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「死」が怖くなくなるためには──お釈迦様の最期に最も近い、ある「通学見守り隊」の受け容れ方

「死」が怖くなくなるためには──お釈迦様の最期に最も近い、ある「通学見守り隊」の受け容れ方

 死とは何かという根本的な問いに正面から向き合おうとする試みで書かれた『「死」を考える』。
 恐山の禅僧 南直哉 (みなみじきさい) が、小児喘息で死と隣り合わせだった幼少期の原体験や、僧侶として多くの人の死に寄り添ってきた経験を踏まえ、死とは何か、自分とは何か、そしてどう生きるかを問う一冊。大反響を受け、一部を無料公開します。

 あらためて死と向き合うことで、苦しくてもどうにか生きていくための手がかりが見えてくるはずです。

 

南 直哉『「死」を考える
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90歳を超えて「死に慣れる」方法とは

 90歳を超えて生きる、いわば「死に慣れる」方法は、ある意味、理想的な死を実現できそうではあるが、実はこれもそう簡単ではない。

 無論、生まれつき頑健な体の持ち主であることは当然の前提なのだが、だからと言って、それだけで誰でも90歳を超えられるわけではない。

 とりわけ、男性が難しい。私の経験では、達成できる男女の比率は1:9、よくて2:8が実感である。

 一説では、人間の生涯に必要なエネルギーは性差にあまり関係なく、男性は短時間に大きいエネルギーを放出できる身体構造(瞬発力重視)を持ち、女性は長期間エネルギーを保持する体(持続力重視)になっているのだという。それが寿命に出るわけだ。

 人類誕生以来長きにわたって、食料調達と外敵の排除を男性が主に担い、子の出産と養育の多くが女性の役割だったとすれば、この違いは腑に落ちる話である。

 丈夫な体の持ち主であることの他に非常に重要なのは、規則正しい生活をしているかどうかである。長寿の人は、多くの場合、若い頃はともかく、中年以降ある時期から、かなり規則正しい暮らしをしている。

 特に重要なのは、起床と就寝の時刻、そして朝昼晩3食の時刻である。これがほぼ決まっていて、容易に変えない。特に高齢期に入ると、食材は多彩であるにしても、食べるものが決まっているケースも多い。つまり、食べ慣れたものを食べている。

 

 実は、僧侶はこれに近い生活をしている者が結構多く、長命の人の割合も高いと世上で言われている。

 数え年で108歳で遷化(亡くなること)された曹洞宗大本山永平寺第78世貫首、宮崎奕保えきほ禅師は、周囲によくこう言っていた。

「禅僧は朝が勝負や」

 午前3時起床で始まる朝の坐禅から(禅師はそれより前に自室での坐禅を終えてから、坐禅堂にお出ましになった)、夜の坐禅まで、法要、掃除、勉強と、禅寺の生活パターンはほぼ決まっている。そのパターンを禅師は修行僧時代から一貫して守り続けた。

 さらに食べるものは精進料理と決まっていて、これも徹底していた。お供していた旅の途中の昼食時、サンドイッチを食べることになり(禅師がサンドイッチを食べることを知って仰天した)、その店に野菜サンドがないと知るや、侍者がハムサンドのハム抜きを注文していたものである。

 ただ、体が丈夫で規則正しい生活をしていても、必ずしも十分ではない。もう一つある。おそらくこれが最も大事ではないかと思われるのが、温かい人間関係である。

 

 90歳を超えるほど長寿の人は、周囲から大切にされている場合がほとんどである。無論、例外はあるかもしれないが、人間関係のストレスが高いところで、高齢者が長期間健康な生活を保つのは、非常に困難であろう。

 となると、事はずっと前からの心がけと実践ということになる。誰かに大切にされる人は、それまでに誰かを大切にしてきた人なのである。その結果の温かい人間関係なのであって、付け焼き刃が通用するはずがない。つまり、自分の人生に手間隙かけた人が、そうなるのだ。

 実際、一世紀生きたに近い高齢者を世話するとなると、家族の負担は軽くない。その負担を甘んじて背負えるのは、世話する者が世話される者から与えられたものの大きさゆえであろう。

 となると、この「90歳超え」の方法も、簡単な話とは言えない。これも無理だとすれば、他に方法はないか。

 

「自分を大切にしない」法

 これこそ最も仏教的ではないかと思う方法、それが「自分を大切にしない」というやり方である。

 誰でもお宝は惜しいと思うだろう。だが、ゴミなら簡単に捨てられるはずだ。所詮自分の存在なんぞは大したことではない。自分が死んで本当に困る人など、何人いるのか。取るに足るまい、と考えるのである。

 実際、自分は無論、世の中に「かけがえのない」人物など一人もいない。いたら世代交代が不可能である。

 いるのは誰かにとっての「かけがえのない」人、限定版の「かけがえのない」人物だろう。だからと言って、いざ彼が死んでどうなるかと思えば、残された人々はそれでもなんとか生きていく。そういうものなのだし、そうあるべきなのだ。

 この話をある集まりでしたら、大ブーイングであった。「和尚! なんてことを言うんだ!」「わしらに死ねと言うのか!」「坊さんの言うことじゃない!」……etc.

「死ね」と言っても死にそうもない連中から囂々の非難を浴びたが、私はそんな単純な話をするつもりは毛頭ない。

「そんなバカなことを言うわけがないだろう。そうじゃなくて、旦那も還暦をとっくに過ぎて、四捨五入すりゃ70じゃないの? だったらこの先、損得を捨て、欲から離れて、自分より先に他人を立てて生きていったらどう? そのことだよ」

 と言うと、

「じゃ、他人の言いなりになれってことか?」と返ってくる。

「旦那が人の言いなりになるはずがなかろう。違うよ。人が生きているというのは、他人と一緒に生きている、ということでしょう。一緒に生きざるを得ないんですよ。とすれば、その自分と他人の間に、必ず共通の問題が生じる。というよりも、関係することは問題が生じることだと言ってもいい。そのときにね、その共通の問題に取り組んでいけばよいだろう、ということさ」

 この共通の問題に取り組むとき、重要なことが3つある。

 その第一は、先に述べたように、損得を離れることだ。それを行って、得をしようと思わない。

 二番目は、やったとして、褒められようと思わない。

 もう一つは、それで友達を作ろうとも思わない。

 やるなら、得をしようと思わない、褒められようと思わない。そして、友達を作ろうと思わない。

 一番大事なのは三番目である。人は友達を作ろうとすると、ほとんど無意識的に他人に媚びるし、関係に取り引きを持ち込みやすい。

 

なすべきことをなし終えたとき、死は「休息」になる

 このアイデアには、モデルになる人物がいる。ずいぶん前、新聞記事に、ある高齢男性の事故死が報じられていた。

 その人は、休日でない限り、雨の日も風の日も、毎日近所の小学校の通学路にある横断歩道に立ち続け、30年以上、児童の見守り活動をしてきたのである。そこにある日、飲酒運転の車が突っ込んできて、彼は亡くなってしまった。

 実は、彼は40歳を過ぎた頃、次女を交通事故で失っていた。彼は考えた。大事な人がこんな惨い目に遭い、家族は悲しみのどん底に突き落とされるようなことが、もう二度とあってはならない。そこで、ある朝、突如として横断歩道に彼は立ったのである。

 これが損得で行われたはずがない。褒められたくて始めるわけがない。たった一人で立ち始めた人間に、友達が要るだろうか。

 そうではない。毎日一人で立ち続ける彼を見て、やがて自分も協力しようかと、少しずつ人が集まり出し、結果「見守り隊」のごときつながりができたのだ。

 この人は、もし事故に遭わなかったら、おそらく足腰が立たなくなるまで、見守を続けただろう。そして、ついに立つことができなくなった日、できることだけはやった、これで娘に顔向けができる、と思ったかもしれない。

 私は、これがゴータマ・ブッダの最期に一番近い死の受容の仕方だと思う。

 

 経典には、余命わずかとなったブッダが最後の直弟子に語る言葉がある。

「スバッタよ。わたしは29歳で、何かしら善を求めて出家した。スバッタよ。わたしは出家してから50年余となった。正理と法の領域のみを歩んできた。これ以外に〈道の人〉なるものは存在しない」

——『ブッダ最後の旅』150頁 岩波文庫

 この言葉は、だから自分は凄いだろう、ということを言っているのではない。そうではなくて、「自分は、自らなすべきだと信じたことを、将にいまなし終えた」と言っているのだ。

 この実感は何もブッダや横断歩道に立った男性に限らない。それぞれの仕事や職業で、「なすべきことはなし終えた」と心から思えた人にとっては、死はおそらく「休息」なのだろう。満腹になった者が食べるのをやめるのに躊躇がないように、全力で疾走した者がついに減速して立ち止まるように、その人は死を受容するだろうと、私は思う。

 

==全編は『「死」を考える』でお楽しみください。==

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著者

南 直哉(みなみ・じきさい)

禅僧。青森県恐山菩提寺院代、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、大手百貨店勤務を経て、1984年出家得度。曹洞宗大本山・永平寺での修行生活を経て、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で第17回小林秀雄賞を受賞。著書に『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)、『正法眼蔵 全 新講』(春秋社)など多数。

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