ためし読み - ビジネス
鈴木祐『YOUR TIME 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』冒頭試し読み
2022.10.12
真実 「時間をマネジメントする」という
発想の根本に無理がある
時間術について誰もが間違う真実の最後は、「時間をマネジメントする」という発想の根本に無理がある、です。
そもそも、大半の時間術は時間の使い方とは関係がないということから説明しましょう。なにやら禅問答のようですが、奇をてらったわけではありません。世の中で使われるあらゆるタイムマネジメント法は、実際には時間の使い方とはほぼ関係がないのです。
ただし、そう言われて、すぐ飲み込める人はいないでしょう。私たちがカレンダーに予定を書き込むのは、その日の時間の使い方を確かめるためですし、タスクの優先順位をつけるのも、時間をうまく配分するのが主な目的のはずです。
それでは、時間術は時間の使い方とは関係がない事実を理解するために、まずは「一部にだけ時間術が効く人がいるのはなぜか?」という疑問について考えてみましょう。
37ページで取り上げた、時間術のメタ分析をご記憶でしょうか? この分析結果は、どの研究においても、少数ながら時間術が効果を発揮した人がいる事実を示していました。要するに、大半の人間が効果を得られない中で、時間術によってパフォーマンスが上がる人が必ず一定数だけ存在するわけです。このような効果の差は、なぜ起きるのでしょうか?
その答えを探るために、「アイゼンハワー・マトリクス」について考えてみましょう。これは元アメリカ大統領のドワイト・アイゼンハワーが愛用した時間術で、タスクを「緊急度」と「重要度」に分け、そのうえで「借金返済」のように緊急度と重要度が高いものからこなすのが特徴です。
重要度が高いタスクから手をつけるべきなのは当たり前であり、一見文句のつけようがなさそうに思えますが、現実はうまくいきません。ジョンズ・ホプキンス大学などの実験によれば、「緊急と重要」のフレームワークを使いこなせる人は多くないというのです(9)。
研究チームは、203人の男女に「単純な文字列を入力してください」と指示し、タスクの条件を2種類に分けました。
◉パターン1 重要ではないが緊急:報酬は12セントで、5分後にタスクの選択権が消える
◉パターン2 重要だが緊急ではない:報酬は16セントで、50分後にタスクの選択権が消える
アイゼンハワー・マトリクスを使うまでもなく、どちらを選ぶべきかは自明でしょう。時間の余裕があるうえに4セント余分にもらえるのだから、パターン2を選択したほうが確実にお得です。
しかし、結果は意外なものでした。多くの人は5分のタイムリミットに強く反応し、もうすぐ期限が切れるからという理由だけで、本来もらえたはずの報酬の25%に相当する金額を喜んで放棄したのです。
研究チームは、この現象を「単純緊急性効果」と呼んでいます。時間制限があるだけで「このタスクは重要に違いない」と判断してしまう心理のことで、「もっと大事なことがある」と頭ではわかっていても、私たちの意識はつい緊急のタスクに向かってしまうものなのです。
これはどの国にも見られる心理で、多くの人が健康や家族といった人生の一大事を犠牲にし、たんに〝時間が短いだけ〟の作業にリソースを費やす原因になっています。つまり、アイゼンハワー・マトリクスが機能するためには、この心理を乗り越えねばならないわけです。
ただし、このデータをよく見ると、おもしろいことに気づきます。というのも、参加者の中には、単純緊急性効果にまどわされずに重要なタスクを選んだ人もいたからです。それは、どのような人だと思われるでしょうか?
答えは、〝人生で大事なことが明確〟だった人です。この実験でいえば、「25ドルで子供にプレゼントを買える」や「25ドルで参考書を買える」といったように、報酬を自分の人生と結びつけることができた人は、単純緊急性効果の罠にはまらず、理性的な判断ができる傾向がありました。
要するに、アイゼンハワー・マトリクスとは、時間ではなく価値観を管理するためのテクニックだと言えます。「緊急と重要」のフレームワークによって時間配分がうまくなるのではなく、人生の価値観をあらためて確認したことでモチベーションが上がり、そのおかげで生産性が高まるのです。
時間術は生産性の解決策にならない
似たような例はいくつも存在し、具体的には次のような報告がなされています。
◉生産性研究の第一人者であるアダム・グラントは、自身が行った研究例を引き合いに出しつつ、世の時間術の大半は、時間の管理ではなく注意力をマネジメントしているケースが多いとコメント(10)。そのうえで「時間術は生産性の解決策にならない」と断言しています。
◉社会心理学者のロイ・バウマイスターらが行った実験では、ToDoリストが効果を持つ理由とは、時間を有効に使えるからというよりは、「未完了のタスク」を書き出すことで頭の中が整理され、「何かやり残したことがあるのでは……」や「あの作業を先にしておくべきではないか……」といった無意識の不安感を減らしてくれるからだと結論づけています(11)。
◉テキサスクリスチャン大学のアビー・J・シップは、個人の時間観がパフォーマンスに与える影響を調べたうえで、タイムマネジメントを重視することで、いっそう時間が不足しているという認識が生まれ、私たちの人生にとって本当に重要な活動をしなくなってしまう問題を指摘しています(12)。
◉テルアビブ大学のチームの調査では、「締め切り」によって生産性がアップする人がいるのは、「努力の機会費用を減らすことができる」からだと報告づけました(13)。締め切りのせいで作業のスピードが上がるのは、期日を決めたおかげで所要時間を逆算できるからではなく、デッドラインの存在が「私には他のことをする時間がない」との認識を強化し、そのせいで「目の前のタスクをひたすらこなすのがもっとも効用が大きい」と判断するようになるのが原因だ、というわけです。
これらのような結論が出るのは、考えてみれば当然でしょう。1日の長さはみな同じ24時間しかないため、いかにうまくタスクをスケジューリングしようが、いかに必要な時間を正しく見積もろうが、そこにはおのずと限界があります。「タイムマネジメント」という発想そのものが間違いだとは言わないまでも、根本に無理があるのは間違いありません。
たとえば、必要がない会議を減らし、無駄な雑談を切り捨て、タスクの優先度を何度も確かめたうえで、最終的にカレンダーから削除すべきタスクがすべて消えてしまえば、それ以上は打つ手がないはずです。
しかも、ここまで綿密に計画を立てたところで、予定どおりにこなせるとも限らず、その先にはトンネリングや単純緊急性効果などの壁が待ち受けているのだからやりきれません。もともと物理的な時間のコントロールには天井があるのだから、そこからさらに上を目指そうとしたら、時間以外の対象を管理するしかないのは当然です。
時間の使い方など
考えるだけ無意味?
いったん話をまとめましょう。本章でお伝えした、既存の時間術の問題は次のようなものでした。
❶万人に効果があるような時間術は存在しない
❷時間を効率よく使おうとするほど生産性は下がる
❸時間術の大半はそもそも時間の使い方とは関係がない
こうして見ると、もはやタイムマネジメントなど絶望的にも思えてきます。実証研究では時間術の効果の低さが示され、さらに効率の追求もよくないと言われたら、どうしていいのかわかりません。時間の使い方など、もはや考えるだけ無意味なのでしょうか?
(続きは本書で)