
ためし読み - 14歳の世渡り術
かつて、海は“緑⾊”だった !?「緑の海仮説」が世界的科学誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載! 松尾太郎著『宇宙から考えてみる「生命とは何か?」入門』で初公開されたその説を無料公開
松尾太郎
2025.02.19
『宇宙から考えてみる「生命とは何か?」入門』
松尾太郎
宇宙と生命の最前線がわかる松尾太郎著『宇宙から考えてみる「生命とは何か?」入門』。本書で初公開された「緑の海仮説」が、生物学分野で権威のある科学雑誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載されました。
『宇宙から考えてみる「生命とは何か?」入門』は、宇宙での生命探査に実際に携わる松尾太郎さんによって書かれた宇宙と生命の最前線がわかる入門書。14歳からでもまた文系でもわかるようにと、豊富な図版で構成されていて、まさに生物学と天文学の世界を自由に旅するための羅針盤のような一冊です。また本書は、朝日新聞の「著者に会いたい」欄や毎日新聞のインタビュー欄でも、紹介されました。
このたび、『Nature Ecology & Evolution』掲載を記念し、初めて世界に公開された「緑の海仮説」部分 3章「宇宙生命を考えるヒント」の章を無料公開いたします。
3 宇宙生命を考えるヒント
○地球生命だけでは、生命とは何かを解明できない?
宇宙と生命
ここまで生命そのものの特徴について、話を進めてきましたが、ここからは、地球上に棲む生物を一括りにして、地球生命、さらには宇宙生命という視点から生命を考えてみましょう。なぜなら地球生命単体の視点だけでは、生命の全体像はとらえきれないからです。ただし、私たちはまだ地球以外の生命を発見していないので、宇宙生命を論じるには、十分な材料を手にしていないとも言えます。とはいえ、この宇宙で生命が誕生して、進化してきたという事実の背後には、あらゆる領域に共通して適用できる「グランド・セオリー」のような法則があるはずです。そこでこの法則を解き明かすために、生命を形作る「エネルギーの獲得」と「情報の伝達」について考えてみましょう。
まずは生命を形作る「エネルギーの獲得」について考えてみたいと思います。生命は外からエネルギーを獲得し、生命を維持しながら、使えなくなったエネルギー(不要になった熱)を捨てて活動しています。生命が獲得したエネルギーは、すべて自身の生命活動に使われるのではなく、長い時間スケールで見れば、生命の進化や表層環境(大気・海・陸)の書きかえに使われます。生命は、常に外とエネルギーや物質のやりとりを行っていて、そのやりとりを通して周りの環境も書きかわっていくのです。
生命が誕生する以前、地球には酸素がほとんどありませんでした。しかし光合成生物の誕生以降、生命活動によって大気・海・陸が酸化され、一方、地中は生物の死骸によって酸素が欠乏した還元的な状態が高まりました。酸化された大気・海・陸はプラス極、還元的な地中はマイナス極となり、地球の表層は天然の電池に変わりました。地球が誕生した時と比べて、地球の表層により多くのエネルギーが蓄えられたのです。これは生物の誕生以降、生物が獲得した外部からのエネルギーが、生物自身の活動だけでなく、その一部が地球の表層に分配された結果です。地球の表層は電池と同じように酸化還元の化学反応が起きやすくなり、燃焼によって、より多くのエネルギーが取り出せる状態になりました。人類が石油や石炭などの化石燃料を燃焼させて電気を作ることができるのも、地球の表層が天然の電池になってエネルギーが蓄えられた状態だからです。
それでは、生物が獲得しようとするエネルギーの源は何でしょうか? 地球はマイナス270℃の冷たい宇宙の中で、5500℃の太陽の光に照らされています。エネルギーの獲得には、この温度勾配がとても大切です。温度の高い物体と低い物体があると、高い温度の物体から低い温度の物体へ熱の移動が生まれます。熱の移動には、温度の高い物体と低い物体が接触して物体の内部を熱が伝わる「熱伝導」、物体と物体の間の液体や気体の移動によって熱が伝わる「熱対流」、温度の高い物体から放射する光(電磁波)が低い物体へ届くことで熱が伝わる「熱放射」があります。この熱の流れが、「物」を動かす力になります。例えば、発電所は高温にした空気の移動によってタービンを回して、電気を作っています。一方、宇宙は空気がない真空なので、3番目の、太陽が放射する光によって地球に熱を伝えています。熱い太陽から温かい地球や冷たい宇宙空間への熱の流れによって生まれるエネルギーを利用して生命は活動を維持しているのです。
宇宙は、138億年前に高温で高密度の火の玉のようなものから誕生したと考えられ、急速に膨張しながら、冷えていきました。誕生から37万年後、高温の空間を飛び回っていた電子が原子核と結びついて水素原子が生まれ、光が直進できるようになりました。37万年以前は、宇宙を飛び回っていた電子によって光は直進することができずに、モヤのような状態でした。光が直進できるようになると、モヤが晴れて遠くを見渡せるようになります。これを「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。それでも宇宙の温度は約3000℃と高温で、どこもほぼ同じ温度・密度なので、熱の移動もなく、生命活動に必要なエネルギーを獲得することはできなかったでしょう。
しかし、空間のあらゆる場所で同じように冷えていくのではなく、誕生直後にあった10万分の1という、わずかな温度や密度の揺らぎが、宇宙の膨張とともに大きく成長しました。宇宙が1万倍膨張すると、その揺らぎは10万倍にも大きくなったと考えられています。密度の高いところで水素・ヘリウムのガスがみずからの重力によって自然に集まり、恒星が作られました。この恒星の中で生命の源となる元素が合成されました。また恒星は宇宙の中でまばらに作られるので、熱い恒星から冷たい宇宙空間への熱の流れが必ず生まれます。もし、宇宙の誕生直後にわずかな温度や密度の揺らぎが生まれなければ、恒星が作られることもなく、どこも同じような冷たい宇宙だったでしょう。そして生命の源となる元素も作られることなく、生命を維持するエネルギーの流れもなかったことでしょう。
この宇宙にある熱の流れを、初めて生命活動に利用できるように変換した生物こそ、地球の光合成生物なのです。光合成生物の利用する太陽光のエネルギー量は、地熱(高温の地球内部から地表に伝わる熱)のエネルギー量に比べて1400倍にもなります。夏の熱い日に地面から熱を感じるのも太陽光が地面を直接照らしているからです。それに対して、地熱はマグマからの熱が地表に伝わるもので、火山や温泉などの限られたところにしかありません。また、地熱によって温められた地表の温度は、高くても600℃程度で、対して太陽の表面温度は5500℃なので、温度の勾配も大きくなります。温度が高ければ高いほど、物体から放射される光の一粒一粒(光子)のエネルギーは高く、この高いエネルギーは光合成生物が利用する水を分解するのに有利でした。光合成生物の誕生によって、量と質ともに優れた太陽光エネルギーを地球生命が利用できるようになったからこそ、地球生命の多様性が育まれ、知的生命体である人類が誕生しました。生命がさらに複雑になり高度化するためには、多くのエネルギーが必要だからです。太陽系以外の惑星でも光合成生物のような生命体が誕生するかどうかが、その後の生命の進化の方向性を決定づけると言っても過言ではないのです。