ためし読み - ノンフィクション

古舘伊知郎が贈る魂のトークライブ「トーキングブルース」。その全貌に迫る渾身のノンフィクション『トーキングブルースをつくった男』「はじめに」試し読み。

古舘伊知郎と佐藤孝(古舘プロジェクト会長)、表裏一体にして水と油。二人の異才が産んだ奇跡の舞台がある。ステージに立つのは古舘ただ一人。マイク一本で観客に挑む「真剣勝負」。稀代の語り部の本当の顔に迫る傑作!

 

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トーキングブルースをつくった男

「はじめに」

 

 古舘伊知郎ふるたちいちろう という名前を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

 新日本プロレスのリングサイドで臨場感のある実況中継をするアナウンサー。

 タレントや俳優、お笑い芸人を相手に洒脱しやだつなトークを展開する司会者。

 真剣な表情をして世界中で起きた事件を伝えるニュースキャスター。

 3年連続でつとめたNHK紅白歌合戦の総合司会、あるいは、アイルトン・セナが日本中に一大ブームを起こしたF1の実況シーンを思い出す人もいるだろう。

 1980年代、四国のプロレス少年だった私は、古舘の実況によって、タイトル戦でもないのにまるで歴史的な一戦のように感じられたという経験をしている。古舘の名調子がなければ、あれほどの熱狂は生まれなかったのではないかと思う。

 テレビ朝日のアナウンサーとして人気を集め、30歳を前に退社・フリーの道を選んだ古舘は、その後、さまざまなスポーツ中継で実況をつとめながら、テレビのバラエティ番組で巧みな話術と豊富なボキャブラリー、類まれな言葉の空間認識能力を駆使して、共演者のキャラクターを引き出しながら、自らが関わる番組をカラフルなものにしてきた。

 1980年代半ば以降、テレビという影響力の大きなメディアの玉座に座っていたといっても、過言ではないだろう。テレビ朝日のアナウンサーに過ぎなかった古舘はいかにして、そこまで登りつめたのか。

 古舘のすぐそばに、佐藤孝さとうたかしという人物がいたことを知る人は少ない。1984年に設立された古舘プロジェクトの社長(現会長)だ。スポットライトを浴びる古舘の陰に隠れながら、時に背中を押し、時になだめながら進むべき道を示してきた。

 古舘は1954年(昭和29年)12月生まれ、佐藤は1948年(昭和23年)11月生まれ。年齢差は6、育った環境も、経歴も何もかもが正反対の人間だった。

 福島県の炭鉱町に生まれた佐藤は、幼いころに極貧生活を経験している。高校卒業後に三越に入社し、その後さまざまな職業に従事した。

 古舘は、のちに繊維会社の社長になる父のもとで甘やかされ育った。立教高校(現立教新座)から立教大学に進んだが、大学時代には中古ではあるものの、自家用車を与えられたほど、貧しさとは無縁だった。

 佐藤は古舘について言う。

「古舘という男は、差別的なんだよ。テレビ業界のことを何も知らない俺、大学も出てない俺を下に見ていたんじゃないかな。もちろん、言葉に出さないけど、態度とかそういうもんで感じていた」

 古舘は佐藤についてこう語る。

「見た目は怖いけど、男気があって、信頼できる。絶対に人を裏切らないし、ウソは言わない。オレの気が弱いところ、ちっちゃいところを優しさだと勘違いしてくれる人がいるけど、オレの人格は最低だと自分でも思っている。我が強いのに、気が弱くて、難しい。オレは本当に屈折してる。そういうところは、はじめから見抜かれていたと思う。オレの人格とか、性格とかは嫌いだったかもしれない。でも、佐藤孝という人ほどオレの才能を信じる人間はいない」

 テレビ局をやめ、フリーになってテレビ界を自由自在に泳ぎ回る古舘に、耳の痛いことを言う人は多くない。だからこそ、佐藤は怖い存在だった。

 舌鋒ぜつぽう鋭く、口調も厳しい。筋をたがえた関係者が、面罵 めんばされることも珍しくなかった。佐藤の言葉には急所をえぐる殺傷力があった。もちろん、古舘がのたうち回ることも多かった。

 しかし、古舘プロジェクト創設から30年以上を経ても、看板タレントと経営者という関係は変わっていない。

「あの人にずいぶん傷つけられた。キツい口調で厳しいことを言われてきたから。その分、オレも傷つけてきたと思う」と古舘が語る日々だったにもかかわらず。

 それはなぜか──古舘と佐藤の間には、ふたりにしかわからない信頼があったから。そして、佐藤が発案し、古舘とともにつくりあげてきたトークライブ『トーキングブルース』があったから。

 古舘と佐藤の半生をたどりながら、ふたりの真ん中にある『トーキングブルース』に迫っていく。

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著者

元永知宏

1968年愛媛県生まれ。立教大学野球部4年時に23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスに。近著に『補欠のミカタ』、『それぞれの甲子園』『野球と暴力』他多数。

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