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【無料公開】リーダーたちが分断を煽り世界を混乱に陥れる時代に立った、世界最年少ニュージーランド首相の「違い」 政治学者・三浦まりの解説

【無料公開】リーダーたちが分断を煽り世界を混乱に陥れる時代に立った、世界最年少ニュージーランド首相の「違い」 政治学者・三浦まりの解説

強権的なリーダーたちが分断を煽り、世界を混乱に陥れる時代に、新しいリーダーの資質を考えるとしたら?

 

『KINDNESS(カインドネス)』
ジャシンダ・アーダーン 著
神崎朗子 訳
amazonRakutenブックスほか全国書店で発売中

 

37歳で首相に就任(当時世界最年少)、在任中に出産し、多数の犠牲者を出したモスクでの銃乱射テロ、コロナ禍、大規模な自然災害といった数々の苦難に毅然と立ち向かったジャシンダ・アーダーン。その行動の指針は、「思いやり」「優しさ」という、従来のリーダーや政治家像からはかけ離れたかに見えるものでした。

 

「政治は一個人のためにも、大勢の人びとのためにも、物事を変える手段となり得るのだ。だったら私は、貧困や不平等といった自分にとって重要な課題において、そういう変化を起こしたい」――繊細さや涙もろさ、自己評価の低さといった「弱さ」を「強さ」に変えて、6年にわたって重責を担った著者の言葉には、社会を皆が生きやすい方向に変えるヒントが溢れています。

 

ナタリー・ポートマン、ベン・ローズ(オバマ米国大統領副補佐官)ら著名人、『ニューヨーク・タイムズ』等各紙誌で絶賛された世界的ベストセラー。その日本語版から上智大学の三浦まり教授による解説を公開します。

 

 

 

 〈権力/力〉は誰のために? アーダーン首相回顧録が示す新しいリーダー像 

三浦まり(政治学者) 

 

 細やかな心の動きが仔細しさいに見える。そんな文章を読むのは小説だけかと思っていた。本当にこれは政治家の自伝なんだろうか。ましてや、首相の?
 繊細で、傷つきやすく、常に家族や周りの人のことを気にかけ、少しでも世界をより良いものにしようと最善を尽くす。そんな人物が政治家であるはずがない――多くの人はそう思っている。しかし、少し前までニュージーランドの首相であったジャシンダ・アーダーンはそんな型破りな人物なのだ。彼女の回顧録は、彼女が何をしたのかではなく、何を感じたのか、、、、、を知ることができる、稀有けうな本となっている。
 アーダーンは率直に感情を語り、家具や置物や風景のディテールに富んだ情景を描写する。その筆致からは、彼女がいかに周りに愛情と慈しみを抱き、常に思いやっているのかが伝わってくる。彼女が愛する人びとは身近な家族や友人にとどまらない。多くの人と触れ合い、対話を重ねることに喜びを見出している。決して大げさではなく、アーダーンはニュージーランド全国民と、人類全体を気にかけ、人の役に立つことを生き甲斐としているのだ。
 アーダーンの率直で飾り気のない語りからは、首相も政治家も生身の人間であることが痛いほど伝わってくる。迷いながら、後悔も伴いながら、それでも全身全霊で職務にあたり、首相として決断し続け、国を導いていった人物の、実に繊細な物語が紡がれている。私はこの本を読みながら、筆者と同じように、悲しくなり、傷つき、不安になり、いきどおり、そして喜びを感じた。
 自分に自信があるわけではなく、感受性の強い女性がなぜ政治家、そして首相になったのだろうか。この謎は、詳細に語られるアーダーンの生い立ちによって明らかにされる。虐め、自死、孤立、貧困、コミュニティの崩壊。両親の苦境を感じ取りながら、公正さとは何かを考え続けた幼少期。数えきれないくらい涙を流し、またそっと涙を拭う人を見てきたことが、政治家としての核を形成したことが見えてくる。
 アーダーンは自分自身が抱えるインポスター症候群を公言したことでも知られている。これは、自己評価が低いために、社会的評価を得ても、むしろ自分は世間を騙していると感じてしまう心理状態のことだ。女性やマイノリティなど、社会のなかで過小評価される属性が陥りやすい。興味深いのは、アーダーンがインポスター症候群を克服していく過程だ。自信がないから常に準備万端で臨み、緊張で食事が喉を通らないことも度々経験しつつ、ついに弱点が強みに変わる瞬間が訪れるのだ。国会で8年も過ごすうちに、他人からの侮辱を耳にすることがインポスター症候群の解毒剤になったという。誹謗中傷があまりに的外れだったから、気にならなくなっていったというのだ。
 打たれ強くなったわけではないのだろう。批判にさらされれば自分の原点を何度も確かめることになる。彼女の場合は、幼い頃からモルモン教徒としての信仰によって形成された人格の土台の上に、大人になり価値観の違いから信仰を失うという喪失感と新たな覚醒を経ている。こうした葛藤かっとうを経験したことが、さまざまな宗教への寛容な精神を育みつつ、他者に明け渡さない自分自身の尊厳の砦を築いたのではないだろうか。
 自分に向き合うこと。自分に正直になること。このことがインポスター症候群を乗り越える道であると、アーダーンは示しているように思える。

 アーダーンが生粋きっすいの政治家だと思えるエピソードのひとつに、彼女が定期的に学校を訪れ、若者の声に耳を傾けてきたことがある。首相の座にある間は、子どもたちが送ってきた手紙の全てに目を通したという。そこから政策に結びついたこともあるそうだ。人の役に立ちたいと願っていた少女が、首相となって若い世代の言葉を熱心に拾う。なぜそうしたことを続けたのかといえば、アーダーンの政治観がまさしく、政治は人びとに貢献するものだからだろう。
「世のなかのこれほど多くの人びとのために、これほど貢献できる可能性のある場所が、ほかにあるだろうか?」とアーダーンは自問する。「政治は一個人のためにも、大勢の人びとのためにも、物事を変える手段となり得るのだ。だったら私は、貧困や不平等といった自分にとって重要な課題において、そういう変化を起こしたい。いったいほかのどんな仕事で、そんなことが実現できるだろう?」、と語る。
 本当なら、全ての政治家にこういう政治観を抱いてほしい。自己利益や名誉欲、支配欲のために政治を利用するのではなく、人びとの幸せのために政治家になってほしい。
 アーダーンが自ら首相を退任して2年程の後に刊行された本書の原題はA Different Kind of Power だが、これは「権力」を自己保身のためではなく、他者のために用いるという覚悟を表しているのだろう。それが「異なるたぐいの」と形容されていることに、残念ながらアーダーンのような政治家が少数派である実態を暗示している。
 もうひとつ、powerは「権力パワー」だけを意味するのではなく、弱さや不安を「パワー」に変えられることを示している。インポスター症候群を乗り越えたエピソードが象徴するように、自分の欠点はやがて強みになるのだと、アーダーンは次世代に雄弁に語りかける。この境地に彼女が到達するまでに、どれだけの涙が流されたのだろうか。本書の冒頭に掲げられた献辞には、それだけの重みが込められている。
 言うまでもないが、アーダーンは女性の首相である。在任中に出産を迎えた世界で2人目の首脳でもある(前例は1990年のパキスタンのベナジル・ブット首相だけだった)。ニュージーランドのように女性リーダーが多い国でもなお、男性とは異なる苦労をいられた。メディアから出産計画についてしつこく聞かれたことに対して、そういう質問が許されないことをピシャッと3回も言い返したくだりは痛快だ。他方で、子どもの世話と仕事の間で葛藤し、常に二者択一を迫られ、どちらを選んでも必ず誰かを失望させる代償を払ってきたという述懐には、心が痛む。働く母親の誰もが抱える罪悪感と失望に、アーダーンもまた首相の職に就きながらさいなまれた。このことを私たちが知ることの意味は大きい。日本では首長の出産・産休に未だ否定的な声がある。政治家はスーパー(ウー)マンではない。傷つきやすい生身の人間として、葛藤を抱えながら、最善の選択ができるようもがいている存在だ。自分自身の子どもとの関わりが、アーダーンの政策関心を広げ、社会に還元されていることに、日本が学べることは多い。
 本書はアーダーンが第40代首相になるかどうかの連立交渉の結果を待つシーンから始まる。それもバスルームで妊娠検査薬の判定を待ちながらである。この解説から先に読むかもしれない読者にはネタバレになってしまうから書けないが、この顚末はどうだったのか。乳がん検査(これもネタバレになるので詳細は書かない)がひとつの契機となって辞任の決意へと繫がっていくエピソードも明かされる。身体を持った政治家が、豊かな感受性と感情の揺らぎを通じて、国家の意思決定に携わっている。そこには判断の誤りも失敗もあるだろう。だけど、時には政治的計算を捨てて人間としての振る舞いを優先させたアーダーンは、政治家は人として信頼されるべきであるという一線を守った。分断と相互不信が吹き荒れる近年の政治状況に対して、アーダーンの生きざまはまさしく「異なる類の」力のありようを見せてくれる。

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■書籍情報


『KINDNESS(カインドネス) 思いやりと優しさで世界を変える』
ジャシンダ・アーダーン 神崎朗子訳 三浦まり解説
amazonRakutenブックスほか全国書店で発売中

弱くていい。不安でもいい。それが世界を変える力になる――思いやり、優しさ、信念、勇気。世界中に共感を巻き起こした史上最年少の元女性首相が、新時代のリーダー像を提示する回顧録。
 

*目次より
第1章 苦難に見舞われた町で
第2章 原点
第3章 世界は大きく、人生は壊れやすい
第4章 思春期
第5章 神様、これだけは理解できません
第6章 初めてのアルバイト
第7章 家族の秘密
第8章 選挙ボランティア
第9章 大学生活
第10章 アメリカ留学中の9・11
第11章 ジレンマ――信仰と価値観
第12章 成り行きの立候補
第13章 闘技場の新米議員
第14章 お飾りの女性
第15章 優れた政治家か、善い人間か
第16章 不妊治療と党首の責任
第17章 キャリアか、子どもか
第18章 キーワードは思いやり
第19章 つわり
第20章 #knitforjacinda ジャシンダのために編もう
第21章 罪悪感
第22章 暗黒の日
第23章 リーダーシップの教訓
第24章 危機と行動
第25章 ママらしいこと
第26章 抱擁
第27章 過酷な試練
第28章 占拠
第29章 どうしてそんなにたくさん、おしごとしなくちゃいけないの?
第30章 自分自身への問い

 

 

『KINDNESS(カインドネス)』
ジャシンダ・アーダーン 著
神崎朗子 訳
amazonRakutenブックスほか全国書店で発売中

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