書評 - 文藝

「自分の生活を今よりもっと面白がれるはず」橋本絵莉子がそう思わされたAマッソ・加納の初小説集の魅力とは?

 書評執筆のご依頼を受けてすぐに、ネットで書き方を調べました。普段から加納さんのエッセイを読んだり、Aマッソの漫才を見たりして、なんて頭の回転が速くてまっすぐな人なんだろうと思っていたから、そんな人が書いた本の書評が私に務まるんだろうかと、とても不安になったからです。

 でも、新刊の発売をすごく楽しみにしていたから、書評を書くために一足先に読めるんだったらこれ幸い。もしもこの書評を読んだ加納さんが「うわこいつ思ったより頭悪いやん。誰こいつに頼もうゆうたやつ。はい、せいれーつ」と言って『文藝』編集部のみなさんがまっすぐ一列に整列させられたとしても、もうその時はその時。ごめんなさい、それも思い出にさせてくださいと、わくわくしてお引き受けした次第です。

 さて、『これはちゃうか』読みました。もうね、めっちゃ面白かった! ほんで、すごくこわかった。ある意味、全六篇ともホラーだと思いました。人の頭の中なんてわからなくて、人付き合いは難しいことの方が多いのに、この本の登場人物の内情はなぜかわかってしまうというこわさと、移りゆく人の気持ちや言動を丁寧に書き出したら、切り取った束の間の人生でも実際はこんなに満たされているんだというこわさ。そりゃあ慌ただしい生活の中でなら選ぶべき一言を間違えたり、よかれと思ってとった行動が間違いだったかもと気づいて焦ったりするよなあと思いました。そして、そんな一瞬の言動のせいで一日中落ち込んだり、ふと思い出して何年も考え込んだりするのって結局あほらしいなあと。だから、この本の語り手が私の脳内にもいたらいいのにと思いました。そしたら、自分の生活を今よりもっと面白がれるはずなのです。

「了見の餅」ふたつの餅は鍋の中で踊っているし、「私」と「よっちゃん」もアパートの中で踊っているみたいだなと思いました。大切な人のことに使う時間は、なんていい時間なのでしょう。「イトコ」自分のイトコを思い浮かべて、確かに兄弟でも友達でもない……と頷きました。その関係性についての後輩との会話は最高です。「最終日」直接会って交わす以外のコミュニケーションのわずらわしさを改めて呪いました。「宵」拓真は池に飛び込んだ後、本当に駅まで走ったのか。実はそのまま溺れていて、最後に幽霊になって出てきたのではないかと疑っています。「ファシマーラの女」初めて見た東京の地下鉄路線図の意味不明さを思い出しました。赤羽と曙橋は今でもややこしい。「カーテンの頃」主人公にとって今はもう別の頃になっていて、友達も彼女もたくさんできていたらいいな。あと自分自身のバイト時代を思い出したり、こないだの免許更新の時にパーカーの紐をリボン結びにして写真に写ってしまったなあと思ったりしました。

 私は加納さんの文章の、優しさが好きです。物事を見る目に愛がある。まさに加納愛子さん。きっと常日頃から人の可愛げポイントに気づいている人。加納さんの手によって愛すべき存在になる人や物の誕生を、これからも見続けたいです。

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