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「なんでこの傑作がうちの本じゃないの?!」と絶叫。本読み河出スタッフが選んだ今年のベスト本 2025年版

「なんでこの傑作がうちの本じゃないの?!」と絶叫。本読み河出スタッフが選んだ今年のベスト本 2025年版

 2025年も河出書房新社の本をお手にとっていただき、まことにありがとうございました。

 小社は文芸、人文書、実用書など、あらゆるジャンルの本をお届けする出版社です。
……が、その正体は、本が好きすぎて、作って届ける側になってしまった「本の虫」たちの巣窟でもあります。
 普段から「本!おもしろいよ!!」と叫んでいるわれわれですが、ひとたび読者に戻れば、出版社という垣根なんて関係ありません。

 おもしろい本があれば、自社本であろうがなかろうがひとにすすめまくり、あるいは「なんでこの傑作が、うちから出てないの?」とひっそり枕を濡らす──。それが、本の目利きでもある河出スタッフたちの生態なんです。
 そんな本に対する異常(いや、正常?)な愛情をもったプロたちが選ぶ年末恒例企画、「本読み河出スタッフが選んだ今年の本」2025年版をお届けします。

 それでは、愛と涙と羨望のブックガイドをどうぞ!

 

***

 

滝口悠生『たのしい保育園』(河出書房新社)

 個人的な今年のハイライトとして、退勤後に保護者アプリ「コドモン」で保育園の様子を知るのが癒しのひとときだった。
 そんな風にあたたかな、“ももちゃん”の連絡帳を覗き見ているような可笑しみを受け取った上で、小説家の眼差しで記録される世界の解像度の高さ、その慈しみ深きに満たされる。贈り物にも。

藤原辰史『生類の思想 体液をめぐって』(かたばみ書房)

 “人びとを「生き生きとさせないもの」とはなにか——。”
 思考するって、こういうこと!普段いかに考えていないものか、なんて比べるまでもなく。
 脳が痺れ、身体が震えた。現代社会において世界の現実を捉え直す指針とされたい。


佐藤正午『熟柿』(KADOKAWA)

 吾輩は佐藤正午だいすき人間である。
 これまた堪らない読書体験をしてしまった。
 “熟柿(じゅくし)”か。装丁もタイトルも最高に地味でシンプルなのだが、それ含めて傑作の佇まい。

天ぷら蕎麦たべよ

 

 今年再読了したが、初読了時と同じくらい新鮮な衝撃を受けられる本。
20世紀のアメリカ文学界を描く、破滅的なまでの圧倒的リアリティ。
 冒頭だけ読んで、閉じちゃった人は人生損したと思ってほしい。

 私好みの女の子がかわいくほんわか満腹になる癒し系コミックだと思っていた。めっちゃ詐欺だった。
 とりあえず、主人公がなんらかの生活習慣病で倒れなければいいのだが。

 和綴じで糸が真っ赤というたまらん装丁で一目ぼれ。
 タイトルからキワものを連想されがちだが、実際は正反対。
 緊縛師とは、職人。文字通り命を握る技と知り、縛られる女性たちがより美しく神々しささえ感じられた。

 
営業部 アリ
 

椎名うみ「青野くんに触りたいから死にたい」(講談社)
**コミックス派の方、以下感想にご注意ください**

 堂々たる完結でした!! Xで大バズした短編から、こんなクライマックスまで連れてきてもらえるなんて、だれが予想したんでしょうか!?
 なぜ優里ちゃんは最初からあんなに一途だったのか、青野くんはなんでこんなにも優しいやつだったのか…… 
 クライマックスシーンでおとずれる絶望の答えあわせ、でもそれを、2人は超えようとしてきたじゃないか…… ああああ~~~~~涙涙涙涙 信田さよ子『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(ちくま新書)

 すべてのページに付箋を貼りたい!と思いながら読みました。
 ケアによる支配は、女性にとって最も適応的な支配。共依存を、依存ではなく権力と支配の文脈でとらえる。
 「自己肯定感」という言葉の欺瞞。子どもと向き合ううえで、常に忘れたくない1冊です。 尾久守侑『倫理的なサイコパス ――ある精神科医の思索』(晶文社)

 「倫理的なサイコパス!? なんかかっこいー!!」とタイトルに惹かれて買いました。
 もちろんそんな中2的な内容ではなかったですが、面白かったです。

 精神科医が本を出す/SNSをする、といったことにものすごく自覚的に(ぐるぐる考えながら)書かれていて、それを乗り越えてのこのユーモアな語り口だというのがまた面白かったです。

広報部Y

 

 かつて「ドラえもん」で「日本には恐竜はいなかった」と描かれた時代から数十年。
 科学の進歩とともに発掘・発見が進み、今や恐竜王国となった日本において、恐竜研究を牽引する研究者による「本邦初!純国産恐竜専門書」(オビ文より)。歴史に残る一冊。
 なお、『学研の図鑑LIVEエクストリーム ティラノサウルス』も気分があがります。

 20年くらいのサイクルで、ユダヤ人本のヒット作が出る不思議。
 ユダヤ人史は、長い歴史を部分的に語られることが多く、それぞれの情報量が多いため、時に混乱してしまう。
 本書はそれを一度クリアにして、より情報を得る土台を作ってくれる、知識のブースターのような一冊。

 ホロヴィッツ作品は、イギリスの出版業界がたびたび出てくるので、翻訳出版の仕事をしている身としては、エージェントやら出版社やら、リアルに想像できて倍楽しい。
 このシリーズも、「ホーソーン&ホロヴィッツ」シリーズもずっと続けてほしいです。

 
SW

 

木野寿彦『降りる人』KADOKAWA

 木野さんのデビューは今年一番のニュースでした。錚々たる作家たちの推薦も納得の名作小説。
 本当に素晴らしかった。とんでもない才能。これからの活躍が楽しみです!

ジュリアーノ・ダ・エンポリ著/林昌宏訳『ポピュリズムの仕掛人 SNSで選挙はどのように操られているか』(白水社)

 近年の選挙や政治をめぐる混乱を見ていて、なんで皆こんな簡単に騙されるんだろう?が知りたくて読んだ本。
 日本で起きていることは、すでに何年も前に欧米で起きていたし、日本で扇動している人たちも恐らくこの本で紹介されている事例を参考にしているはず。
 もはや誰が陰謀論にハマってもおかしくない時代なので、自衛のためにも読むことをおすすめします。

A.R.ホックシールド著/布施由紀子訳『壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』(岩波書店)

 社会学者が右派の人々にインタビューした本。
 原書は2016年、日本語版は2018年刊行なのですが、なぜトランプが当選したのかを知りたくて何冊も読んだ中で、この本が一番参考になった。
 今最も必要とされているのは、思想的立場が異なる相手を愚か者と決めつけず、耳を傾けあうこと。
 この著者のような取り組みの重要性はますます高まるはず。

編集部 T

 

綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』(河出文庫)

 我が道を突き進む“かわいい”女性たちに、痺れました。「ぴえん」は無敵です。

若木未生『グラスハート3 ムーン・シャイン』(幻冬舎)

 ドラマ化を前に原作本を、と軽い気持ちで購入しましたが、迫り来る言葉の波に呑まれ、『グラスハート』を読みながら乗る通勤電車は、毎日あっという間でした。
 「ムーン・シャイン」の章は、いつ、何度読んでも自然と涙が流れています。

高研『隙間1』(KADOKAWA)

 台湾と沖縄を舞台に、国家や人間関係などあらゆる「隙間」でもがく主人公。
 静かな空気の中に、時折ハッとさせられる心情・人物描写があり、台湾についてもっと知りたい、この声をもっと聞きたい、そう思わされました。

TA

 

白井智之『お前の彼女は二階で茹で死に』(実業之日本社文庫)

 初版の刊行は数年前ですが、今年4月にAudibleで配信されました。特殊設定モノのミステリーで、強烈なサブカル臭が魅力的。
 「そんな状況、あっていいはずがないだろ」が延々と続きます。またAudible版だと、淡々とした声音で、狂った状況をずっと聞かされ続けるのですが、それがまあジワります。
 ミステリーとしてもとにかく面白く、圧巻。パズルのピースが一つずつハマってゆくたび、脳内から快楽物質が溢れ出します。

小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ4』(早川書房)

 SFのシリーズ作品です。今年に完結しました。とにかく設定というか、想像力が凄まじいんです。
 「この惑星はこんな感じで、こんな特別な生物が存在しています。
 惑星の人々は、こんな感じで部族ごとに別れていて〜」←脳内でイメージがしやすく、何よりもう、信じられないくらいずっとワクワクさせられます。

坂本湾『BOXBOXBOXBOX』(河出書房新社)

 めちゃくちゃ面白かったです。最初から最後までずっと好きなのですが、個人的には特にエピローグが堪りませんでした。
 温度がしっかり保たれている感じというか、現実離れしているのに地に足が着いている感じというか。痺れました。

スタッフK

 

レイラ・ララミ著/木原善彦訳『ムーア人による報告』(白水社)

 1528年、スペイン(カスティーリャ)探検隊と同行したモロッコ出身の黒人奴隷が一体アメリカ大陸で何を見たのか?
 たった一人いる黒人奴隷の彼はどのようにインディオたちと立ち向かうのか? 異族間の理解はありうるのか?
 生存者4名。黒人1名。実在した報告書から織りなす壮大なドキュメントリー・ノベル。

木原音瀬『箱の中』(講談社文庫)

 こんなにも重くてまっしぐらな関係に、こんなにも自由でよそ見のない愛に、思わず息が止まってしまった…。
 そしてどなたか、どうか、続編の復刊を!(あ、ぼくが企画書を書くか…?)


閻連科『聊斎本紀』(河出書房新社)

 中国で公職についた友人に薦めたところ、知らなかったとのこと。そして海賊版でもいいから読んでみたいという。
 台湾でしか発売できなかった本書は中国人の記憶の底深くに眠るすべての怪異をひと繋ぎにし、古き清王朝の権力の頂点に立つ「康熙帝」を主人公とする、禁断でファンタジックで魅惑的な書である。

未来の来

 

木村衣有子『生活は物語である――雑誌『クウネル』を振り返る』(BOOKNERD)

 リニューアル前までの『クウネル』を、木村さんがときに私的な思い出と共に振り返るエッセイ集。
 「ストーリーのあるモノと暮らし」、生活系雑誌、月兎ポット…様々なトピックから『クウネル』と読者が過ごした時代と文化が浮かび上がる快著。

ますむらひろし『銀河鉄道の夜 四次稿編』(風呂猫)

 ますむらさん三度目となる『銀河鉄道の夜』の漫画化。B5判上製、全4巻、カラーも多数収録。賢治ワールドへの深い読み込みと圧巻の表現。
 ますむらさん、いつも新しい世界を見せてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。

真治彩・能邨陽子編『ノアの50年 編集工房ノア50周年記念冊子』(ぽかん編集室・霜月文庫)

 天野忠、富士正晴、山田稔などの本でおなじみ、編集工房ノアの創業50年記念本。
 ノアゆかりの方、ノアファンの方たちのエッセイ、アンケートをたっぷり収録。宝物のような時間の蓄積をちびちびと味わっています。

I

 

室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社新書)

 東京の荻窪に住んでいるが、インド・ネパール系と思しき子どもたちがよく制服姿で往来しているのを見て不思議に思っていたところ、この本を読んで謎が解けた。
 それは世界初の国外ネパール人学校に通う子どもたちで、それが荻窪にあるのは中央線におけるインド料理店の草分け「クマリ」の店主が設立に尽力したかららしい。
 カレー好きの荻窪住民としてこんなに嬉しい偶然があるだろうか。今年一番嬉しかった出来事。

営業部O

 

清原悠編著/模索舎アーカイブズ委員会監修『自由への終わりなき模索 新宿、ミニコミ・自主出版物取扱書店「模索舎」の半世紀』(ころから)

 1970年に創業された東京・新宿の独立系書店「模索舎」。その55年の足跡。
 お店に関わった人々のオーラル・ヒストリーはとんでもなく面白い話ばかりでこの書店が55年続いていることに救いをおぼえる。

ALT236著/佐野ゆか訳『リミナル・スペース 新しい恐怖の美学』(フィルムアート社)

 『8番出口』がなぜ怖いのか? 無人の病院や校舎はなぜ不気味なのか? 現代生活をとりまくそこはかとない恐怖の源泉がこれ一冊でわかる。

徐台教『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社)

 2025年を生きる私たちの生活に80年前の戦争がどのくらい影響を与えているのか。
 現代個人の人生の背景に、社会が構造的に抱える問題や歴史の傷があることを示した一冊。

S・T

 

吉川めい『本心に気づき、自分を生きる 書く瞑想ノート』(河出書房新社)

 一年を振り返る時、そばにあったら心強いと思えるのがこの本(一択!)。ジャーナリングが国内外で流行っていますが、心の中を書き出す作業は、結構えぐられることもあるはず…。
 著者自身の体験や実際に「書く瞑想」をやってみた方の話もあり、解説が充実しているので、そっと寄り添ってくれるような安心感の中で、少しずつ理解しながら書き進められると好評。
 (書くのが面倒な場合、解説を読むだけでも十分得られるものがあります)自分と出合い直すための知識と体験、一生ものです。

編集部I

 

中村隆之『ブラック・カルチャー──大西洋を旅する声と音』(岩波新書)

 400年続いた抑圧の歴史を、「変えられた」のではなく、自ら「変わり続けてきた」過去として捉え直す。
 社会の大きな変化を前にした我々に「変わる」ことの静かな可能性をひらいてくれるブラック・カルチャー入門書。

滝口悠生『たのしい保育園』(河出書房新社)

 「ももちゃん」の言葉や思考が、「ももちゃんのお父さん」の頭や身体の中にいつの間にか入り込み、その波は読む側にも届いて、見慣れた風景がきらきらとかがやきはじめる。
 子育てとは、互いの言葉と身体をひそかに組み替えていく営みなのかもしれない、と独身男性は想像してみる。

栗田シメイ『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)

 東京砂漠にも、まっとうな善意がまだ残っていた!
 あらゆる関係性が商品化され、人を疑うことばかり上手になっていく現代人にぶっ刺さる、奇跡のような瞬間。
 マンション住民の闘争ルポで泣く日がくるとは…。

営業部I

 

春日武彦『自滅帳』(晶文社)

 自滅ってことばの響き、格好良すぎじゃないですか? そしてこの、装幀。即買いでした。
 春日さんの冷えたユーモアと鋭い読みがたのしい。読後は引用タイトルを貪り読む日々。

押見修造『瞬きの音 1』(小学館)

 漫画だからこそ、物質としての本だからこそ表される、押見修造の「世界」。引き摺り込まれます。
 鉛筆画、かつコマの枠線もすべて手書きなため、圧倒的な存在感があるのに、現実の手触りが薄い。この物語が向かう先はどこなのか。

中村文則『彼の左手は蛇』河出書房新社

 社内外で中村文則さん推しを公言しておりますが、ずっと好きで、読んでいて、本当に良かったと思えた1冊。
 物語の「線」が、「蛇」が、脳に入ってくる感覚を覚えます。くらいよろこび、です。

宇野常寛『ラーメンと瞑想』(発行/ホーム社 発売/集英社)

 「どういうこと?」とタイトルに惹かれて購入。読後、それ以外は言いようがないよな〜と納得。
 読んで観て喋って走って考えて食べる、東京で生きるってこういうことだと思う。
 文学で表される哀しみと苦しみに浸りたい方は、ぜひ。あとめっちゃお腹がすきます。

編集部R.T.

 


チャーリー・カウフマン著/木原善彦訳『アントカインド』(河出書房新社)

 『マルコヴィッチの穴』『エターナル・サンシャイン』のアカデミー賞映画作家の初小説。
 規格外の内容に相応しい圧巻の豪華装丁にも注目。
 同訳者の『ジェイムズ』とは全く異なる人種主義への皮肉も読みどころの一つ。

近藤瑞木編/京極夏彦序文『筑前化物絵巻』(河出書房新社)

 『開運!なんでも鑑定団』で紹介され大きな話題を呼んだ新発見の妖怪絵巻の書籍化本。
 「チョコサイ」「酒盗鳥」など、コミカルでカワイイ新種妖怪を40体以上掲載。
 眺めているだけでも楽しい、妖怪ファン必携の一冊。

アグスティナ・バステリカ/宮﨑真紀訳『肉は美し』(河出書房新社)

 全世界100万部超、人肉食が合法化した社会を描くディストピアホラーSF。
 仔細な人間の解体・調理描写、言葉が人間/非人間を規定する恐怖、ラスト一頁の衝撃のどんでん返し。
 グロ耐性がある人にだけ強烈におすすめ。

編集部K・I

 

浅井咲子『不安・イライラがスッと消え去る「安心のタネ」の育て方』(大和出版)

 「ここは大丈夫」という感覚を、自分で作れるようになる具体的なワークがたくさん。
 私の中にも安心のタネはあったのね、と気づけたら、ぱんぱんに張り詰めた心の空気がしゅうっと抜けます。


ポール・モーシャー作/代田亜香子訳『七月の波をつかまえて』ポール・モーシャー作 代田亜香子訳(岩波書店)

 今年の夏は暑くて暑くて室内にこもりきりだったので、せめて本だけでも夏らしいものをと購入した1冊です。
 「ひと夏」「二人の少女」「海」という最高の要素が詰まった、直視できないほど眩しい物語。

広報S

 

児島康宏編訳『20世紀ジョージア(グルジア)短篇集』(未知谷)

 最近の本ではありません。20世紀に活躍したグルジアの作家6人による12編。
 ロシア、中国、欧米と歴史的に複雑な関係がある中央アジア・コーカサス地域を舞台に様々な民族、宗教、風習が絡み合い、農村をベースとしたコミュニティで起こる非喜劇が詩的な文体で綴られており短編ながら読み応えがある。


柴崎友香『帰れない探偵』(講談社)

 読んでいる時の幸福度が高く別の世界を俯瞰しながら一緒に漂っているような浮遊感があり、個人的には「いつまでも読み終わりたくない小説」というジャンルに入ります。

角幡唯介『地図なき山 日高山脈49日漂泊行』(新潮社)

 地図に頼らず困難な山に挑む、という、そんな「冒険」のやり方もあるのか、と感心しつつ、想定通りハードな状況に追い込まれながらも「楽しい遠足」に見えるのは著者のキャラによるのかもしれません。思考のプロセスが自然で没入できます。

(O)

 

ウラジーミル・ソローキン著/松下隆志訳『ドクトル・ガーリン』(河出書房新社)

 小説は自由だ。それにしても、こんな遊び心ってありなんだ⁉︎と面食らうのは、自由が窮屈になったり奪われていくご時世だからか。
 いや、それにしても遊びすぎだろう!と快くヒヤヒヤする。泣けるとか刺さるとかエモいとかのない旅路の果てもしみじみよかった。
 前作『吹雪』から読むのが、しみじみとおすすめ。

津田一郎『脳から心が生まれる秘密 』(幻冬舎新書)

 『心は数学である』の著者による、カオスから脳と心をとらえるアプローチ。
 「脳と心の関係は物理と数学の関係(心も数学も抽象)」「カオスにノイズを加えるとオーダーを持つ」などのフレーズにしびれます。
 数式やグラフはよくわからないのでちらっとみつつ、未来に光がさしたような明るい気持ちになって背筋がピンと伸びました。

長﨑健吾『柳田國男 計画する先祖たちの神話』(講談社)

 こちらは書店で見たのがきっかけ、無性に気になって即購入。
 まるで本から「読んで、読んで!」と超音波で語りかけられたかのよう、目を反らせなかった。本屋さんで思いがけず出会えることの幸せ。
 柳田を筋の通った、血が通ったような、新鮮な読み方で紐解いていて、奥ゆかしいやさしさを感じました。
 「読む」って色々できそうで、読み手にゆだねられているのも本の面白さかもしれません。

営業部N

 

金城一紀『友が、消えた』(KADOKAWA)

 おお、13年ぶりの最新刊! しかもゾンビーズ。
 『GO』に胸を震わせた日から、私も四半世紀の時を重ねてしまったとは。
 いらぬ感傷はさておき、社会の不条理に立ち向かう痛快さ、葛藤、疾走感に胸熱必至。13年分の面白さが一気に炸裂する傑作。
 待ってて良かった。

山田詠美『三頭の蝶の道』(河出書房新社)

 おお、34年ぶりに河出書房新社から山田詠美さんの新刊! 
 『ベッドタイムアイズ』『風葬の教室』などの著作を長年大切に販売し続けてきたので月日の長さに感慨もひとしお。
 作家の、人間らしい一面と、文学に賭ける情熱、誇りが濃縮された、文学好き必読の書。
 待ってて良かった。

森絵都『デモクラシーのいろは』(KADOKAWA)

 おお、著者6年ぶりの長編小説!(←短編は書いていました!と本人談)
 時間をかけて大切に書き上げる姿を見ていたからこそ推したい。
 民主主義が揺らぐ昨今、物語の軽やかな爽快感を通して伝わる「自ら考える力」「対話することの大切さ」が胸に響く感動作。
 待ってて良かった。
 今年の、この三冊に、小説の持つ力をあらためて思い知る。

 

瀬戸夏子『をとめよ素晴らしき人生を得よ 女人短歌のレジスタンス』(柏書房)

 戦後発足した結社「女人短歌会」を軸に、男性中心の歌壇に挑む女たちの物語。人生が手詰まりななか、誰かのために言葉で抗う。
 表現とはどのような行為か、他人と連帯せずとも複数の自分をつくればいい、そんなことも考えさせてくれる。

キム・チョヨプ+キム・ウォニョン著/牧野美加訳『サイボーグになる:テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』(岩波書店)

 SF作家と俳優・弁護士・作家の二人が身体とテクノロジー、「不完全さ」について語らう。
 AIも人間も、どちらも足りない存在と受け入れ、そのうえで手をとる。
相対して置かれがちな関係を仕切り直す、まぶしい発見に満ちた一冊。

宮本百合子『播州平野』河出書房

 敗戦直後の混乱期、思想犯として獄中にいる夫の帰還を待ち東奔西走する妻の視点から、心の再生を描いた作品。
 人々の心の動きと景色の動き、両方をきわめて精緻に言葉に置き換える筆力に圧倒される。
 パースの狂わない文章は眼福。

冬毛のマヌルネコ

 

飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』(平凡社新書)

 なぜ “日本では” 書店が次々と消えていくのかを、日本の出版業界の特異性や歴史から探る一冊。
 なぜ世界では出版業は衰退していないのに、日本では斜陽産業などと言われるのか。本が売れなくなったのは、スマホのせいでもなく、読者のせいでもなく、もちろん「本」そのもののせいでもない。
 もはや機能していないシステムをいつまで経っても変えられない、 “日本の” 出版業界の(つまり自分たちの)せいであることがわかる。

横山勲『過疎ビジネス』(集英社)

 本書を読めば、日本衰退の一端を知ることができる。
 「企業版ふるさと納税」を使って役所を食い物にするコンサル。なぜか嬉々として食い物にされる役人。
 「企業版ふるさと納税」というのも、そもそもそのネーミングからしてナンセンスではないか。

奥村優子『赤ちゃんは世界をどう学んでいくのか』(光文社)

 赤ちゃんは思っていたよりも頭がいいことがわかった。
 別の本になるが、『身体はトラウマを記録する』を最近読んでいることもあり、子ども扱いせず、否定的な言葉を使わず、なるべく安心させてあげようと思った。

 

山田詠美『三頭の蝶の道』(河出書房新社)

 かつて「女流」と呼ばれた作家たちの、命を削る創作と生きざま。
女性差別をものともせず、その才覚で特別な作家となった方々の、交差する物語。
 山田詠美さんの著書刊行に関わることができて、光栄でした。

王谷晶『ババヤガの夜』(河出書房新社)

 一度目は、普通に読んで。
 二度目は、「まじで?」とびっくりしながら読み直して。
 三度目は、主人公・依子の「なめんなよ!」魂の声を一緒に叫びながら読んで。
 何度読んでも死ぬほど面白い、奇跡の作品!

岡﨑成美『戦下の歌舞伎巡業記』(河出書房新社)

 歌舞伎のみならず、すべての演劇ファン、舞台を愛する方にお薦めのノンフィクション。
 著者の自宅から発見された「旅行日誌」を紐解き、戦下に興行を止めず、躍動する演劇人たちの姿が鮮明に描かれた、落涙必至の物語。

早見和真『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』(新潮社)

 刊行告知を見て「なぜ、早見さんが?」という疑問、テーマへの関心から、発売日に書店へ走りました。
 人と対峙し、思考し、「傷み」に向きあう作家の言葉。
 人を殺すことも、救うこともできる言葉の力を突きつけられる。

編集本部N

 

安野光雅『天動説の絵本 てんがうごいていたころのはなし』(福音館書店)

 小学生のときに出会ってから、ずっと好きな科学絵本。
 天動説から地動説へのパラダイムシフトが美しい絵で表現されている。
 ずっと手元に置いて、何度も読み返したい一冊。

山田恭平『南極で心臓の音は聞こえるか 生還の保証なし、南極観測隊』(光文社新書)

 1年以上におよぶ南極地域観測隊(越冬隊)での日常を描いた、大気研究者による南極滞在記。
 ユーモアあふれる、引き込まれる文章。
 山田さんの次回作が発売されたら絶対に買う。

佐藤成祥『密かにヒメイカ 最小イカが教える恋と墨の秘密』京都大学学術出版会

 小さくて謎が多いヒメイカというイカを研究している動物学者による研究記。
 ヒメイカの生態がおもしろいのはもちろんだが、著者である佐藤さんも負けず劣らずおもしろい。

NT

 

サリー・ルーニー著/北田絵里子訳『インテルメッツォ』(早川書房)

 主人公である兄弟の父の死からはじまる、さまざまな人間関係の物語。
自分の気持ちを見失いそうにながらもお互いにあきらめず向き合い続ける彼らはどこへ向かうのか。
 500頁超えのラストには素直に納得できる結末が用意されていました。登場人物全員の幸せを祈りながら本を閉じました。

荒井裕樹『無意味なんかじゃない自分 ハンセン病作家・北條民雄を読む』(講談社)

 北條民雄が一人の人間として迫ってくる一冊。
 読者と並走してくれるような著者の筆致はとても優しくて丁寧。
 もやもやしているとき、明確に答えが出せないときは、問いの「解像度」を高めて向き合うことが大事と説く著者の姿勢に励まされました。

NS

 

佐藤正午『熟柿』(KADOKAWA)

 実に8年の期間をかけて書かれ、今年の中央公論文芸賞を受賞した1作。
不安定な人間関係の中でいつしか「取り返しがつかない」「戻れない」状況に陥っていく登場人物たち。
 佐藤正午さんらしい世界観に引き込まれます。

金原ひとみ『ナチュラルボーンチキン』(河出書房新社)

 個人的に今年ナンバーワン作品!
 「何がよかったのか」と聞かれても「すべて」としか答えようのない傑作。とにかく読むべし!

山崎まゆみ『鎮魂の花火「白菊」』(河出書房新社)

 長岡の夜空に美しく咲く花火の影には、シベリア抑留という過酷な運命を生き延び、その一方で生きて戻れなかった戦友への贖罪のようなものを抱え続けた花火師の生涯があった。
 戦後80年のいま、忘れてはいけない記憶を繋ぐ1冊。

m

 

ジル・ドゥルーズ 著/ダヴィッド・ラプジャード編/宇野邦一 訳『ジル・ドゥルーズ講義録 絵画について』(河出書房新社)

 待ちに待った講義録シリーズ。
 著作ではあれで慎重な言い回しに徹しているドゥルーズですが、講義録ではのびのびと話してくれるので、いきいきと面白く読めます。
 続刊が今から楽しみでなりません。

イ・ラン著/斎藤真理子訳/浜辺ふう訳『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』(河出書房新社)

 すばらしいエッセイ集。言葉にするとはいったいどういうことなのか、これほどまでに率直に語られることはそうそうないように思います。
 著者のことをまったく知らない方でも、この本を開けば、もう二度と目が離せなくなるでしょう。

キム・チョヨプ著/カン・バンファ訳/ユン・ジヨン訳『この世界から出ていくけれど』(早川文庫)

 キム・チョヨプいいですよね。好きです。
 『わたしたちが光の速さで進めないなら』と同じくらいのスピードで読了。
 もうちょっとゆっくり読めばよかったかもしれない。でも面白いんだからしょうがない。おすすめ。

紅茶飲み太郎

 

青山和夫/大城道則/角道亮介『考古学者だけど、発掘が出来ません。』(ポプラ社)

 「先生って夏休みがあっていいなあ」
 羨んでいた時期が私にもありました(違うと知り教免離脱…)。
 が、大学の先生。
 逆に長期休みに本業の研究をするしかないほど、事務・調整・資金・調達とデスクワークの山…。大学の休みが長いのってやっぱそのためだったんだな…。
 好きを仕事にすると苦しくなると言いますが、好きじゃない仕事の事務仕事がこんなにあったら多分誰も耐えられぬ。
 仕事(事務)明けの仕事(研究)シーンがキラキラして最高、だけど「体大事にして…」と祈らずにはいられませんでした。

デイヴィッド・ギレスピー/栗木さつき訳『サイコパスから見た世界 「共感能力が欠落した人」がこうして職場を地獄にする』(東洋経済新報社)

 本書によると、サイコパスとは、人類1.0なのだそうだ。共感力の高い多くの人類は2.0。すなわちサイコパスは進化していない人間。
 じゃあ破壊力が2.0より高いのはなぜなんだぜ…と、数多の実例とシミュレーションの数々に恐怖で叫びながら読んだ(真珠湾が被害甚大になったのも、己の有能さを証明したい目的のサイコパスの仕事だったそう)。
 そしてサイコパスには勝てないし、気づいたら避けるしかないという絶望の結論…。
 が、本書を読んだ人類で職場を固めその信頼の鎖で追い出すことは可能!とのことなのでお心あたりのある環境の方はぜひ「全員で」お読みください。

一穂ミチ 原作/志村貴子 マンガ『オンリー・トーク』(on BLUE comics)

 尊いを形にしたらこんなBLになるんじゃないか?!
 先輩芸人と、それに激重に憧れる(けど表情に出ない)後輩芸人。
 人間と人間が、お互いへのいろんな「欲」を少しずつ高めていくさまを、ていねいに、じっっっくり、私は楽屋の壁になったのかと思うほどつぶさに見せてもらえます。
 お嫌いじゃない方はリンクから無料の1話だけでも読んでください。
 あと作者お二人は続きをください…っ!

広報部nmkt

 

 以上です!
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 みなさま、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。

河出書房新社 有志一同

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