書評 - 文藝

ブラックミックス・ゲイであることが隠した真実とは 注目作家の新作を移民者ラッパーが紹介

デビュー作が芥川賞候補、注目の作家・安堂ホセによる最新作『迷彩色の男』が刊行。本作の魅力を“移民者”ラッパーのMOMENT JOONさんが語る。

 

 

迷彩色の男

安堂ホセ 著

 

評:MOMENT JOON(ラッパー)

 

 

 

 

『ジャクソンひとり』から「著者のメッセージは」みたいな読み方を取る人が多かったことに微苦笑した覚えがある。「マイノリティー」としての「メッセージ性」を求める世間からの目線、そこから生まれる純機能性、限界、居場所、認められることの意味、多様性の商品化……でも再び本を開けてみると、本を閉じた後のその複雑な世界が一言のメッセージではなく複雑なまま描かれていた。

 都会的な空間に、複数のブラックミックスかつゲイの人物が登場し、そのうちの一人が犯行の被害者になり「私」はその真相を探っていく。そのモチーフからの既視感が薄まると、『迷彩色の男』は前作とは全く違う場所へ進んでいく。色や匂いそのものを顕微鏡に入れて見ているかのような緻密なスコープと、犯人を捜しに走るのではなく刃物を握ったまま歩いていくかのようなスピード。「私」といぶき、または「迷彩色の男」との二軸で回っていく物語。しかし、そのスコープ・スピード・構図の違いを気づかせつつ「モチーフは前作に似ている」と読者に納得させて読ませる部分に『迷彩色の男』の罠が掛けられていた。

 読者が「黒い肌」や「黄色い肌」と「迷彩色」を関連付けて考える瞬間、今作の「迷彩色」は読者の目から逃げて衝撃的な結末が待っている青い空間に忍びこむ。「私」がブラックミックスであること、またはゲイであることは、復讐のために罪のない人を殺した彼の本当の姿を隠すために使われる。本当の「迷彩色」とは、人種・肌の色・性的指向などで与えられたり主流社会に同化して得る「匿名性」ではなくて、自分に与えられた全てを利用して本当の自分を隠すことであったのだ。

 執拗なほど細かく描写された肌・痣・照明・暗闇の印象が、最終的には単純明瞭に「美しい」と描写された血に覆われ、怒りを屈折させて他人にぶつけた「私」は、その血が溢れることを惜しみながらも迷彩色の後ろに隠れる。そんな彼の完全犯罪、または都合の良い事故に恐れながらも快感を感じるのは、私一人だけだろうか。そこに快感を感じたことは、私という人間について何を表すのか。

 日本に住んで外から色を塗られることが増えるほど、反論したり自ら塗り直すコツもうまくなってきた。いわゆる「普通の人」としての普遍性を得られない人たちの生存戦略。でも一人で頑張っても限界がある。だから「リプレゼンテーション」という名前で我々の複雑さを知らせて、そもそも「塗られる」ことが減ってほしいのだ。それまでには自分で塗り直す。始めたのはこっちじゃないしフェアプレーだろう。

 しかし『迷彩色の男』は、一瞬でもその色の塗りあいを止めて、「自分」とは誰なのかを問う。最後まで名前を言わない「私」が犯行の後に迷彩色に染まるそのシーンで、自分はどこに立っているのか。「私」の、「迷彩色の男」と殺された男の、いぶきの、また自分の傷口が色を全部吸い込んだあとに残るものは、何なんだろうか。色では表現できない欲望・希望・善悪が現れた時、私はそれを世の中に素直に出せるだろうか。

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