書評 - 文藝

「こんな風に人間のことも愛せたら」宮田愛萌が共感した、犬への愛を切なく描いた直木賞作家の最新作『雷と走る』

 

雷と走る

千早茜 著

 

評: 宮田愛萌(タレント・作家)

 

 

 

 犬が人間と違うということはよくわかっていた。私の家にも犬がいる。小さくてほやほやと甘やかされた七キロのダックスで、ハウスの段差につまずいて転んだり、ベッドから落ちたりするどんくさい犬。それでも犬の六倍の体重をもつ私よりもずっと力があり、私と対等に喧嘩をしているのは犬が加減をしているからだと知っている。
『雷と走る』は、背中に逆立ったかたい毛があり「虎」と名付けられた犬と、その虎を愛した少女の物語だ。日本から遠く、塀と門と番犬がいなければ安全が保障されない国。そこで、家とそこに住む人を守るために何匹かもらいに行った先にいたのが虎だった。他の仔犬に負けてばかりの小さな弱々しい仔犬に「強くなって欲しい」と祈りをこめて虎と名付けた。虎は少女のもとで健やかに成長する。強くたくましい野生の生き物の本能を内に宿したローデシアン・リッジバック。日本とは全く違う環境でガードドッグとしての仕事を与えられ、一度も首輪をつけたことのない犬を、少女は心から愛している。
 愛というものについて考えるとき、やはり私も犬のことを思う。私の犬は私の誕生日に家に来た犬で、犬の意思とは関係なく連れてこられた。だからこそ、私は犬を必ず、私の手の届く範囲の中でいちばん幸せにしなければならない、そして犬が死ぬまで私は死なないと決めた。私はこれを愛だと認識していた。だから、この本で少女がもう成長して少女と呼べない年齢になっても、虎のことを彼女が所有した唯一の愛だと称することにたまらない気持ちになる。
 虎について「瞳はこの国の乾いた地面のような赤茶色だった」という一文があった。さりげない表現で、虎がこの国でしか生きられないことが伝わる。美しく悲しい。
 何かを愛することには責任が必ずつきまとう。それは犬でも人間でも一緒だ。しかし、犬と人間は生物として根本的に違う。犬の意思を人間が理解することは難しい。言葉を交わすことが出来ず、なんとなく犬の言いたいことがわかるようになったとしても、そのころには犬の中に人間と共存するための躾がなされている。そうしなければ、人間と犬が共存できないからだ。
 そのことを理解することも苦しいと思う。なにも知らずにただ犬を愛したり慈しんでいられた方が幸せだったし、この本を読んで、私は犬と人間が違うことを突き付けられたようだった。根本的に自分と違うとわかっていながら、私は犬のことを「弟」と呼んでいた。
 きっと犬を飼っている人にこの本は重いだろう。途中で読むことをやめたくなるかもしれない。だけど読んで欲しいと思う。犬の愛おしいところも可愛いと感じるところも細かに描かれていて、共感できる箇所がたくさんある。そして、「虎」を描写する形容詞の美しさに愛がうかがえるだろう。犬に向ける気持ちと同じように、こんな風に人間のことも愛せたら良いのにと祈るような気持ちで思えた。私はそれが、なんだか少し嬉しかった。

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