単行本 - 政治・経済・社会

【刊行記念公開】気鋭が贈る革命的思考法! ハナムラチカヒロ『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』はじめに

あなたの「まなざし」は「思い込み」に満ちている! 
山極壽一氏推薦。過剰な情報社会に気鋭のランドスケープアーティスト(風景異化論)が贈る「まなざし」の革命法とは?

――『まなざしの革命 世界の見方は変えられる』はじめに公開。

 

はじめに

多くの市民は善良であり、心根が悪いわけではない。そして多くの有識者や企業の経営者たちは聡明であり、決して頭が悪いわけではない。誰もが日々、どうすればこの社会を良くできるだろうかと考え、努力を重ねている。それなのに、なぜ世界は一向に良くならず、ますますおかしな方向に進むように見えるのだろうか。特に2020年のパンデミック以後、先行きが見えない社会状況に誰もが不安に思い、うまくいかない現状に皆が憤っている。あちこちで聞こえるのはこの社会が間違っており、政治が間違っており、人々が間違っているからだと主張する声だ。間違えている社会に対して、間違えていない自分がいる。そして間違えている相手を正さねばならない。誰もがそう思いたい気持ちはわかるが、それは本当にそうなのだろうかと立ち止まってみたくなる。

私はこれまで「モノの見方」とその「デザインの方法」を研究してきた。通常、デザインと言うと、何かの対象物を設計することを指している。だが、私の研究してきた「風景のデザイン」は、眺められる対象物や環境だけではなく、眺める側にいる「自分の見方」も設計の対象にしている。同じ場所や同じ出来事であっても、私たちの見方が変われば、大きく意味や価値が変わる。だから新しい見方を設計すれば風景は新しくなると考え、「まなざしのデザイン」という概念のもと、これまで実践的な研究を進めてきた。

この考え方は、実際の社会の見方にも応用することができる。私たちは何かの物事を見る際に、単に事実だけを見ているわけではない。私たちにはすでに見解や立場があって、その色眼鏡を通して見ていることが多い。そして、多くの人は自分が色眼鏡をかけていることには気づかず、その色眼鏡の存在が無意識になったまま、眺めている出来事を「現実」だと思い込んでいるのだ。

だが、その色眼鏡を外したり、取り替えると、同じ物事に対して違う現実が現れてくることがある。そのためのさまざまな方法について、私はこれまで研究したり、実際にデザイナーとして設計してきた。そうした取組を整理した前著『まなざしのデザイン』では、自分が世界に向けるまなざしを、誰もが自分自身で自由にデザインできるようになることが、寛容な社会を生み出し、引いては世界を自由にするというメッセージを込めた。

ところが、社会はますますその正反対の方向に向かいつつある。情報化社会が進むほど、私たちは自由になるどころか、私たちは自分の見たいものだけを見ていて、これまで以上に盲点が増えている。自分の先入観や色眼鏡を強めていき、それ以外の視点や価値観があることを認められなくなっている。誰もが不寛容になると社会には大きな分断が生まれる。パンデミックを機に社会が大きく変わっているにもかかわらず、これまで正しいとされてきたこと、今正しいとされていることを見つめていると大きな間違いを犯すのではないか。

私たちが最も見えていないのは自分の見方である。私たちは自分が当たり前だと思うものは問題にしない。それどころかその存在にすら気づかないことがある。そしてその盲点を生み出すのは、自分が間違っていないという思い込みである。だがその盲点の存在に一度気づいてしまった瞬間、まなざしに革命が起こる。今まで見えなかったことが急に違って見え、物事の見方が反転するのである。自分のこれまでの見方を知ったときの衝撃は大きい。急に状況が見え始め、文字通り世界の見方が変わってしまう。そのまなざしの革命は社会を変えるよりも大きな力を持っているのだ。いや、実際に社会すら変えてしまい、本当の革命すら起こる。だから今こそ変えねばならないのは、社会ではなく私たちのまなざしなのではないか。私たちは世界を変えることはできないが、世界の見方は変えられる。

だが一方で、私たちのこれまでの見方が変わってほしくない人々もこの世界にはいる。そんな人々は私たちのまなざしに革命など起こってほしくないのだ。だから私たちがある方向を向くように、あえて極端な見解を助長し、不安や恐怖を煽り、欲望を焚きつけて、誘惑する。そうやって私たちの目にわざと色眼鏡をかけようとする意図がこの世界にはある。それは決して悪意という形では近づいてこない。とても善良なフリをして近づいてくる上、私たちは間違っていないと甘い声で囁くのである。心が優しい人は弱い者に寄り添い、心の良い人は掲げられた大義を信じこむ。頭の良い人は理屈が通るものを間違いないと思い、多くの人は誰かに導いてほしいと願う。誰もが自分を正しいと思い、自分は間違えていないと信じたい心を持っている。そんな心に巧みに入り込み、私たちのまなざしを特定の方向へと導こうという悪意が今、強まっているように思える。私たちが善意で行うことが、望んでいたことと正反対の結果を生むのは、そんな悪意と無関係ではない。だからこそ、私たちの世界の見方が外から変えられるプロセスを私たち自身が知っておく必要がある。

本書では、各章で社会の広い範囲にわたるトピックを取り上げ、それぞれで当たり前になっている私たちの盲点の見取図を描いた。それによって私たちの見方が何かに囚われている可能性について一緒に考えるプロセスを辿りたい。特に、「なぜ私たちが囚われるのか」について確認することを通して、どうすればそこから解放されるのかも一緒に考えられればと思う。

そして同時に、この2020年から続くパンデミックとは一体どういうものであり、そこで何が起こっているのか、そしてそれらをどのように考えればいいのかということも、全体を通して考察している。それは広い範囲にわたる考察のため、頭から順番に読みながら一緒に考えて最後まで辿り着くプロセスを踏まないと理解が難しいかもしれない。しかし、この状況の全体像を理解したい人や、社会の異様さに一度立ち止まって冷静に考えたい人、自分が何かを選択する上で間違えないようにするためのヒントを得たい人には、この本が示す考察が有益なものになると思っている。

この世界の見通しは全く明るいものではないように思えるが、状況はいつでも変わっていく。だからこれからの私たちが選択を間違えなければ、より良きものに変えられる可能性はあるだろう。そのための注意書きを本書では示したつもりである。何を信じて良いのかわからない不安の中、重大な選択を迫られる時代だが、本書が少しでも皆さんの思考や心の助けになることを願ってやまない。

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