TIKTOK「トップ・クリエイター100人」に選出され、「いいね」2000万超を集めた心理学者・臨床心理士ジュリー・スミスによるセルフケアガイド『一番大切なのに誰も教えてくれない メンタルマネジメント大全』を刊行します。
気分の上下、不安、ストレス、やる気……日々のメンタルを整える簡単で実用的な方法を全網羅した本書は、AmazonUKで総合1位、英サンデータイムズで18週連続No.1を獲得し、世界37か国で刊行されているベストセラーです。ぜひご一読ください。
“最新の研究に基づいたメンタルヘルスの知識を、読み手が納得して正しく取り入れられるよう、細やかに配慮された一冊。
一般の方やビジネスパーソンが、「ストレスをためこむことなく、自分で落ち込みや不安から回復するスキル」を知るために最適だ。とくに、このコロナ禍においてメンタルヘルスのニーズは高まっているが、日本では精神科・心療内科やカウンセリング機関は予約でいっぱいで、すぐにアクセスできない。「うつ病を予防したい」「ストレスや悩みを自力で解消したい」「心をより健康にしたい」と感じる多くの人にとって、大切なガイドブックになるだろう。
本書は、読者への温かな思いやりとコンパッションに満ちている。それもそのはずで、最新の臨床心理学研究、脳神経学的研究から効果が実証されている「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」「マインドフルネス」「アクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)」などの知見を大いに取り入れているからだ。本書を通じて、最新の臨床心理学の知恵が、日本の読者に広く知られることを願ってやまない。”
――山藤奈穂子(翻訳者、臨床心理士・公認心理師)
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はじめに
セラピールームでわたしの前に若い女性が座っている。くつろいだ様子で両手をゆっくり動かしながら彼女は自らの思いを語る。セッションはまだ十数回しか行っていないが、最初に見られた緊張感と神経質さはすっかり消えた。わたしの目を見つめ、うなずき、微笑みながら言う。「わかります? それが難しいのは知ってるけれど、わたしならできるって思えるんです」
わたしは目がちくちくと痛み、唾を飲み込む。思わず笑みが浮かぶ。彼女は変化を感じ、わたしも感じている。初めてこの部屋を訪れたときの彼女は、この世界と、自分が向き合わなければならないすべてを恐れていた。自信を持つことができず、新しい変化や挑戦に怯えていた。しかしその日、セラピーを終えた彼女は、少し顔を上げて帰っていった。わたしがそうさせたわけではない。わたしには、誰かを癒したり人の人生を変えたりする魔法のような力はない。彼女が必要としたのは、子ども時代を掘り下げるための長年におよぶセラピーではなかった。他の多くのクライアントと同様に、セラピーでのわたしの主な役割は先生になることだった。科学が何を語り、他の人にとって何が有効だったかを伝えた。彼女がそれらの考え方やスキルを理解し、実践し始めると、変化が起こり始めた。未来に希望を感じるようになり、自分の強さを信じられるようになった。困難な状況に健全な方法で対処できるようになった。そうするたびに自信が少しずつ高まっていった。
この先の一週間を乗り切るために覚えておくべきことを確認していたとき、彼女はわたしを見つめて尋ねた。「なぜ今まで誰もこのことを教えてくれなかったのでしょう?」
その言葉はわたしの頭から離れようとしなかった。そう尋ねたのは彼女が最初ではなかったし、最後でもなかった。同じ言葉を何度も聞いた。セラピーを受けに来た人は往々にして、自分が強い精神的苦痛を感じているのは脳か性格に欠陥があるからだと思い込んでいた。感情をコントロールする力を自分が持っていることを信じることができなかった。長期的なセラピーで深く掘り下げることが必要な人もいるが、多くの人が必要としていたのは、単に心と体がどのように働いているか、メンタルヘルスをどう管理すればよいかを学ぶことだけだった。
クライアントに変化をもたらしたのはわたしではなく知識だ。もっとも、心の働きに関する知識を得るために、お金を払ってわたしのような専門家に会いに来る必要はないはずだ。そうした情報は巷に出回っているのだから。と言っても、偽の情報も溢れているので、自分が何を探しているのかを知っておく必要がある。
このような現状を変えるために、わたしは夫を巻き込んでキャンペーンを始めることにした。「わかった。がんばろう! 動画をユーチューブか何かに投稿しよう」と彼は応じた。
こうしてわたしたちは、メンタルヘルスについて語る動画を作りはじめた。やがて、このテーマに興味を持つ人は少なくないことがわかった。気がつくとソーシャルメディア上で数百万人ものフォロワーに向けて、ほぼ毎日、動画を制作するようになっていた。ショートムービーの方が多くの人に見てもらえると思ったので、動画はそれぞれ一分以内にまとめた。そういうわけで短い動画がたくさん出来上がった。
動画は多くの人の関心を呼び、メンタルヘルスについていくつかの洞察を分かちあい、語りあう機会を提供することができた。けれども、もう一歩前進したいと思った。動画を一分以内にまとめるには、多くの詳細な情報を省略しなければならない。今この本を書いているのはそのためだ。心の健康のための知識を実際のセラピーではどのように説明するか、それをどのように利用すればいいかについて、本書では順を追ってわかりやすく説明していきたい。
この本で紹介するツールの大半はセラピーで教えているものだが、セラピーのためのツールではない。人生のためのツール、つまり、ひとりひとりが困難を乗り越えて、充実した人生を送るためのツールなのだ。
本書では、わたしが心理学者・臨床心理士として学んできたことの中から、最も価値ある知識と知恵と実践的なテクニックを紹介しよう。それらは、セラピーを受けた人々とわたしの人生を変えた。本書は、感情とは何であって、どう扱えばよいかを、はっきり知るためのものだ。
自分の心の働きを少々理解し、それを健全にコントロールする方法をいくつか身につければ、回復力が高まり、より健康になり、自分は成長していると思えるようになるだろう。
本書は幼少期を掘り下げて葛藤の経緯や理由を解明するためのものではない。そうしたことは他の良書におまかせしよう。実のところ、セラピーの最初のセッションが終わると、クライアントの多くは、苦しみを和らげるために家でも使えるツールを教えてほしいと言う。セラピーでは、過去のトラウマを癒すのではなく、クライアントのレジリエンスを高め、辛い感情を安全に乗り越えられるようにするべきだ。それには、感情をコントロールし、メンタルヘルスを育む方法を身につける必要がある。
本書は、そのための本だ。
体の健康を高める方法について書かれた本が薬ではないのと同様に、本書はセラピーではない。むしろ道具箱で、さまざまな仕事のためのツールがぎっしり詰まっている。すべてのツールを一度に習得することはできないし、そうする必要もない。今ご自分が直面している問題に合う章を選んで、そこに書かれているアイデアを時間をかけて実践しよう。どの方法も効果が出るまでには時間がかかるので、早々に諦めたりせず何度も試そう。たった一つのツールで家を建てることはできないし、どの作業にも少々異なるツールが必要だ。それらのツールを上手に使えるようになっても、さらに難しい問題が見つかるだろう。
メンタルヘルスを向上させるのは体の健康を向上させるのと同じだとわたしは考えている。この数十年間に、栄養摂取と運動によって体の健康を増進させることが受け入れられ、流行にさえなっている。一方、精神の健康の向上に取り組むことが広く受け入れられるようになったのは、つい最近のことだ。それが意味するのは、特にメンタルヘルスの問題を抱えていない人も、この本を手に取っていいということだ。なぜなら、今、気分が良く、悩みがないとしても、メンタルヘルスとレジリエンスを鍛えておくのは良いことだからだ。栄養バランスの良い食事をとり、定期的に運動をして体を鍛えておけば、感染症に勝ち、ケガも早く治すことができる。メンタルヘルスについても同じことが言える。万事うまくいっているときに堅牢な自己認識力とレジリエンスを構築しておけば、人生の難題に直面したときにうまく乗り越えられるだろう。
本書が紹介するスキルのいずれかが、自分にとって有益だと思えたら、状況が好転してもそのスキルを使い続けよう。気分が安定し、もう助けは不要だと思っても、それらのスキルは心に栄養を運んでくれる。言うなれば家賃ではなく住宅ローンを支払うようなものだ。スキルを実践することで将来のメンタルヘルスに投資できる。
この本に書かれていることには、研究による証拠がある。だが、それだけでなく、そうしたスキルが人々を救うのをわたしはこの目で何度となく見てきた。ここには希望がある。いくつかのガイダンスと自覚があれば、もがくことで人は強くなれるのだ。
自己啓発本の著者やソーシャルメディアで何かを発信する専門家は、あらゆる問題を解決できそうに見えるし、彼ら自身そうした見方を助長している。彼らは、どんな問題を投げつけられてもびくともしない振りをしなければならないと、思い込んでいるらしい。そして、自分の本には生きていくうえで必要な答えのすべてが書かれているように振る舞う。本書はそうではないことを、まず述べておこう。
わたしは心理学者で臨床心理士であり、このテーマに関する研究結果を数多く読んできたし、それらを活用して人々を良い方向へ導くための訓練を受けてきた。とはいえ、わたしはひとりの人間でもある。本書で紹介するツールを用いても、人生は人を翻弄し続けるだろう。しかし、人生の道中で打撃を受けても、再び立ち上がって前進するために、それらのツールは力を貸すはずだ。また、ツールを用いても、道に迷うことはあるだろう。しかし、道に迷ったことに気づき、勇敢にも方向転換し、自分にとって有意義で重要だと思える道に戻ることを、それらのツールは手助けするだろう。
本書には、問題のない人生を送るための秘訣が書かれているわけではない。書かれているのは、わたしを含む多くの人が道を模索するのを手助けしてくれる、数多くのツールなのだ。
これまでに行ってきた探求の記録
わたしは、宇宙のすべてを知る教祖ではない。この本は言うなれば、日記とガイドブックを合わせたようなものだ。わたしはこれまでずっとすべてのピースをつなぎ合わせる方法を探してきた。この本はその探求の記録でもある。つまり、人間であることと生きていく上で助けになることについて理解を深めるために、わたしが読み、書き、セラピーで人々と話してきたことが書かれているのだ。
もっとも、本書はこれまでの旅の記録にすぎない。これからもわたしは出会う人々に刺激を受けながら学び続けるだろう。科学者はより良い問いを投げかけることで、より良い答えを発見し続ける。わたしもそうありたい。この本には、これまでに学んできた中で最も重要なものを詰め込んだ。それらはわたしとクライアントが葛藤しながらも自分の道を見つけるのに役立った。
この本は、これからの人生を笑顔で生きていくことを保証するものではないが、自らの微笑みが心からの微笑みかどうかを知るためのツールを提供するだろう。目標の見直しと再発見を続け、より健康的な習慣と自己認識力を取り戻すには、どのツールが必要かを、本書は示すだろう。
ツールは箱に入っていると立派に見える。けれども自分の役に立てるには、箱から取り出し、使い方を何度も練習しなければならない。もしハンマーで釘を打ちそこなったら、後でもう一度試そう。わたしも日々それを繰り返している。本書では、わたしが実践し、自分にもクライアントにも役立つことがわかった技術とスキルだけを紹介する。それらは皆さんだけでなく、わたしにとっても助けになるだろう。わたしはこれからも必要を感じるたびに本書を読み返したい。皆さんもそうされることを、そして本書が一生使える道具箱になることを願っている。