
ためし読み - ビジネス
今世紀最大の謎を暴け!《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラー『サトシ・ナカモトはだれだ?:世界を変えたビットコイン発明者の正体に迫る』試し読み公開!
ベンジャミン・ウォレス
2025.09.29

9月29日(月)発売の河出書房新社新刊『サトシ・ナカモトはだれだ?』より、第1章「彼よ」の全文をお届けします。
ブロックチェーンを世に放ち、ビットコインを生み出した謎の天才「サトシ・ナカモト」。
“彼”は、なぜ決して人前に姿を現さないのか?
ビットコイン誕生の裏に潜む、ある“思想”とは?
そして、サトシ・ナカモトの正体はいったい“誰”なのか?
数々の受賞歴を誇る敏腕ジャーナリストの著者が、15年の歳月をかけて現代社会最大の謎に挑みます。
本国アメリカでは刊行後たちまち大きな話題となり、《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーにもなった本書。お届けするのは、冒頭部分にあたる第1章「彼よ」全文です。
■ベンジャミン・ウォレス著
『サトシ・ナカモトはだれだ?』
2025年9月29日発売。
単行本/432ページ
ISBN:978-4-309-22962-1
*** ためし読みはこちらから↓***
1 「彼よ」
ビットコインの謎の発明者であるサトシ・ナカモトの正体が、私の考えている人物だとしたら、その人物は自分がナカモトであるとは認めないだろう。私との会話に応じることすらないはずだ。そして彼に会うということは、飛行機で20時間、さらに車で8時間移動しなければならないことを意味する。しかし私は、彼と話さなければならなかった。それも直接会って会話する必要があるのだ。
ナカモトは2011年の春に姿を消していた。私はその年の夏、政府や銀行の管理を受けることなく運営されるインターネット上の通貨「ビットコイン」について、ワイアード誌で初めて特集記事を書いたのだが、その際に彼のことを知った。それから12年後である2023年のいま、ビットコインの生みの親の正体は依然として不明であり、彼の莫大な財産は手つかずのままとなっている。陰から姿を現すだけで、彼は富と賞賛を手に入れることができる。にもかかわらず、彼が匿名と自制心を保っていることに、人々は困惑していた。革命的な技術を考案し、それを世に送り出しながら名声を求めなかった人物というのは、近代科学史において前例がなかった。
生身の人間を崇拝することができない状態に置かれたビットコイン信奉者たちは、その偽名に伝説の後光を与えた。2022年、ビバリーヒルズで高級SUVから降りてきたカニエ・ウェストは、サトシ・ナカモトの名前が入った野球帽をかぶっていた。ブダペストでは、信奉者たちがナカモトの彫像の除幕式を行った。それはフードをかぶった幽霊のような姿をしたブロンズ像だった。南太平洋のバヌアツ諸島では、不動産開発業者が「サトシ島」と名付けた楽園の株式を販売した。3人のリバタリアンが退役したクルーズ船を購入し、それを「サトシ号」と名付け、世界初のビットコインによって運営される主権国家への入植者を募集した。複数の技術者が、サトシ・ナカモトにノーベル賞を授与することを求めるロビー活動を行った。
しかしナカモトの正体に関する謎は、解明されることを頑なに拒んでいた。イーロン・マスクやピーター・ティールといった人物が、この謎について持論を述べていた。ナカモトの熱狂的な追跡者たちは、新たな手がかりを発掘したり、既存の手がかりをより説得力のあるものに作り替えたりしようと懸命に努力した。現時点までに、100人以上の名前が「容疑者」として挙げられている。
この難問はテクノロジーの域を超えていた。インターネットが隅々にまでまばゆい光を放つ世界では、この種の未解決問題はほとんど存在しない。ボブ・ウッドワードの秘密の情報源が誰なのか明らかになったし〔ボブ・ウッドワードはウォーターゲート事件の調査報道で名声を得た米国のジャーナリストで、その際に彼に情報を与えた人物「ディープスロート」の正体は長らく謎とされてきたが、2005年にマーク・フェルト元FBI副長官であったことが明らかになっている〕、フェルマーの最終定理も証明されたし、トマス・ピンチョンがザバーズでベーグルを買っている可能性が高いことも判明している〔トマス・ピンチョンは米国の作家で、メディアへの露出を徹底的に避けていることで知られているが、ニューヨークにある有名なデリ「ザバーズ」でその姿を見かけたという話がネットに流れている〕。
ナカモトについての記事を書こうと最初に考えたとき、10年以上経っても彼の正体が最大の謎として残されているとは予想だにしなかった。世界初の暗号通貨の背後に潜む幽霊と、その正体に迫ろうとする試みが、訴訟、カーチェイス、懸賞金、750億ドルの財産、恐喝、殺害予告、SWATチーム、自殺、逃亡中の武器商人、連続詐欺師、偽名でしか知られていない偏執狂たちの集団、病魔に侵された心優しい天才、欧州の核シェルター、アリゾナの砂漠の冷凍保存された遺体、そして鍵のかかったダッフルバッグに入れられた英国のスパイをもたらすなんて、さらにばかげた話としか感じられなかっただろう。
ナカモトの正体を暴こうとするこれまでの試みは、時には劇的な形で失敗してきた。多くのリソースと経験豊富なジャーナリストを抱える報道番組「60 Minutes」でさえ、手を上げて「ミッション・インポッシブル」だと宣言した。しかしいま、私はあらゆる困難を乗り越え、ついに謎を解いたと信じている。
その答えが何を意味するのか、私は不安を抱いていた。ビットコインの世界は、この種のプロジェクトに対して敵対的だった。とはいえ、それが私の主な懸念ではなかった。私がナカモトの本当の正体にたどり着いたとき、それがお馴染みの容疑者ではなかったことに驚いた。彼は正体を暴かれないよう、多大な努力をしてきた人物だった。私がつかんだ彼に関する情報は、憂慮すべきものだった。彼は、人々が想像していたサトシ・ナカモトとはまったく違っていた。彼は自らを「危険」だと繰り返し表現していた。彼は銃を持っていた。
その人物に会うために世界中を飛び回る前に、私は彼がどこにいるのかを確実に知る必要があった。彼は少なくとも2つの大陸に4つの不動産を所有していた。私は当初、彼がハワイ島の人里離れた場所に隠れていると思っていた。しかし最近になって、オーストラリアの東海岸、ブリスベン北部の小さなビーチコミュニティに住んでいると考えるようになった。私は私立探偵を雇って、その土地を監視し、彼の存在を確認しなければならないだろうと思い始めていた。
そんなことを思い悩んでいる最中に、私は姉とメキシコ料理店で夕食を共にし、これまでにつかんだ情報を話した。
それを聞いた彼女は、私にはない確信を持って「彼に違いないわ」と言った。
私が疑問の声を上げても、彼女は落ち着いてマルガリータをすすっていた。
「彼よ」と彼女は繰り返した。
私は彼女に自分の不安を伝えたが、彼女はこの種の事案について私より経験があった。彼女は20年間、テレビ局でニュース番組のプロデューサーを務めていた。彼女がドキュメンタリー番組「48 Hours」で働いていた頃には、FBIがユナボマー〔連続爆弾犯セオドア・カジンスキーの通称。彼は1978年から1995年にかけて米国で郵送爆弾テロを行い、3人を殺害、20人超を負傷させた〕の居場所を急襲して逮捕するという出来事があり、その際にモンタナ州で現地取材をしていた。
彼女は私に、プロのボディーガードを連れて行くよう提案した。そして防弾チョッキを着ること、現地の警察に事前に連絡しておくことも勧めた。
「ありがとう」と私はつぶやいた。
少し気分が良くなった。これで計画ができた。テレビのニュース番組の連中はいつもこんなことをしている。彼女が心配していないのなら、私も心配する必要はない。
その夜遅く、彼女からメッセージが届いた。
「なぜだかわからないけど、眠れなくて」
朝の4時9分だった。
「2つ考えがあるんだけど。まず、もし彼が家を出ることがあれば、公共の場所で待ち伏せするのも良いかもしれない。それから誰かに(安全な距離から)彼と会う様子を録画してもらって、証拠として残す必要もあるかもしれない」
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■目次
1 「彼よ」
2 イーロン・マスク
3 ギャビン・アンドリーセン
4 satoshin@gmx.com
5 銃を持った数学者たち
6 ウェイ・ダイ
7 ニック・サボ
8 I AM SATOSHI
9 ハル・フィニー
10 いつも前向きでいよう
11 ピーター・ティール
12 サトシ研究
13 アノニマス
14 サボシ・ニカモト
15 「名前ってなんだろうね?」
16 ドリアン・ナカモト
17 N-Cat
18 冷凍保存
19 スタイロメトリー
20 「どこまてで深く掘り下げられているんだ?」
21 クレイグ・ライト
22 デビッド・クレイマン
23 ペテン師
24 サトシ・チェックリスト
25 「私はいかにしてサトシに出会ったか」
26 ギャビンの好きな数字
27 コンセンサス2016
28 悲鳴の連続
29 ビットコインの「リーダー」
30 1991年のブロックチェーン
31 レン・サッサマン
32 サトシタイザー
33 DJサン・ラブ
34 7つの訴訟
35 情報公開法
36 彼について「知らない」こと
37 食べる、寝る、ホドルする、リピート
38 ジェームズ・A・ドナルド
39 ベン・ローリー
40 プログラマーの“指紋”
41 「なぜなら……私にはモラルがあるからだ」
42 インタビュー
43 カルヴィン・エアー
44 「Q」
45 ナンバーワン
46 オッカムの剃刀
47 最高の結末
48 「その質問には答えられない」
49 旅路の果て
訳者あとがき/謝辞/出典
■著者紹介
ベンジャミン・ウォレス(Benjamin Wallace)
ジャーナリスト。ジョージタウン大学英文学・哲学専攻。
「ニューヨーク」誌の特集記事執筆者、「ヴァニティ・フェア」誌の寄稿編集者、「フィラデルフィア」誌の編集長を務めるとともに、「アトランティック」、「ワイアード」、「ウォールストリート・ジャーナル」、「GQ」、「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」、「ワシントン・ポスト」など多数のメディアで執筆してきた。ジャーナリズムにおける彼の貢献を称え、ミラー賞とジェームズ・ビアード賞が贈られている。前著『世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情』はNYタイムズベストセラーに。
■訳者紹介
小林啓倫(こばやし・あきひと)
1973年東京都生まれ。筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリア を積んだ後、米バブソン大学にてMBA取得。外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!』(朝日新聞出版)など、訳書に『情報セキュリティの敗北史』『操作される現実』『ドライバーレスの衝撃』『テトリス・エフェクト』『AIの倫理リスクをどうとらえるか』『AI・機械の手足となる労働者』(以上、白揚社)、『1兆円を盗んだ男』『ランサムウエア追跡チーム』(以上、日経BP)などがある。
■書誌情報
書名:サトシ・ナカモトはだれだ?
副題:世界を変えたビットコイン発明者の正体に迫る
著者:ベンジャミン・ウォレス
訳者:小林啓倫
仕様:46変型判/並製/本文432ページ
初版発売日:2025年9月29日
定価:2420円(本体2200円)
ISBN:978-4-309-22962-1
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309229621/
出版社:河出書房新社