ためし読み - ビジネス
鈴木祐『YOUR TIME 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』冒頭試し読み
2022.10.12
時間術に関して
誰もが間違う3つの真実とは?
「時は金なりと心得よ」
アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンが、こんなフレーズを自らのエッセイに書き残したのは1748年のことです。フランクリンは、18世紀から世界に広まった〝合理主義〟を象徴する人物として知られ、時間の重要性を示す言葉をいくつも残しています。
「時間を浪費するな、人生は時間の積み重ねなのだから」
「時間を空費せず常に何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし」
その後、フランクリンの姿勢は時代の精神を代表するものとされ、19世紀には「時は金なり」が資本主義社会を代表するスローガンに変化。時間を有効に使うことこそが最高の美徳であり、時間の無駄は神に背くも同然の悪徳だとみなす考え方が、世界のコンセンサスになりました。その志向はいまも根強く、現代でタイムマネジメントの重要性を疑う人はいないはずです。
しかし、アインシュタインも言うように「常識というものは、世間に信じられているほどの根拠をもたない」ものです。時間術の世界においてもそれは同じで、世に伝わるタイムマネジメントの常識が、実際には明確な理由にもとづかないケースがいくつも見られます。
どれだけ最新の時間術を学んでみても、根拠が間違っていたら意味がありません。そこでまずは、世に出まわるタイムマネジメントの考え方から、特に誰もが間違いやすい3つの真実を押さえておきましょう。
◉真実❶…時間術を駆使しても仕事のパフォーマンスはさほど上がらない
◉真実❷…時間の効率を気にするほど作業の効率は下がってしまう
◉真実❸…「時間をマネジメントする」という発想の根本に無理がある
とまどわれた方も多いでしょう。どの考え方も時間術における基本の基本であり、疑いようのない前提と思われているはずです。
ところが近年の研究に照らせば、いずれの考え方も大きな間違い。これらの誤りに囚われている限り、あなたはいつまでも時間がない状態から逃れることができません。くわしい理由を見ていきましょう。
真実 時間術を駆使しても
仕事のパフォーマンスはさほど上がらない
浜の真砂は尽きるとも、世に時間術の種は尽きまじ。カレンダーへのスケジューリング、ToDoリスト、メールタイムの設定、作業時間の計測など、世の中には時間管理のテクニックが大量に存在し、それぞれが「この手法で時間を有効に使うことができる」と主張しあっています。
しかし、「はじめに」でも軽く触れたように、実はこれらの手法にはどれもたいした根拠がなく、それどころか仕事のパフォーマンス改善に効かないという報告もかなり多いのです。
にわかに信じがたい話かもしれませんが、時間術の効果について調べた複数の研究が、それぞれのテクニックと仕事のパフォーマンスのあいだに弱い相関しか見出していないのはまぎれもない事実です。
コンコルディア大学などが2021年に行った調査を見てみましょう。研究チームは、1980年代から2019年までに発表された時間術の研究から158本を選び、約5万3000人分のデータでメタ分析を行いました(1)。
メタ分析とは、過去に行われた複数の研究データをまとめて大きな結論を出す手法のことです。大量のデータを使うぶんだけ精度は高くなり、単独の研究を参照するよりも確からしい結論を導き出すことができます。その意味で、データの信頼度はかなり高いと言っていいでしょう。
分析にあたり、チームは時間術の内容を3つの種類に分けました。
◉構造化:「どの活動をどの時間に行うか?」をはっきりさせるタイプの時間術を意味します。スケジュール帳、リマインダー、ToDoリストなどが代表例です。
◉保護化:外部の障害やトラブルから時間を守ることに特化した時間術です。時間のかかる依頼を断ったり、早起きで仕事をしたり、仕事中にSNSへのアクセスを遮断したりといった手法があります。
◉適応化:同僚の依頼や急な会議などの問題を事前に想定し、あらかじめ対策を立てておく時間術です。「急な会議が入ったら書類作りは来週に回す」「急な仕事を頼まれたら経費精算は同僚に頼む」のような行動プランを作る方法が一般的です。「予備日を作っておく」なども、この手法にふくまれます。
この分類にもとづき、すべての時間術の効果を分析したところ、結論は次のようなものでした。
◉時間術と仕事のパフォーマンスには「r=0・25」の相関しかない
〝r〟は2つのデータにどれぐらい深い関わりがあるのかを表す数値で、ここでは時間術と仕事のパフォーマンスの関係を示します。数字が1に近いほど両者は関係があるとみなされ、このデータで使われた分析法では、0・5以上の値を取れば「大きな関係がある」と判断されるのが一般的です。
たとえば、ビールの販売量と気温の関係を調べると、たいていは「r=0・78」ぐらいの大きな数値が出ます。暑い日に冷たいビールを飲みたくなるのは当たり前ですが、それだけに効果量も高くなるわけです。
その点で、0・25という数値は微妙なラインで、「時間術でパフォーマンスが上がることはあるが、効果を実感できない場面が非常に多い」レベルだと考えられます。ここで言う仕事のパフォーマンスは、上司による業績評価、仕事へのモチベーション、作業へのコミットメントなどで測定しており、これらの指標に対して、時間術ははっきりした意味を持たないことになります。
さらにチームは、こんな結果も示しています。
◉勉強のパフォーマンスに使うと時間術の効果はさらに低くなり、学校のテストの点数や成績アップは期待できない
◉時間術がもっとも効果を発揮するのは「人生の満足度」で、仕事のパフォーマンスより72%も影響度が大きい
時間術というと、大半の人は日々のタスクのパフォーマンスアップに使うでしょうが、実際にはさほどの効果を得られず、メンタル改善のメリットのほうが大きいわけです。
時間術は幸福度を高める技法として
とらえ直すべき
時間術の効果が認められなかった実験は、他にも少なくありません。
ヴュルツブルク大学などのテストでは、研究チームがドイツのビジネスパーソンに時間術のトレーニングを指示(2)。グループ研修を行ったうえで、全員に複数の時間術を学ばせました。
◉作業のゴールを設定して時間内の達成を目指す
◉予期せぬ中断に備えてあらかじめ計画を練っておく
◉タスクの優先順位をつけて重要なことから手をつける
◉必要な作業をすべてカレンダーに書き込んで視覚化する
◉作業にかかった時間をすべてモニタリングして次に活かす
いずれも定番の時間術であり、本書を手に取った方なら一度は使ったことがあるでしょう。これだけ複数の時間術を組み合わせれば、さすがになんらかのメリットが確認されそうなものです。
しかし、結果は先のメタ分析と大差がありませんでした。どの時間術を使っても仕事の質と量はさほど改善されず、プロジェクトの締め切りを守る確率も上がらずじまい。効果が認められたのは、被験者が感じた仕事の満足度だけでした。
これらの結果について、先のメタ分析を手がけたブラッド・イーオンは、こうコメントしています。
「通常、時間術は仕事のパフォーマンス改善に役立ち、幸福度の改善はたんなる副産物に過ぎないと考えられます。しかし、私たちの分析は従来の常識を覆すものであり、時間術と生産性を結びつけるのはやめなければならないでしょう。時間術は、むしろ幸福度を高める技法としてとらえ直すべきなのです」
確かに、データが示す時間術の効果は小さく、スケジューリングやタスク管理といった定番の手法にもたいした成果は報告されていません。にもかかわらず、現代人が時間術への信頼を失わないのは、これらのテクニックが私たちのメンタルを改善してくれるからなのでしょう。
時間術を使って日々のスケジュールを組み立てれば、あたかも自分の人生を自分の力でコントロールできているかのような感覚が生まれ、そのぶんだけ重要なことをなし遂げた気持ちも得やすいはずです。やるべきことをすべて他人に指示される状況よりも、自らの手で時間を管理できる人生のほうが気分が良いのは間違いありません。
とはいえ、くり返しになりますが、時間術がもたらすパフォーマンス改善のレベルは、気分の改善度に比べればはるかにこころもとないもの。やはり現時点では、万人への効果が示された時間術は存在しないのです。
真実 時間の効率を気にするほど
作業の効率は下がってしまう
「分業によって作業の効率を高めれば、生産性は飛躍的に向上する」
近代経済学の父アダム・スミスが、『国富論』で効率化の重要性を訴えたのは1776年のことです。産業革命の本質は新しい技術の誕生にあるのではなく、無駄の削減とプロセスの改善による効率化の追求こそが重要なのだとスミスは喝破しました。
同じ考え方は、経営学者のフレデリック・テイラーやW・エドワーズ・デミングに引き継がれ、「効率の追求こそが美徳である」との思想に結実。彼らの働きによってタイムマネジメントは科学となり、「少ない時間でいかに作業の量を増やせるか?」は先進国の原理原則になりました。これは現代でも変わらず、無駄の排除と効率の追求は、いまも世界中のビジネススクールにおける主要なテーマです。
もちろん、私たちにとって時間が希少なリソースなのは間違いなく、効率を追求する作業は、経営者だけでなくあらゆる人に必要でしょう。ヘンリー・フォードが世界初の組み立てラインを導入したことで工場の生産量を倍増させた事例はあまりに有名ですし、効率の追求によって産業革命が花開いたのも事実です。
しかし、その一方では、効率の重視によって逆に仕事の成果が下がってしまうケースも多いことが、ここ十数年の研究でわかってきました。その理由は、大きく2つあります。
❶時間効率の追求が判断力を下げる
❷時間効率を上げるほど創造性が低下する
ひとつめは、効率を追うことで私たちの判断力が下がる問題です。
たとえば、あなたはこんな経験をしたことはないでしょうか?
いくつもの会議を立て続けにこなし、短時間に大量のメールを送ってハイスピードで事務を片づけるうちに時刻はもう夕方。ふと気がついたら、今日中にやるはずだった重要な企画書には着手すらしていなかった―。
このように、短い時間に効率よく複数のタスクを詰め込んだ結果、大事なことに手をつけ忘れてしまったり、無理な依頼を引き受けてしまったりといった問題が起きるケースは珍しくありません。
この現象を、行動科学の世界では「トンネリング」と呼びます。
車を運転しながら音楽を聞き、同時に助手席の人間とも会話し、さらには目の前の通りを歩く知人の姿に気を取られれば、どんなベテランドライバーでも事故を起こす確率は跳ね上がるでしょう。これと同じように、いくつものタスクを効率よくこなすうちに脳の処理能力が限界に達し、適切な選択をする能力が下がってしまう現象がトンネリングです。
経済学者のセンディル・ムッライナタンらの研究によれば、トンネリング状態になった人は平均でIQが13ポイントも下落するとのこと(3)。この数値は、あなたが眠らずに一晩を過ごした際に起きるIQの低下度とほぼ変わりません(4)。
そのため、いったんトンネリングに陥ると、私たちは次の行動を取りやすくなります。
◉手軽なタスクだけで満足する:マイクロソフトがイギリスで行った調査によると、効率化を重視した労働者の77%がメールの受信箱を空にする作業に多くの時間を費やし、それにもかかわらず「生産的な1日を過ごした」と感じていました(5)。また、オハイオ州立大学などの実験でも、効率性を追求してスピーディにタスクをこなすように指示されたグループは、そうでないグループに比べてタスクの処理量が約22%減っています(6)。
◉戦略的な計画が立てられなくなる:時間効率への意識が強くなると、私たちは大きな視点を失いやすく、深く考えずに同僚の頼みを引き受けたり、運動や学習などの長期的なトレーニングをサボりがちになります。そのせいで、トンネリングに陥った人の多くは、目先の課題に追われて忙しさが増し、長い目で見て重要なタスクが手つかずになるのです。
効率を追う人ほどトンネリングにはまって忙しさが増し、そのあとには「受信トレイを空にした」や「友人の頼みに応えた」という刹那的な自己満足だけしか残らず、本当に大事なことにいつまでも集中できません。まさに悪循環です。
時間の無駄にこだわると
創造性は下がる
もうひとつ、「創造性の低下」も、効率の追求が引き起こす大きな問題点です。効率を目指して時間を意識すればするほど、私たちは良いアイデアを思いつきにくくなり、問題解決の能力も下がる傾向があります。
ハーバード大学の心理学者テレサ・アマビールは、7つの企業から177人の従業員を集めて業務日誌を書くように指示。約9000日分のデータをもとに全員の働き方を解析し、次の事実をあきらかにしました(7)。
◉仕事中に時間を強く意識した日は、そうでない日よりも創造的な思考の出現率が45%下がり、プロジェクトの成果も低くなる
◉創造性の低下は2〜3日後まで続いたが、ほとんどの従業員はその事実に気づいていなかった
効率を求めて時間を気にすることで、大半の人は思考の広がりがなくなり、そのせいで最終的な成果の量まで減ってしまうようです。
このような問題が起きるのは、創造的なアイデアを生むには「拡散的思考」が必要だからです。これは、頭の中にとりとめもないイメージや記憶を遊ばせるタイプの脳の使い方で、心と体がリラックス状態に入ったときに現れやすい傾向があります(8)。
このタイプの思考法が創造性に欠かせない理由は、説明するまでもないでしょう。オリジナリティのあるアイデアを思いつくには、ジェームズ・ダイソンが製材機からヒントを得て掃除機を開発したように、ジョルジュ・デ・メストラルがゴボウの実の構造を面テープに応用したように、既成の知識を新しく使う方法を編み出すか、これまでにない新鮮な組み合わせを探さねばなりません。
そのためには、頭の中を自由なイメージと知識がさまようにまかせ、意外な情報の結びつきが起きるのを待つ必要があります。シャワーを浴びるあいだや眠りに入る寸前ほど良いアイデアが浮かぶのも、リラックスモードに入った脳が拡散的思考に切り替わったからです。
対して、ひとつのことに意識を集中させ、特定の情報に脳のリソースを使う脳の使い方を「収束的思考」と呼びます。時間を気にしながらToDoリストを処理したり、締め切りに追われてスケジュールをこなしたりと、目の前のタスクに意識を向け続けねばならない場面では、あなたの脳は収束的思考に切り替わり、集中力を高める方向に働き出すわけです。
残念ながら、人間の脳は拡散と収束を同時に使えるようにはできておらず、集中力を高めようと思ったら創造性はあきらめるしかありません。すなわち、いつも効率を求めて時間を気にしていると、私たちは収束的思考ばかり使うことになり、拡散モードの出番がなくなってしまいます。その結果、創造的なアイデアの量は減り、やがてはプロジェクト全体の停滞につながるのです。
マッキンゼーの調査によれば、現代の仕事の7割では創造的な発想が求められます。効率化をすべて否定したいわけではないものの、時間の無駄にこだわることでパフォーマンスが下がるのは事実であり、そもそも効率アップばかりを目指していたら、新たな効率化のアイデアすら浮かばないかもしれません。産業革命の時代ならいざしらず、現代的なやり方とはいえないでしょう。