書評 - 文藝

〈令和の没落小説〉都会に住む、どこか残念な男たちの欲望と哀愁。羽田圭介、初の短編集『バックミラー』書評

 

バックミラー

羽田圭介 著

 

評:燃え殻(作家・エッセイスト)

 

 

 

羽田圭介の初の短編集となる最新刊『バックミラー』が刊行。
本作の魅力を作家でエッセイストの燃え殻さんが語る。

 

***

 

 羽田さんにはいままで二度お会いしたことがある。どちらも強烈なインパクトとして記憶に残っている。初めて会ったのは、共通の友人の一軒家で行われたホームパーティー。僕が着いたとき、羽田さんは餃子の皮で餡を包んでいる真っ最中だった。「初めまして」と挨拶をすると、「どうも初めまして。今日、餃子係なんです」と笑いながら羽田さんは返してくれた。それから二時間ほどそこにいた人たちと、お酒を飲み、食事をし、おしゃべりをした。僕は次の用事があったので、羽田さんのところに挨拶に行くと、羽田さんはまだ黙々と餃子を作っていた。結局あの日、羽田さんはいくつ餃子を作ったのだろう。パーティーの途中、ふと気になって羽田さんのほうを見たことがあった。羽田さんはほぼノールックで餃子を作りながら、パーティー全体をぼんやりと眺めているように見えた。不思議な人だなあ、と思ったのを憶えている。「バックミラー」を読みながら、僕はあのときの羽田さんのぼんやりと俯瞰する視線、でも両手は無駄なく餃子を拵えていく様を思い出していた。「バックミラー」に登場する、可笑しくて哀しい人物たち。それぞれがそれぞれ、ここではないどこか、だれか、に想いを馳せながら生きている。文中に出てくる、「また別の天国に目移りしてる」という一節は、現代のどこか虚しくも滑稽な人間たちを表す言葉として、これ以上ない言葉な気がする。最近では同時に、「また別の地獄に目移りしてる」人間たちもネットの中に溢れているが。「のっとり」は、都内で「いま」を生きる男が、「いま」に喰い尽くされていく様がゆっくり丁寧に描かれている。羽田さんはそれを自然の摂理かのように淡々と描く。不自然な生態の摂理として傍観しながら淡々と。エッセイ「渋谷と彼の地」は、また別の「作家 羽田圭介」と「人間、羽田圭介」の葛藤が描かれていた。物理的に東京と東北を行き来して感じたこと。一人の作家として、一人の人間として思うこと。震災、オリンピック、戦争。渋谷駅のトイレと高田松原津波復興祈念公園のトイレ。二日間を惜しみ東京でこの文章を読んだ僕だが、来月なら行ける。行きましょう。そのときにもう一度、「渋谷と彼の地」を読み直したい。

 羽田さんに二度目に会った場所は、麻布十番の鮨屋だった。僕も羽田さんも、とある有名クリエイターに呼び出された夜だった。途中、もっともらしい質問をされて、もっともらしいことを返した僕は、イカの上にキャビアがのったやり過ぎの鮨を口に運ぶ。そのときもふと気になって、ふたつ隣りの席に座っていた羽田さんに目をやった。羽田さんはまたぼんやり視線を彷徨わせている。その視線の先をたどると、そこには店の掛け時計があった。「美味しい!」なんてその場凌ぎの言葉で取り繕う僕と、早く帰りたいと思っていたであろう羽田さん。羽田さんのよるべない夜の集積が、本作『バックミラー』を完成させたような気がする。

 

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