文庫 - 随筆・エッセイ

「穂村弘の読書日記」「書評集」文庫化記念!ほむほむのゆるゆるインタビュー

先ごろ、読書をテーマにした穂村弘さんの2冊、『きっとあの人は眠っているんだよ 穂村弘の読書日記』『これから泳ぎにいきませんか 穂村弘の書評集』が河出文庫化されました。それにともない、穂村弘さんにはサイン本作成のために小社までおこしいただき、サインを書いていただきながら刊行記念インタビューを行ないました。途中から単なる雑談状態となってしまいましたが、せっかくですのでそのまま皆様にお届けいたします。

 

マスク着用でサイン中の穂村さん

大切なのは、その本が最高かどうかだから。

――『きっとあの人は眠っているんだよ 穂村弘の読書日記』はサブタイトルにあるとおり、雑誌に連載された読書日記をまとめたものですが、大半を占めるのは「週刊文春」連載のものです。穂村さんは「週刊文春」書評ページの「私の読書日記」欄で、執筆陣のおひとりとして昨年まで7年間も担当されていました(本文庫には前半の4年間を収録。後半の3年間は、『図書館の外は嵐』として文藝春秋より発売中)。

 

穂村:あの連載は、「週刊文春」という媒体のせいか、読書日記という形式のせいもあるのか、「読まれている」という感触がありました。普通の書評って、書いてもあまり手ごたえがないことが多いんです。空中に消えていくようなイメージというか。

 

――普通の書評と読書日記とでは、書くときの感覚も違うものですか?

 

穂村:違いますね。読書日記って、この本をどこで買った、何を食べながら読んだ、これを読んでたらあれを思い出したから本棚から掘り出して再読した、というように、日常の生活や他の本との連続性があるんです。だからあまり構えないで書けるし、読者も読みやすいんじゃないかな。

 

――なにか苦労した点はありましたか?

 

穂村:書評的な仕事全般でいうと、選書にけっこう縛りがあるんですよ。絶版の本は選ばないでくれとか、刊行2か月以内の新刊にしてくれとか。だから、「せめて半年以内の新刊にしてくれれば、あの本が選べたのに」とか、「絶版でもOKだったら、最高の本が取り上げられるのに」とかいう気持ちが生まれやすい。この読書日記にも最低限の条件はあったけど、でも、比較的そこの自由度が高くて助かりました。

 

――「週刊文春」の連載では、穂村さんは他の執筆陣の方々と比べると、昔の本の混入率が高かったように感じます。

 

穂村:古本とか古書店が好きなので、どうしてもそうなりますね。だって、本当に面白い本が読みたい読者にとっては刊行時期なんて関係なくないですか? 大切なのは、その本が最高かどうかだから。絶版本であっても、いまは情報に関してはネットがありますから、よほどレアな本以外は探す手間は新刊とそんなに変わらないとも云えるでしょう。

 

――新刊の前振りから始まって、過去作品に言及していくことも、よくありましたね。

 

穂村:はい。やっぱり最高の本について書きたいんですよ。メチャクチャ好きな作家のメチャクチャ好きな本ばかり、いつも書ければいいのだけれど。江戸川乱歩くらいの作家の本なら、もうほんとのことを書いちゃいますね。「この本も面白いけれど、じつはあの本が最高、さらにあの本は最高に最高!」みたいに。

 現役作家の本に対しては、やっぱり多少は遠慮してしまいますよね。でも意外に自分に嘘はつけないというか、書き手が私の場合に限らず、滲み出てしまう。たぶん、みんなの中に「あの本が最高!」と言いたい気持ちがあるんですよ。そして、最高の本を取り上げるときは、書いているうちに興奮してくるんです。べつに自分が書いた本でもないのに、「どう? ここはとくにすごいだろう!」って。

 

――穂村さんの書評ではよく作品からの抜き書きがありますが、あれは興奮した箇所ですか?

 

穂村:そうそう! ぼくの場合、どこを引用するかが書評のポイントで。できれば「ここが興奮のピーク」というイメージにしたい。別の云い方をすると、散文の中から最高の一行つまり詩を抽出して、読書日記という名前の夢の詩歌アンソロジーを作るみたいな。

昔、ファンの方からもらった、穂村さん愛用の似顔絵消しゴムハンコがサインに添えられています。

 

1970年代までの漫画の空気って、なんか違う

 

――この2冊は、取り上げられる本が雑多なところも魅力ですよね。書評では普通あまり見かけないコンビニ漫画まで出てきます。

 

穂村:コンビニ漫画、すごく読みますから。

 

――最近は何を読まれましたか。

 

穂村:『プロゴルファー猿』(藤子不二雄(A))とか。

 

――おお! この文庫では『おれは鉄兵』(ちばてつや)が取り上げられていますし、『図書館の外では嵐』では、コンビニ漫画ではありませんが、コンビニで新刊の『プレイボール2』(コージィ城倉/ちばあきお原案)を買われていました。

 

穂村:『おれは鉄兵』なんて再々々々々々々読くらいになるのにやっぱり面白い。あれは、なんなんでしょうね。ちば兄弟、恐るべし。どこから読んでもいいし、どこででもやめることができる安心感。それなのに、一度読み出すと面白すぎて、ぜったい途中でやめることができない。

 話はちょっと変わるけど、1970年代までの漫画の空気って、なんか違うんですよね。革命幻想というか、まだ違う社会像に変化していく可能性の気配があるといいますか。まあ、「コンテンツ」になりきっていないっていうことかな。読者側の問題でもあるけど、いまは、或る作品になにか特殊な空気感があっても、それが直に現実の像を動かすのではなくて、定まった枠内でのメタ的な表現に見えてしまう。

 

――メタ?

 

穂村:そう。メタフィクションとかの「メタ」。メタという概念の浸透度といってもいいと思うのですが、それがまだ70年代あたりは全体に浸透しきっていないような。ミステリの世界でいえば、いわゆる新本格の誕生以降、叙述トリックは当たり前の手法になっていますよね。もちろん、それ以前から試みはあったわけですが、70年代頃だとその概念やルールがまだ共同体に浸透しきっていないというか、すごく気配が違う。

 読書日記でも書きましたが、子供のころ、家族でテレビを見ていて、バラエティ番組で時代劇のパロディをやってたんです。でも両親はぜんぜん笑ってなくて、それどころか「これは嘘なのか」「ふざけるな」って怒りだしちゃった。両親の世代にはまだパロディという概念がなかったんでしょうね。彼らにとっては、自分の知っている「たったひとつのおてんとうさまのある世界」が解体されるような感覚だったんじゃないでしょうか。当時はそんな親たちを見て気の毒に思ったけど、逆にメタ的なものが世界に浸透しきってしまうと、もう元の時代には戻れませんよね。そこでは叙述トリックに怒る人はいなくなり、禁忌を破る倒錯感は薄れ、コンテンツという枠の外に出ることは困難になる。

 

――ちばあきおさんの『キャプテン』『プレイボール』とコージィ城倉さんの『プレイボール2』を比べたら、『プレイボール2』にはたしかにそうしたメタ的な空気感が感じられるような気もしますね。

 

穂村:40年という時間の経過や作品の成り立ちからも、そうなりますね。でも『プレイボール2』では、なるべくそれを抑えようっていうスタンスも感じられて面白いと思いませんか?

 『キャプテン』や『プレイボール』って、もともと不思議な漫画でしたよね。当時の他の野球漫画って、次々に強いライバルが立ち向かい、すごい魔球が現われてインフレしていくっていうのがセオリーでしたから。

 でも、『キャプテン』や『プレイボール』には、現実を超える快感よりも、現実に何かをやろうとしたときに感じる無力感のようなものがすごく表現されているっていうか。それに惹きつけられるっていう、あれを何と呼べばいいのか。あした試合があるとき、体を休めるべきか、練習すべきか迷う、みたいな。体を休めたほうが元気は出るけど、目の前の相手への対策として練習をしたほうがいいのかも、と迷ってしまって、試合終了後も、どっちが正解だったのかわからない、みたいな感じ。現実ってそんな体感の連続だと思うんですよね。『プレイボール2』は絵柄はもちろん、ちばワールドにおけるそのようなストラグル感を再現しようとしているところが面白い。

 

――連載が始まったときはわたしも、まさか作者の没後30年以上を経て、このような形であの名作『プレイボール』の続編が読めるなんて! とその奇跡に打ち震えました。毎号楽しみに読んでいますが、個人的にはイガラシがちょっと軟弱な感じになっているのがちょっと残念なんですよ。

 

穂村:たしかに。でもイガラシをあのまま中学生時代の成長版として描いちゃうと、ちょっと強すぎるから。原作の世界像の中でも、例外的にスーパーマンじゃないですか、イガラシって。

 『プレイボール2』、すごいと思いますよ。もちろん、原作と違うところはあるんですが、そこも味と思える。というのは、まずは再現性の高さを目指していて、それでもズレるのは当たり前だし、だから面白いのでは。40年も経っていたら仮に原作者本人が続きを描いたって、もっと絵柄とか感覚も変わっているものでは。最初に本を見た時、目を疑って、原作のファンはみんな大喜びだろうと思って、ネットで検索してみたら、思いのほか細かい駄目出しをしている意見もあってびっくりしました。作品への愛とはいえ、みんなどんだけ期待値が高いんだよ! ぼくはあの名作の続編が、しかも、ちゃんとあの続きから読めて、とてもうれしかった。

 

――そういえば、『プレイボール2』の連載も最終回を迎えましたね。

 

穂村:え、そうなの!?

 

――でも吉報もあるんです。ついに近藤が墨谷高校に入学して、ファンが夢見た谷口・丸井・イガラシ・近藤の歴代4キャプテンのそろい踏み、『キャプテン2』が始まったんですよ!

 

穂村:ええ、ほんとに!? 楽しみだなあ。……このインタビュー、なんの話をしてたんでしたっけ?

たまにはこんなバージョンも。
瞳入りもあります。

(このあと、穂村さんは地元の書店で最新刊の『キャプテン2』第1巻を購入されました)

 

※藤子不二雄(A)の「A」は“〇で囲うA”が正式表記

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穂村弘

1962年、札幌市生まれ。歌人。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。歌集に『水中翼船炎上中』他。エッセイ集に『世界音痴』『現実入門』他。絵本翻訳も多数。

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