文庫 - 随筆・エッセイ
あなたは自分を利口だと思いますか? 私が思うに……。
2017.12.18
英エリート校の入試で行われている超絶な思考実験の問題から難問奇問を選りすぐり、ユーモアあふれる解答例をつけたユニークな1冊『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題』が今売れています。
『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題』
本書の前文を公開!
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この本は解答付き問題集である。もちろん、すべて、オックスブリッジ(オックスフォード大学とケンブリッジ大学)の入試の面接官が出した悪名高き難問奇問から選りすぐった。質問の主旨は、大学側が本当に賢い学生を、つまり、当意即妙の応対ができる学生を見つけることにある。両大学の問題がほかとちがって特別なのは、すばらしく思考力を刺激する点である。別にオックスブリッジの入学希望者でなくとも「あなたにとって悪い本とは何ですか?」や「ガールスカウトには政治目的があるでしょうか?」や「蟻を落とすとどうなりますか?」のような質問をされたら、たちまち頭が回転しはじめる。
私たちは人生の大半をあまり考えもせずにぶらぶらと過ごしていく。実際、考えなくてもやっていける。知識と経験のストックがあるから、ふだんは最小限の努力をするだけで自動的に反応や応答ができ、しかもその自動的な反応や応答でたいていの場合は用が足りる。しかし、本書に載せた質問だとそうはいかない。びっくりするような質問もあれば、好奇心がそそられる質問も、奇問も愚問も、ときには苛々させられるだけの質問もあるが、すべてに共通して言えるのは、考えなくてはいけないということだ。そして、それはそう滅多にあることではないから、たちまち楽しくなってくる。私は何問か試しに友だちに出してみた。みんなまずは爆笑するが、その後はどんどんいろいろな考えが出てきて止まらなくなる。
実際、私たち人間は考えるのが好きなのだと思う。考えるのは刺激的だ。生きている実感が湧く。数独やクロスワードやクイズに勤しんでいる人がこんなにいるではないか。とはいえ、そういうものは決まった思考回路でしか考えない。そこへいくとオックスブリッジの面接問題はすばらしい、というのはさまざまな思考回路を開いてくれるからだ。確かに、どれ一つとっても「正解」はないし、中には一見解答不可能に思われる問題もある。しかし、ここかしこに知識を少し、論理をちょっぴり、そして遊び心を大量に投入することで、まずまずの解答にたどり着ける───あるいは、いいじゃないか! と思える面白い理屈をひねり出せる。
もちろん、ここに掲載したのは私の答えだ。学生に出せるものではないし、私だって面接試験を受けるとなったら必ずこのように答えられるとは限らない。昔日のあのプレッシャーで凍りついた気分を再現した上で解いてみようかとも思ったが、それはあまり意味がない。本書には「正解」を載せたつもりはない。きっと私の答えに絶望して呆れるオックスブリッジの面接官もいると思う。ここにはただ、思考の栄養程度にはなりそうな答えを載せておいた───こういう答え方もあるとか、この質問はこういう意味であるとかを提案しただけだ。
質問はバラエティーに富んでいて、それぞれちがう答え方が考えられる。だいたいのところ、私はどの質問にもできるだけ中立的な答えを出して、読者に考える余地を残そうと努力したつもりだ。それでもどうしても個人的な意見が避けられないものもいくつかはあった。また、だいたいのところ、私は巧みに質問をかわすのではなくて(その方が創意に満ちた楽しい答えになるかもしれないが)、ストレートに答えるように努力した。「高層ビルの高さを気圧計を使ってどのように測りますか?」と質問されたときに、偉大なる故クレメント・フロイド(ジークムント・フロイトの孫で政治家・作家)は期待されている答えを知りながら、それとはちがう馬鹿馬鹿しい答え───たとえばビルのてっぺんから気圧計を落としてその落下時間を測るとか、ビルの管理人に気圧計を賄賂として渡して高さを教えてもらうとか───をずらずら並べ立てた。もちろん、正しい、そして結局より興味深い答えは、ビルのてっぺんと下とで気圧を測り、その差から高さを割り出すというものだ。だいたいのところ、私は読者が好きなだけ創意工夫を凝らせる余地を残して答えたつもりだ。
確かに、ここに取り上げた質問には解答の秘訣などない。この類の問題にいつも取り組んでいるジャーナリストたちによれば、要は「水平思考」なのだそうだ。これはエドワード・デボーノが一九六七年に著した有名な著書『水平思考の効用』に由来する。ある言述の信憑性を評価することだけを目的としたふつうの「批判的思考」とちがって、「水平思考」とは、その言述を利用して、斬新で、どうかするとそれとはまるで関係ないアイデアを創出する考え方である。デボーノの主張したように、私たちの思考はえてして決まりきった筋道をたどりがちだから、ときにはまったくちがう方向に思考を向ける道具立てが必要なのだ。それがどう役に立つのかという一例を挙げると、たとえば、広告キャンペーンを張るときに、辞書から適当に一つの言葉を取り出し、その言葉から思いつくことでその広告に使えそうなものを考えると、新しいアイデアが生まれてきたりする。こういう技術は効果的な場合もある。
しかしここで取り上げた質問はただ「水平思考」をすればいいというものでもない。それでいい質問───たとえば自分の頭の重さの量り方を問うものなど───もいくつかはある。しかし、その他多くは、単純に自分で考える力を要求するものだ。質問の中には、自分の抱いている既成概念を自分で覆さなければならないものや、世界が直面している問題を考えなければいけないものもある。なぜ私たちの社会はこういう状態になっているのかを問う質問もあれば、現実と存在の本質に関する基本的な質問や、ただ単にあなたの意見を要求しているだけの質問もある。
こうした質問に答えるときのカギは一瞬立ち止まって質問の意味を考える、あるいは、さらにいいのは、その質問の意図が本当はどこにあるのかを考えることだ。自然に出てくるのは決まって一番つまらなくて一番気のきかない答えだ。そういう答えに限って要点から微妙にずれている可能性が高い。たとえば、「あなたにとって悪い本とは何ですか?」と聞かれたら、まずはすぐに道徳的に疑問視される本をありきたりに並べ立ててしまうだろう。だとしても、その本を選んだ理由の説明次第で面白い答えになる可能性も残ってはいる。しかし、質問の意味をもう少し深く考えてみたほうがいいのではないだろうか? たとえば、「悪い」とはどういう意味で「悪い」のだろうか、など。
また、「牛一頭には世界中の水の何パーセントが含まれていますか?」や「クロイドンの人口は?」という質問は、一瞬、特別な知識が必要とされているように思われる。もし答えを知っているなら、それはそれですばらしい。しかし、本当に興味深くて、本当に「利口」な答え方は、特別な知識をまるで持たずに答えにたどり着くことである。驚いたことに、それはみんなが思っているほど難しくない。必要なのはただ、頭をはっきりさせておいて、自分の知っている少数の小さな事実をうまく整理することだけだ。
本書のタイトルは、オックスブリッジの面接問題の一つから「あなたは自分を利口だと思いますか?」としたが、まさに打ってつけだと思う。ここに載せた質問に答えるには利口でなければならない───それも、驚くほどに、面白いほどに、刺激的なほどに、苛つくほどに、ずる賢いほどに、有害なほどに、底知れないほどに、すばらしく利口でなければならない。知識ではない。教養でもない。自分の思考をあらゆる方向に面白くひねり回せるかどうかである。そしてこれは誰にでもできることだ。オックスブリッジへの入学を許可される幸運に恵まれた人だけの特権ではない。利口になる道への最大の障害は、利口ぶることである。
(つづきは本書で)
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