ためし読み - 新書
高橋源一郎による話題の「ダイエット本」無料公開! 真の健康を手に入れる608ページ。
2026.05.18
「この本を読み通せば(「食べ」通せば)、あなたはからだの健康を取り戻した上に、こころの健康まで得ることができるだろう。なぜなら、わたしがそうだったから。」(「はじめに」より)
朝日新書『ぼくたちはどう老いるか』が話題のタカハシさんが「こころ」と「からだ」の真の健康を取り戻すためにしたこと、それは「本(ことば)」を食べることだった!?
突如太ったことに気づいた作家、高橋源一郎さんによる、話題の「ダイエット本」、『食べる本』。大反響にお応えして、本書から「はじめに」を無料公開いたします。
『食べる本』が、あなたの真の健康を取り戻す助けとなりますように──。

河出新書『食べる本』高橋源一郎
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はじめに 本は「読む」ものではない。「食べる」ものだ
自分で書いた本だけれど、いったいどんな本なのかと訊ねられても、答えに困る。こんな本、いままで書いたことがなかったから。というか、読んだこともなかったから。
まず、これは「ダイエット」本である。だから、この本を読むことは、「ダイエット」したい読者のみなさんにとって、たいへん役立つはずである。
しかし、同時に、タイトル通り、これは「食べる」本でもある。だから、読まずに「食べ」てもらいたい。「読む」ではなく「食べる」? 大丈夫、そのうちわかるようになりますから。
この本は、あなたの栄養になるはずである。からだにも、こころにも。いや、この本を読み通せば(「食べ」通せば)、あなたはからだの健康を取り戻した上に、こころの健康まで得ることができるだろう。なぜなら、わたしがそうだったから。
簡単に、この本がどんなふうに成立したかについて書いておきたい。
本書の冒頭にあるように、七十歳近くなったある日、突然わたしは気づいた。太っていたのである。半世紀近く、ほとんど変化することがなかった体重の急激な変動に、わたしはショックを受けた。というか家族からの「パパ、太ったね」という視線におののいた。そして、わたしは「ダイエット」というものを始めた。
だが、そのときには、まだわたしは気づいていなかったのだ。目の前に、とてつもなく広大な「戦場」が広がっていることに。
最初のうち、「ダイエット」は、いわゆる「ダイエット」に過ぎなかった。誰でも知っている、あの「ダイエット」。よくある「ダイエット」。単なる「ダイエット」。本屋に行けばコーナーがある「ダイエット」。ドラッグストアにだってコーナーがある「ダイエット」。テレビでもSNSでも「ダイエット」は重要なテーマだ。「ダイエット」専門のチャンネルに「ダイエット」ユーチューバー。わたしは本屋で「ダイエット」本を買いあさり、そして読んでみた。それから、あらゆる「ダイエット」法を試してみた。ついに、オリジナルの「ダイエット」法まで考え出した。やがて、わたしは「ダイエット」に成功し、体重は元に戻っていたのである。その詳細な記録が、ここにはある。だから、「ダイエット」本として利用していただいてかまわない。
イッツ・オーケイ。任務完了。さて、元の生活に戻るとするか。それですべては終わるはずだった。
だが、真の「戦場」は「その先」にあったのである。わたしは気づいてしまったのだ。わたしに「からだ」があることに。
おかしなことをいうやつだよね。誰にだって「からだ」はあるのだから。だが、わたしは、長い間、自分に「からだ」があることに気づかなかったのだ。というか、放っておいたのだ。無視していたのだ。なにもしなくてもいつもそこにあるものだと気にかけなかったのだ。だから、太ってしまったのだ。
実際のところ、そうやって放置しているものは、他にもたくさんある。
あなたの奥さまがなにを考えているかご存じだろうか。「いつ離婚してやろうか」と思っているかもしれませんよ。それは、あなたが奥さまとの関係を放置していたから、「水をやらなかった」からだ。
最近、同じことばかりしゃべっていないだろうか。本を読んでいないからだ。考えていないからだ。「頭」に「水をやらなかった」からだ。というか、スマホばかり見ていませんか。目が濁ってるかもしれませんね。
たまには奥さま(子どもでも、友人でも、ペットでも、社会でも、なんでもいい。いやそれが夫さんであったとしても)をきちんと見てほしい。向こうがどんな目であなたを見ているのかを。
「終わってるな、この人」って思われているかもしれないのだ。いろいろな意味で。
思い出話ばかりしていないだろうか。自慢話ばかりしていないだろうか。ネットで拾った蘊蓄を、さも自分の知識のように話していないだろうか。それから、鏡、見てます? 見た方がいいですよ。ずいぶん劣化してますから。毎日見てるって? いえ、だから、毎日少しずつ劣化してたからわからなかったのですよ。わたしみたいに。
体重増加は「始まり」に過ぎなかった。いや、そこまで少しずつ進んでいた「劣化」が、ある日突然、体重増として出現したのだ。「からだ」方面で。
「からだ」が劣化しているのなら、それ以外のすべても実は劣化している可能性が高いのである。「からだ」の劣化は、それ以外のすべての劣化の象徴なのだ。
わたしは、無視していた「からだ」に少しずつ水をやるようになった。そしたら、「からだ」が潤いはじめた。ああ「からだ」があったんだ、わたしには。わたしはそう思った。ありがとう「からだ」、いままでずっとわたしを支えていてくれて。ごめんね「からだ」、いままで放っておいて。
「ダイエット」の途中で、当然の如く、わたしは「料理をする」ことを始めた。それまで、ほとんどやっていなかったのに。だから「ダイエット」の本から「料理」の本へと関心が移った。そして、その関心は、さらに「食」の本へと移っていった。
そこから先でなにが起こったのかは、ぜひこの本の中で確かめてもらいたい。
人間は「食べる」生きものだ。それがなければ「からだ」は死んでしまうから。
同時に、人間には「こころ」がある。「精神」がある。そして、「こころ」や「精神」も「食べる」のである。なにを。もちろん「ことば」を。そして、「ことば」を食べなくなったとき、「こころ」や「精神」も衰え、死んでゆくのである。わたしが分け入ったのはそんな世界だった。
そこにあった「ことば」たちは、「食べる」に関する「ことば」たちだった。だから、時にわたしは、実際にそこにあるものを「食べ」さえした。そういうことを、「読む」というのだろうか。わたしはそう思った。
そこには、「抽象」ではない、「具体」があった。見ることができ、触ることができ、嗅ぐことができ、口に入れることができ、嚙むことができ、吞みこむことができる「食べもの」たちの世界である。
だから、わたしは、「ことば」ごとぜんぶ、「食べる」ことにしたのである。
わたしは、たくさんの、たくさんの「ひと」たちと同じ「食卓」についた。そして、「彼ら」と共に、同じなにかを「食べ」た。というか、「彼ら」が「料理」してくれた「ことば」を食べた。いや、それ以上のものを、である。
ぜひ、みなさんにも、その「料理」たちを味わっていただきたいと思っている。そして、その先に、どんな世界があるのかも。
==全編は『食べる本』でお読みください。==

河出新書『食べる本』高橋源一郎



















