書評 - 文藝

「公然不倫」中の母と暮らす娘が歩んだ青春……山崎ナオコーラが紹介する不思議な流れを味わえる小説

 

 

腹を空かせた勇者ども

金原ひとみ著

 

評:山崎ナオコーラ(作家)

 

 

 ちゃんと生活して、たくさん食事して、行きたくて学校に通って、前を向いて人と関わっていく「陽キャ」の主人公。金原さんのこれまでの作品とはちょっと異なる風が、冒頭の数ページから清々しく吹いてくる。

「わあ、青春だ」とページをめくる度に強く感じる。とはいえ、いわゆる「青春小説」とは一線を画す。親は乗り越えなければならないほど立派ってものではなく、かといって、離れる必要がある酷すぎる親ってわけでもない。コロナ禍の時代ということもあるが、友だちみんなで一緒に何かを目指すわけではないし、集まってぶつかり合うというわけでもない。「青春小説」と聞いて思い浮かべがちな、スカッとする感じ、というところではなく、絶妙なところを突いて「小説だ」という感覚を味わわせてくれる。

 なぜ、人は文章の集積を見て「小説だ」と感じるのだろうか。流れていく方向があるからだ。その流れはストーリーとは限らない。風景描写でも、雑談の描写でも、文章たちが何かしらを突こうとしてまとまっていく。だから、ページをめくる手が止まらない。『腹を空かせた勇者ども』にも、方向を感じる。何かに向かって文章が流れていくのを感じて、私は一気に読んだ。

 主人公の玲奈は、中学生から高校生になっていく時期で、世界は友人たちとの関係がメインになりつつある。それでいて、子どもなので、親が世界をしっかりと縁取る。母のユリは冷静で論理的で斜に構えていて、且つ、玲奈には受け入れ難い「公然不倫」というやり方で恋愛をしている。玲奈とは真逆の性質を持つ人物のようだ。

 親との関係が描かれそうだな、と感じると、理解だとか反抗だとかの方向に伸びる線をまずは捉えようとしてしまうが、この母親の像が浮かぶとすぐに「これは理解し合えないな」と読者は感じるわけで、そうして、玲奈は母親を嫌っているわけではなくてむしろ好きだということも伝わってくるので、「親子の和解」「親からの自立」といった方向は消える。この二人は、これから何かしらの「人間の真理」みたいなものを突いていくな、といった曖昧なことをぼんやりと頭に浮かべ、流れに身を任せ、ページをめくる。

 実際、読み進めるに従って、玲奈とユリは人間らしい行動をし、人間らしい関係性を紡いでいく。結束や成長とは違う、不思議な流れを味わえる。

 青春だ、青春だ、と思いながら読み進めたのだが、大人も同じだな、とも思った。私はむしろ老いを感じ始めている読者で、育児中でもあるので親の視点で読めそうな気もしたのだが、やっぱり玲奈に肩入れしてページをめくった。青春をしていない大人の自分も、他者への施し、他人の恋愛への介入、同じようなことで悩んでいる。子どもから大人になるのは成長じゃないんだな、と思った。ただ、子どもから大人になるのだ。

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