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まえがき公開! グローバル化のなかで揺れる、「この星で最も愛されるスポーツ」の「現在」と「未来」――片野道郎『それでも世界はサッカーとともに回り続ける:「プラネット・フットボール」の不都合な真実』
片野道郎
2017.12.20
プロローグ 「プラネット・フットボール」
片野道郎
地球はフットボールの惑星である。
たったひとつのボールを手を使わずに扱い、相手のゴールに入れた数を競い合うというこの単純なスポーツは、この星のあらゆる辺境にまで行き渡り、正式に選手登録されているだけで2億5000万人、世界総人口の3%を超える人々がプレーし、おそらくはその10倍以上の人々を何らかの形で巻き込んでいる。
世界のあらゆるところにある広場やグラウンドで日々繰り広げられている草サッカーを底辺とするならば、ピラミッドの頂点に位置しているのはワールドカップであり、それ以上にUEFAチャンピオンズリーグ(以下CLと略記)である。
かつて1970年代までは、世界のフットボールをひとつに結びつける舞台は、4年に一度のワールドカップ以外にはなかった。クラブレベルのサッカーはそれぞれの国内か、せいぜいが大陸レベルでの競争と交流があるにとどまっており、世界中どの国のクラブチームも、ほとんどが自国のプレーヤーだけで構成され、外国人選手の数は厳しく制限されていた。
それがヨーロッパを頂点とする垂直統合に向かい始めたのは、1980年代のことだ。ヨーロッパでもいち早く商業化したイタリア・セリエAに、ジーコ、ミシェル・プラティニ、ディエゴ・マラドーナなど、ワールドカップのヒーローたちが一堂に集うようになり、それまで独自のフットボール文化圏、経済圏を形成していた南米は、徐々にヨーロッパに従属する選手供給地となっていった。
しかし、本当に大きな変化の波が動き出したのは1990年代だった。92年に欧州チャンピオンクラブズカップ(ECC)がCLにリニューアルされて「スポーツの商業化」の流れに乗れば、95年には欧州司法裁判所が下した「ボスマン判決」によって、契約満了時の移籍自由化、EU域内における外国人枠撤廃が実現し、移籍市場の流動化と国際化が一気に進展する。そして90年代末には西欧諸国における衛星ペイTVの普及が進み、クラブの主な収入源は入場料から放映権料へとシフト、売上規模が大きく膨れ上がった。
これらがもたらしたのは、プレミアリーグ(イングランド)、リーガ・エスパニョーラ(スペイン)、セリエA(イタリア)、ブンデスリーガ(ドイツ)、リーグ1(フランス)といういわゆる5大リーグ、そしてその中で優勝を争い、CLという最高峰の舞台で主役を演じるほんの一握りのビッグクラブへの富の集中、そしてそれに伴うスタープレーヤーの集中とチームの多国籍化だった。
21世紀に入ると、ヨーロッパの中堅・弱小国や南米諸国はもちろん、アフリカ、そしてアジアまで、世界中のトッププレーヤーは5大リーグに吸い上げられ、彼らスターを失った各国の国内リーグは魅力を失って、ヨーロッパへの登竜門、といえば聞こえはいいがつまるところ人材供給源になっていく。日本のJリーグですら、その運命から逃れることはできなかった。
こうして2010年代も後半に入った今、かつてはバラバラにローカルレベルで隆盛を謳歌していた世界中のフットボールは、ワールドカップ、そしてCLを頂点とするピラミッドの中に垂直的に統合され結びついて、ただひとつのフットボール世界としてこの惑星全体を覆っている。
かつてはヨーロッパという限られた地域の中だけで完結していたCLや5大リーグは、地球という惑星全体のものになった。プレーヤー、サポーターからマスメディア、スポンサーまで、世界中のあらゆる場所でフットボールというスポーツに直接、間接に関わるすべての人々が、この唯一のフットボール世界の中で生きており、同時にCLを頂点とするピラミッドのどこかに位置づけられている。
今や地球全体を覆うこのフットボール世界の全体を、本書では「プラネット・フットボール」と呼ぶことにしよう。「プラネット・フットボール」は、現在も時々刻々と変化を続けている。2017年の今、その原動力となっているのは「グローバリゼーション」だ。
かつてヨーロッパと南米の交互開催だったワールドカップは、今や世界5大陸連盟の持ち回り開催となっただけでなく、その開催地決定をめぐって世界の大国が政治外交の駆け引きを繰り返すパワーゲームの舞台となっている。
CLを最高峰の舞台とする欧州クラブサッカーは、北米、ロシア、中東、さらにはアジアというEU外資本が相次いで経営に参入し、ビジネスの市場もこれらの地域を含む世界全体に広がるという「資本と市場のグローバル化」が急速に進展中だ。
本書はこうしたグローバリゼーションの波が「プラネット・フットボール」をどのように変え、どこに向かわせようとしているのかを捉え、考察しようという狙いを持っている。
筆者は2012年に、CLというコンペティションに的を絞り、その歴史と変遷をたどることを通して欧州クラブサッカー、そしてその背景にあるヨーロッパ社会の変化を俯瞰的に視野に収めることを試みた『チャンピオンズリーグの20年』を上梓した。本書はその「外伝」であると同時に、より大きな視点からプロフットボールの現在と未来を見極めようとするものだ。
そのストーリーは、2015年5月に起こり世界を揺るがせた「FIFAゲート」から始まる。
* * *
【『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』目次】
プロローグ 「プラネット・フットボール」
第1章 FIFAゲートとワールドカップの未来
1-1 FIFAゲートの勃発
1-2 すべては2010年12月2日に始まった
1-3 なぜプラティニは失脚したのか
1-4 FIFA新会長インファンティーノ
1-5 拡大するワールドカップが担うもの
1-6 グローバル化の最先端はクラブサッカー
第2章 クラブ資本のグローバル化
2-1 ミランとインテル、中国資本の傘下に
2-2 EU外資本がグローバル化を加速する
2-3 北米資本はプレミアリーグとMLSの連合を夢見る
2-4 アブラモヴィッチとリボロフレフ
2-5 ガスプロムとゼニトが担うロシアのエネルギー政策
2-6 カタール、アブダビのソフトパワーを担うPSGとマンC
2-7 習近平が推進する国策としてのサッカー振興
2-8 蘇寧グループの野望
第3章 クラブ市場のグローバル化
3-1 R・マドリーは世界最強のスポーツエンタメ企業
3-2 メガクラブの競争力を左右するグローバル市場
3-3 グローバル市場の鍵を握るテクニカルスポンサー
3-4 ブランド戦略でグローバル市場拡大を目指すユヴェントス
3-5 グローバルとローカルへの二極化
第4章 グローバル化の歪み――膨張する移籍市場と債券化するサッカー選手
4-1 移籍市場混迷の象徴としてのネイマール移籍トラブル
4-2 移籍市場から利益を吸い上げる「第三者」
4-3 投資ファンドの起源と広がり
4-4 代理人ビジネスの変化:エージェントからブローカーへ
4-5 スーパー代理人ジョルジュ・メンデス
4-6 移籍市場そのもののグローバル化
4-7 もうひとつの歪み:オンラインベッティングと八百長
第5章 サポーターの現在と未来
5-1 ゴール裏の数千人とTVの前の数億人
5-2 ウルトラスと暴力、そして極右とのつながり
5-3 ゼニトとアスレティック・ビルバオ、2つの民族主義
5-4 プーチンに政治利用されるロシアのウルトラス
エピローグ
あとがき