文庫 - 日本文学
”この小説が示す「地方から社会を変えていく」希望には、そこに賭けてみたい妙なリアリティがある”――津田大介さんによる特別エッセイを公開!
津田大介
2022.02.18
さびれた地方都市を舞台に、街の再生を模索する破天荒な坊主と天才高校生たちの活躍を描く青春長編、『絶望キャラメル』(島田雅彦・著)。
このたび、文庫版が発売されました。刊行を記念して、津田大介さんによる書き下ろし特別エッセイを公開します。オンラインメディア「ポリタスTV」の取材で日本中を駆け回る津田さんが、本書を読んで気づいた地方創生のカギとなる「3要素」とは――?
”日本社会や政治の虚構化が進むいまだからこそ、この小説が示す「地方から社会を変えていく」希望には、そこに賭けてみたい妙なリアリティがある”(エッセイより)。
文庫『絶望キャラメル』に寄せて
津田大介
東京都出身で48年にわたって23区内に住み続けてきた自分にとって「地方」や「地域コミュニティ」は縁遠い存在だった。
たまの出張以外地方に行くことがなかった自分が変わったのは、2011年の東日本大震災がきっかけだ。被災地の取材を続けているうちに、絶望的な状況のなか覚醒した地域のリーダーが練っている構想の深さや、それを支えるコミュニティが至るところに生まれていることに感銘を受けた。その感銘はやがて地方や地域コミュニティが持つ可能性に対する関心に変わり、気がついたら日本中のユニークな地域コミュニティを取材するようになっていた。
様々な地域を取材することで気づいたのは、成功する地域コミュニティには①中心に地元の若者がいる、②外部の知識を積極的に取り入れ、外部とのつながりを積極的につくっていく、③町の実力者が若者のよき理解者となり権限を与える、という3条件が共通して見られるということだ。『絶望キャラメル』に引きつけて考えてみると、①は原石発掘プロジェクトの4人、②は放念、③は“仙人”小澤になるだろう。本書で印象的なのが、状況説明や解説のディテールの精巧さだが、自然に上記3条件が満たされているあたり、著者が相当綿密に取材していることが窺える。その意味では、田舎町の閉塞感や地方創生の課題を青春群像劇の形式で学べる一粒で二度おいしい小説とも言えよう。
地域を取材していて痛感するのは、いくら立派なハコ物や特産物ができても、まちづくりに関わる「人」が魅力的でなければ、長続きはしないということだ。本書は地方創生を「地元の才能ある若者をいかにスポイルさせないか」という視点で描いており、コミュニティ再生の本質を鮮やかに突いている。若者は常に大人の「希望」として都合よく消費されがちな存在だが、単に消費するのではなく、我々自身が「放念」になれるかどうかが問われているのだ。
日本社会や政治の虚構化が進むいまだからこそ、この小説が示す「地方から社会を変えていく」希望には、そこに賭けてみたい妙なリアリティがある。
津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)