文庫 - 随筆・エッセイ

日本近代の、最初の本格的な猫研究書。猫のかわいらしさ、全開。

『猫』

石田孫太郎

幻の名著の初文庫化。該博な知識となにより愛情あふれる観察。ネコの生態のかわいらしさが余すところなく伝わり、ときに頬が緩みます。
愛猫精神に満ちた明治の猫エッセイ。序文を公開中。

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【目次】
第一章 猫
第二章 猫の日常生活
第三章 猫の智情意
第四章 猫の実用
第五章 猫の美談
第六章 猫に関する重大なる伝説
第七章 猫辞典
第八章 猫の帰らぬ時の心得
第九章 猫と俳句の宗匠
絶筆 虎猫平太郎  小仏山人(石田孫太郎)
序 佐々木忠次郎 戸川秋骨
解説 虎猫平太郎、漱石にモノ申す 阿部日奈子
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自 序


我国において愛憎交々至る動物が二種類ある。一つは狐であって一つは猫であることは、何人も知るところであろう。そしてこの狐については随分佳話もあるけれども、猫に至っては悉く嘲罵憎悪で美談は実に少ないのである。野棲動物たる狐はとにかくとして、家畜として愛養さるる動物の中に猫ほど残酷なる批評を受けているものはないと思う。
我輩猫党の一人としてこれを黙するあたわず、彼がために冤を雪いでやろうと心掛けたが、確たる証拠の上に立論しなければ徒労に終ることを信じ、まず自ら実験するに如くはなしと、即ち今より六年前、四頭の猫児を貰って来て、これを愛育し、日常生活ないし精神上の観察を試みつつ今日に至ったのであるが、その間自分の不注意から猫を殺したこともあり、また盗まれたこともあったので、親子親族関係について調査するあたわざりしことも多く、また我輩の浅学よりして解決せざるものも少なくない。否厳密に言えば我輩は猫に関して何物も知らぬと云って差し支えはないくらいである。
したがって未だ猫のためにその受けつつある冤を雪ぐことは出来ないのみならず、或いはかえって累を及ぼすかも知れぬのであるが、一昨年コッホ博士が来てから政府でも猫の飼養を奨励することになったから、多少でも猫のことを書いたならば政府奨励の主意にも添うかと思い、時事新報を藉りて記述を試みたが、かの記事は我輩が話して家人に書かせたので、多少の誤謬もあり、また書き足らぬことも各節に亘って在ったことを認めた。
しかるに諸方の愛読者より或いは誤謬を正され、或いは浅薄なりと罵られ、また或いは過大なる褒辞を受けて冷汗を流したこともあるけれども、要するに誤謬浅薄の誹りは真実なる忠告で、この忠告はまことに我輩一個人のみならず猫のためにも大なる利益を与えたことと信ずる。爾後訂正雪冤のために一書を公にしようと心得、即ち本書の著述にかかったが知らぬことは案外に多くして、知っていることは実に少ないので、纏めては見たもののいわゆる恥の上塗りをするような訳であることを悟った。しかし知らぬことは知らぬとして後日の研究に譲り、とにかく自ら隗たるの覚悟を以て二三外国の著述を参考し我輩の所見を述べて、これを世上に公にすることにしたのである。
前陳の如き次第であるから本書には、組織上における猫の眼のことや、また一腹より色々な毛色の猫の生ずることや、その他重要な点については全く省いて記し無いこともあるのみならず、猫の日常生活や感情に関するものも主として我輩の猫によったのであるから、本書は極めて狭き範囲において観察したものと言わざるをえない。かつまたその研究もはなはだ行き届いていないのであるが、しかし本書はあえて猫の科学的研究を公にするものではなく、全く猫が憎悪と嘲罵とを受けているのに同情し、彼がためにその冤を雪ぐを以て主眼としたので、一言にして尽くせば猫が極めて愛らしき家畜なることを明らかにし、政府の奨励に一助を与えんとするにほかならぬ。浅薄の誹りは再び受けるであろう、誤謬の訂正はこれを行うを躊躇しない。
ただ本書幸いに少しにても猫のことを理解せしむるに足るならば本懐の至りである。一言を叙して本書の性質を明らかにする次第である。なお終りに臨んで過褒を受けたる佐々木理学博士と戸川秋骨君に感謝すると同時に、本書編述のために労を惜しまざりし友人上田仁左衛門君に謝意を表す。

明治四十三年三月上院
藍染河畔の茅舎において  著 者 誌

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著者

石田孫太郎

1874ー1936 養蚕研究家。本書『猫』はネコ愛にあふれる、日本初の画期的な研究書。

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