書評 - 文藝

文学が祈りになるとき――ガザの若き作家たちによる23篇を収めた『物語ることの反撃』レビュー

 

物語ることの反撃

リフアト・アルアライール 編
藤井光 訳
岡真理監修・解説

 

評:千種創一(歌人・詩人)

 

現代パレスチナを代表する詩人リフアト・アルアライール編み遺した、ガザの若き作家たちによる23篇を収めた作品集『物語ることの反撃 パレスチナ・ガザ作品集』(藤井光 訳、岡真理 監修・解説)が刊行。

本作の魅力を歌人・詩人の千種創一さんが語る。

 

 ***

 

 圧倒的な暴力を前にしたとき、文学に何ができるか。この問いは、シリア戦争のときもウクライナ戦争のときも、数え切れないパレスチナ戦争のときも、多くの人々の頭をよぎっただろう。

 パレスチナ人作家たちによる短編集『物語ることの反撃』は、多くの直接的な、もしくは文学的な、暴力の描写に満ちている。収録作品中、非日常を描くスリーマーン「戦争のある一日」やアルファッラ「撃つときはちゃんと殺して」などにとどまらず、被占領地での日常を描くハバシー「Lは生命(ライフ)のL」やエルワーン「ガザで歯が痛い」の中でさえも、部屋の銃痕や難民カードという形で暴力の影が描かれる。パレスチナ人が、日常・非日常の中でいかに暴力に晒されているかわかる。何も、脳味噌をぐぬりと撃ち抜く弾丸のような瞬間的なものだけが暴力ではなく、首をじわじわ絞める透明な真綿のような暴力もある。多くの短編に登場する分離壁もその一つだ。

「巨大な分離壁の大きなブロックに指先で触れながら歩いていった。わたしを怖がらせるために造られた壁だ。」(ヤーギー「ある壁」)

「彼は壁に駆け寄った。延々と続くコンクリートの広がりに体をぴたりと寄せ、激しい雨と強風から、完全にとはいかないまでも身を守った。」(アルアライール「ひと粒の雨のこと」)

 作家たちは分離壁について独特な描写をしている。分離壁は、暴力とは認識されにくい、しかし歴(れっき)とした暴力だ。町と町の道を塞ぎ、人々の生活を奪って心を殺し、病院への道や仕事への道を奪って体を殺す。暴力を前にしても、彼らは書くことをやめない。ただ、注目すべきは、パレスチナ人の母語がアラビア語であるにもかかわらず、この本が英語で書かれていることの哀しさだ。つまり、この本は、アラビア語読者ではなく、英語読者を想定している。その事実に目を向けるとき、この本は、世界に助けを求める祈りのように感じる。

 アラブ文学はときに、作品が作品そのものを目的とせずに、政治的主張を伝える手段になってしまっていることがある。この観点から『物語ることの反撃』を眺めると、ボルノ「不眠症への願い」が目を引く。侵攻に従事した兵士の苦悩を描く短編だ。物語が進むにつれ、明らかにアラブ系ではないズィヴァなどの名前(ヘブライ語はv音を持つが、アラビア語は持たない)が出てきて、その後「俺たちは戦車に乗って、またガザに送られた」という台詞で、パレスチナ人ではなく占領当局兵士の語りだと気付かされる。同編末尾の子どもの台詞は、現実なのか幻聴なのかわからない。一貫して冷静な筆致で書かれている。読み取れるのは、自分たちパレスチナ人を殺してきた兵士もせめて不眠症で苦しんでいてほしいというかすかな「祈り」であって、例えば兵士を裁く必要性を呼びかけるための手段ではなく、重い「呪い」でもない。祈りと呪いは紙一重だ。

 文学は、祈りを書き留めることができる。未来は祈りから始まる。

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