ためし読み - ビジネス

『感情労働の未来――脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?』重版記念!冒頭ためし読み公開!

『感情労働の未来――脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?』重版記念!冒頭ためし読み公開!

注目の脳科学者・恩蔵 絢子(おんぞう・あやこ)さんの最新刊『感情労働の未来――脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?』が話題です。

「感情労働は必ずしも悪いものではなく、自分も他人ももっと幸福にする感情の動かし方がある」と言う、恩蔵さん。

“自意識と感情” を専門とする脳科学者が、現代の「感情労働」に迫った本書に対して、「これめちゃ名著…」「道標のような1冊」「読みやすくて一気読み」という声が上がるなど、科学者による本格的な一冊に対しては異例とも言える感想が寄せられています。

重版出来を記念して、本書の冒頭「はじめに」を特別に公開いたします。
”AI時代の必読書”と、メディアやSNSでも話題の『感情労働の未来――脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?』にぜひご注目ください!

 

 

『感情労働の未来――脳はなぜ他者の”見えない心”を推しはかるのか?』
Amazonで買う 楽天で買う

 

感情労働に疲れきった人たちへ

 

 充実した日常を送り、適度に休みもとっているはずなのに、疲れがとれない。

 

 定期的に会ってランチをする仲間たちがいるのに、喜びを感じるというより疲れている。

 

 仕事に打ち込み、フィットネスに通って体を鍛えてスタイルに気をつけていても、なんだか虚しい。

 

 リアルでもSNSでも24時間いつも他人から評価されている気がする。──自分がいるようで、どこにもいない。

 

 そんなふうに感じている人たちは多いのではないだろうか?

 

 私たちは、感情を動かしているようで、動かしていないのかもしれない。

 

 多くの人から「いいね」がもらえる活動をして、インスタに投稿して充実した一日を過ごしたように他人からは見えても、本当にその活動を自分が楽しんだかどうかは別である。

 

 他者に対して気を遣い、ポリティカル・コレクトネスにも気をつけ、ものすごく行儀良く暮らしている私たちは、感情を始終使っているようだけれども、考えてみれば「こうしたほうが良い」と社会に決められた型や価値観にいつも合わせているだけで、本当には自分の感情を動かしていないのかもしれない。

 

 むしろ自分の感情を思いっきり動かすなどありえない! 会社をクビになってしまうかもしれないし、友だちもなくしてしまうかもしれない、と思っている人も多いのかもしれない。

 

 それで自分の感情に復讐されたことはないだろうか?

 

 私たちがいつも疲れていて、不安でいるのはそのせいなのではないだろうか?

 

 誰の役にも立たないような、小さな自分の「好き」なんて、「意味がない」としていないだろうか?

 

「推し活」という言葉があるように、「いやいや、現代人はみんなそれぞれの推しがいて、自分の好きを大事にしているじゃないか」と思う人もいるかもしれないが、本当に自分の「好き」を大事にしているというより、何を推したら社会的にオーケーなのだろうかと、私たちはいつもチラチラ周りをうかがっている。

 

「自分程度の立場の人間が何か言っていいわけはない」「何者でもないお前が何を言っているのだ」と私たちは感情殺しに必死なのである。

 

 1983年、社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールドは「感情労働」という概念を提唱した。労働といえば、「肉体労働」は体を使うことがお金になる。「知的労働」は頭を使うことがお金になる。これらに対して「感情労働」とは、感情を動かすことがお金になることで、感情を使って、他人の気持ちを良くすること、自分が感情を動かして他人の気持ちに働きかけることも、本当に大変な労働なのだとホックシールドは考えた。

 

 感情労働の例で代表的なのは、客室乗務員などサービス業に就いている人々だ。この人たちは自分が今本当は何を感じていても──昨日パートナーと別れて悲しかろうが、今目の前の人から向けられた言葉が理不尽だと感じていようが──笑顔を作って、お客さんに気持ちの良い対応をするように求められる。サービス業の他には、例えば看護師も、どんなにひどい怪我をした人に対しても、驚いた顔をせず「大丈夫ですよ」と声をかけることが求められる。介護士も、年配の人に繰り返し同じ話をされても嫌な顔をしないで、優しくうなずくことが求められる。仕事場の規則で、そのように自分が本当に感じていることとはちがう感情表出を求められるのが感情労働である。

 

 ホックシールドは企業の規則によって、個人の感情が消費されることにより、従業員が自分を見失ってしまう問題を考えた。確かに、感情を企業の規則に合わせて動かすのは、なんだかどっと疲れを感じることかもしれないと想像できる。しかし、私たちは今、感情を企業の規則に合わせているだけだろうか? 他の規則、例えば「周りの空気」に自分の感情を合わせ、感じてもいないことを大きく言葉や表情で表明したり、逆に、SNS上で不特定多数の人に配慮して自己規制し、自分の感じていることを何も言えなくなったり、あるいは、匿名アカウントにして誰にも気づかれないからいいや、と行きすぎた感情を出してしまったり、社会の中の感情規則と、自分との間でうまいバランスがとれなくて、自分の感情がわからなくなってはいないだろうか?

 

 感情を他人のためにうまく使えるならば、それは評価されるべき素晴らしい能力である。それについては科学的な裏づけが近年たくさん集まっている。仕事場で他人を気遣うということが何につながるかというと、例えば他人に配慮することが得意な人が同じチームにいると、そのチームの生み出す作品の質が上がるなど、チームとしてクリエイティブになることがわかっている。しかし、いまだに現実ではそのような人は「人の間を取り持っている」だけで、「クリエイティブな仕事をしている」とはみなされず、給料が上がるような体制にはなっていない企業が多いだろう。しかし逆に他人への配慮に欠け、自分の持つ偏見をばらまくような人は企業には雇ってもらいにくい、あるいはSNSに軽い気持ちで書いたことで仕事の契約が取り消しになる、という状況にはなっている。感情はやはり操れて当たり前とされているのだ。感情をコントロールすることは必須だけれども、そこでがんばっても評価されない。私たちは自分の感情についてどんな努力をしたら良いのかも、わからないのではないだろうか?

 

 この本では脳科学から感情労働を見直していく。そもそも感情とは何か? 意識的にコントロールできるものなのか? どのようにコントロールしていくことができるのか? コントロールするもの(意識)と、コントロールされるもの(感情)の関係はどういうものなのか? 考えを進めていこう。

 

 そして現代に特有の感情労働についても分析してみたい。私たちはインターネットやSNSの登場でリアルではつながりのない人とつながり、また、リアルな知り合いでも、現実のその人とは違った関わりをインターネット上では持つことができるようになった。さまざまな人の感じ方や意見や態度にさらされて、自分の感情の使い方はどんな影響を受けているのだろうか? 膨大な他者に出会うことにより、私たちの人間観、人と人との付き合い方、感情のコントロールの仕方はどう変わってきているのだろうか? そして膨大な他人の感情にとりまかれる中で、自分の感情をうまく働かせるというのはどういうことなのだろう? うまく働かせることができたら私たちの生活はどんなふうになるのだろう?

 

 1995年、ダニエル・ゴールマンの本によって一般に広がった「感情的知性( emotional intelligence )」は鍵になる。感情的知性の高い人とは、自分の感情をよく知っていて、他人の感情についても気づき、よく理解でき、その理解したことを使い、自分や周りの人の考え方や、行動を変えて、人との関係性や、その場の状況を良いほうに変える力を持っている人のことを言う。感情的知性の高い人は、看護師など感情労働の多い仕事場でもストレスを感じにくく楽しむことができ、離職率も低く、幸福度の高い生活を送ることができると知られている。

 

 感情労働は必ずしも悪いものではなく、自分も他人ももっと幸福にする感情の動かし方があるということなのだ。

 

 2025年現在、大規模言語モデルの進化が凄まじい。人工知能の能力が、これまでとは全く違うレベルに到達し、この開発にますますお金とエネルギーと知性が投入されている状態である。人工知能とも比較して、人間とはどういう存在なのか改めて考えてみよう。きっと私たちの価値は感情にあることがわかってくるだろう。それをどう使うかが大問題なのである。

 

 私たちは感情が大事だとはなんとなくわかるけれども、人に合わせるばかりになって、感情が大事だと言いながら自分は幸せになっていない。社会学の分野でホックシールドによって提案された感情労働を振り返り、そこに脳科学や人工知能研究という新しい光を当てて、現代の私たちがしている感情労働を見直すことで、人間らしさを十全に発揮する方法を発見していこう。私たちの心がどれだけ広大なものかを明らかにしていこう。

 

 この本で人間らしさを取り戻す旅がはじまれば幸いである。

 

続きは書籍でお楽しみください!

『感情労働の未来――脳はなぜ他者の”見えない心”を推しはかるのか?』
Amazonで買う 楽天で買う

 

関連本

関連記事

著者

著者写真

恩蔵 絢子(おんぞう・あやこ)

1979年、神奈川県生まれ。脳科学者。専門は自意識と感情。2002年、上智大学理工学部物理学科卒業。07年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了(学術博士)。現在、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学・早稲田大学・日本女子大学非常勤講師。
著書に『脳科学者の母が、認知症になる』、共著に『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』『認知症介護のリアル』、訳書にアンナ・レンブケ著『ドーパミン中毒』マックス・ベネット著『知性の未来』などがある。
2023年に放映されたNHKスペシャル「認知症の母と脳科学者の私」は、大きな反響を呼んだ。
X https://x.com/ayakoonzo

人気記事ランキング

  1. ホムパに行ったら、自分の不倫裁判だった!? 綿矢りさ「嫌いなら呼ぶなよ」試し読み
  2. 『ロバのスーコと旅をする』刊行によせて
  3. 鈴木祐『YOUR TIME 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』時間タイプ診断
  4. 日航123便墜落事故原因に迫る新事実!この事故は「事件」だったのか!?
  5. ノーベル文学賞受賞記念! ハン・ガン『すべての、白いものたちの』無料公開

イベント

イベント一覧

お知らせ

お知らせ一覧

河出書房新社の最新刊

[ 単行本 ]

[ 文庫 ]