文庫 - 随筆・エッセイ

ベールに包まれた宮中祭祀の日々

皇室の祭祀と生きて
内掌典57年の日々

 

高谷朝子[著]

 

戦中に19歳で拝命してから、混乱の戦後、今上陛下御成婚、昭和天皇崩御、即位の礼など、激動の時代を「祈り」で生き抜いた著者が、数奇な生涯とベールに包まれた「宮中祭祀」の日々を綴る。

 

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皇居の特別なお場所

 
皇居は本当に景色の綺麗な所でございます。
冬は雪景色が美しく、三月になると桜並木がまた艶やかでございます。
五月になりますと若葉が綺麗で、霧雨が降りますとその若葉がまた映えて、御所のお山がまるで深山のようでございます。
六月、細い流れに蛍が飛んで淡い光を放ちます。優雅な夕べを堪能した夏が過ぎますと、木々の緑と紅葉が織りなす錦の美しい秋を迎えます。
その皇居の森の奥、鬱蒼と木々が生い茂る敷地のほぼ中ほどに、特別なお場所がございます。皇室皇祖であらせられます天照大神様の御霊代として御神鏡を御祭り申し上げます賢所(正式には「かしこどころ」)、歴代天皇・皇后、皇族の御霊を御祭り申し上げます皇霊殿、皇室御守護の神様として八百万神を御祭り申し上げます神殿がございます。この御三殿を宮中三殿と申します。
御三殿に附属してお構内に、神楽舎、幄舎、奏楽舎、綾綺殿、また、神嘉殿などのお建物がございます。
宮中三殿を中心とするこの一帯は、皇居の中でもっともお清い所とされています。その全体を総称して「けんしょ」と私どもは申し上げます。お建物そのものも賢所と書き、「けんしょ」とお読み申し上げます。どちらも「かしこどころ」とお読み申し上げるのが正式ですけれども、私どもは、賢所様本殿のお建物も、そして一帯を総称して、両方とも「けんしょ」と申し上げます。
この賢所は、神様がおいであそばします所でございます。
一年を通じて、歳旦祭、神嘗祭、新嘗祭(一般的には「にいなめさい」)、また皇霊殿の御祭など、年間二十数回の御祭があり、その時々に御上(天皇陛下)、皇后陛下、東宮両殿下(皇太子殿下・妃殿下)が御拝あそばされます。また、毎月一日、十一日、二十一日には旬祭が行われ、毎月一日の旬祭には御上が御拝あそばし、掌典職の方々がご奉仕されます。
平安の昔から変わらないしきたりの中で、今日まで途切れることなく続けられてきました御祭の数々が、いまも昔のままの姿で行われてございます。
この賢所に、私は五十七年間勤めさせていただきました。内掌典と申します。
常に御殿のお側に仕え、御三殿をお護り申し上げ、御本殿に御祭り申し上げます神様にお仕え申し上げますのが、私どもの御用でございます。
内掌典は、表向きの皇室行事とはまったく関係なく、遠い昔から続けられてきました御殿の御神事、御殿の御用をさせていただき、古のしきたりの中で過ごします。お清めのこと、御所言葉、また普段の生活も、代々のお方様から受け継がれました伝統を、いまもお護り申し上げております。

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著者

高谷朝子

1924年滋賀県大津市生まれ。1943年に内掌典を拝命し、以後半世紀にわたって奉仕する。2000年に勲四等瑞宝章を受章。2001年に退職。交替制が定着した現在、生涯をかけて伝統を継承した最後の存在。

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