち抜かれて

著者:ジョヴァーニ・マルチンス
訳者:福嶋伸洋
仕様:46判/上装/176ページ
発売⽇:2026年1⽉22日
税込定価:2,420円(本体2,200円)
ISBN:978-4-309-20942-5
装丁:大倉真一郎
装画:マナベレオ
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309209425/

※電子書籍も近日中に発売予定です。
詳細は各電子書籍ストアにてご確認ください。

 

 

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著者写真

ジョヴァーニ・マルチンス 

1991年ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。スラム街〈ファベーラ〉で生まれ育ち、ビーチの物売り等をしながら小説を書き、2018年『太陽に撃ち抜かれて』でデビュー。他の著書に『Via Ápia』がある。

福嶋伸洋(ふくしま・のぶひろ)

1978年生まれ。共立女子大学文芸学部教授。リスペクトル『星の時』で第8回日本翻訳大賞を受賞。他の訳書にリスペクトル『水の流れ』、『ソフィアの災難』(共訳)、アントラーヂ『マクナイーマ』など。

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