文庫 - 随筆・エッセイ
彼女がチャーミングな理由──吉田都『バレリーナ 踊り続ける理由』解説を公開中
槇村さとる
2019.07.11
吉田都
文庫化を記念して、解説を公開します。ぜひお読みください。
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彼女がチャーミングな理由
槇村さとる
吉田都さんの踊りが好きだ。
英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして来日公演を行った時に、はじめて見たと思う。
英国ロイヤルといえばどこまでも上品で、しかし毒があり、大人にうれしい成熟したバレエ団だ。もちろん世界でもトップ。
ダンサーたちの体つきはしっかりめ。そして硬め。演劇の国のバレエ団だけあって芝居達者ぞろい。その中に、吉田さんが登場する。
一瞬、ん? と目を見張る。
他の団員たちと明らかにカタチがちがう。
人種の差。骨格の、身体つきのちがい。バランスのちがい、頭ガイの形のちがい。
日本人だ……。
このさまざまな違いが、吉田さんがロイヤルの学校に留学した時にショックを受け、劣等感にさいなまれた色々……だと思う。
……とか何とか考えながら観ているうちに、それだけじゃないゾ? と気付く。吉田さんのすんなりとしたきゃしゃな腕が饒舌なことに目が止まる。
人間の関節の数は決まっている。男でも女でも、日本人でも英国人でも、背骨から指先までは6個しか関節はない。条件は同じ。
なのにだんだん吉田さんの声(?)だけがきこえてくる。
その腕のつけ根の背中ときたら更にすご味があって、訓練されつくした筋肉の細やかな動きは、精密機械のようであり、自然の風景のようであり……「おしゃべり」なのだ。
途切れることなく語ってくる。
フツーは、途切れるし、まず語らない。
吉田さんが発して届けてくれるものが、心で、感情で、メッセージだから、見ている受け手のセンサーにピタリピタリとはまってきて、気をそらすことができなくなるのだ。
これをチャームというのだろう。
吉田都といえば叙情性──といわれる要素の大事な部分だと思う。
表現の豊かさ。それも、派手だったり、自己主張が強いのではなく、むしろシンプルで上品で控えめな表現の中での深さ。濃さ。
見ていて、はじかれてしまうということが一切、無い。どんなに切れの良いステップの連続でも、柔らかさの中のスピードなのである。細かく正確無比な足さばきの中にさえ品格があり、むき出しで乱暴なものはない。
これをエレガントというのだろう。
最初に感じた違和感などどこへやら、吉田さんにいざなわれて時空を超え、ドラマの世界にどっぷりひたり、生きる。ヒヤヒヤすることもなく裏切られることもなく、ラストまで一息で観終ってしまう。
吉田さんはそういうバレリーナだ。
ドン・キホーテ。リーズの結婚。海賊。眠れる森の美女。オンディーヌ。
たくさん、とは言えないけれど、観た演目すべてで満足している。
すごいバレリーナだ。
そのすごい人の踊り続ける理由と秘密が本書で明かされている。
読むとその文章もまた、奥ゆかしく静かでやさしい。本当のコトだけが淡々とネックレスのようにつづられている。
失ってゆくものと、引きかえに得られるものを大切に数える大人の女性。
今の身体で、今の自分で生きる覚悟のさわやかさ。
「踊る」というワクの中で、「自由」を生きるという、一見矛盾にも聞こえる「真実」をつかまえている女性。
吉田都さんというバレリーナと同じ時代を生きられることを、幸せだと思う。
吉田都さんの踊りが大好きです。
(漫画家)
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本編は本書にて
『バレリーナ 踊り続ける理由』吉田都
河出文庫●2019年7月発売
年齢を重ねてなお進化し続ける、世界の頂点を極めたバレリーナ・吉田都が、強く美しく生きたいと願う女性達に贈るメッセージ。引退に向けてのあとがき、阿川佐和子との対談、槇村さとるの解説を新規収録。
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プロとしての35年分の、美しく貴重な写真の数々と、バレエという芸術にすべてを捧げてきた著者ならではの言葉──
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