書評 - 文藝

「予測不能にして必然的なラスト」恋愛を手段に生き延びる女子を描く、気鋭の作家の最新作

気鋭の作家・日比野コレコによる文藝賞受賞後第一作『モモ100%』が刊行。本作の魅力を詩人の向坂くじらさんが語る。

 

 

 

モモ100%

日比野コレコ 著

 

評:向坂くじら(詩人)

 

 

 

 愛することはむずかしい。やっかいなことに、相手に向かう感情が大きくなればなるほど、比例してむずかしくなっていくように思える。世の中では誰もが当たり前のように恋愛やら結婚やらやっているように見えるけれど、そのせいで世の中には愛と似たものが出回りすぎていて、なおさらよく分からない。たとえば、セックスすることは。話題作りのために告白することは。婚姻届を書くことは。誰かとひとつになりたいと思うことは。『モモ100%』の主人公・モモは、先に挙げたすべてを、飛び回るように次々と経験する。そしてステージ上で歌うような、あるいは暴力のような魅力的な語りで、その姿を読み手の前に晒け出す。

 中学生のモモにとって、恋愛は生き残るための手段である。そして、大好きな恋人の星野もまた同じ生き残り方を試みている、とモモには感じられる。モモは「使い捨て」の恋愛を重ね、インターネットでパンツを売る。星野はクラスの女子全員に告白し、関係を持った相手とは記入済みの婚姻届で手紙を交わして、彼女たちを記録する。高校卒業後、星野はモモとの婚姻届を提出する。ふたりは夫婦になるものの、会うことはない。モモは同じ大学の男・蜜と暮らしはじめ、やがて蜜とも恋愛関係になってゆく。

 星野と、また蜜と、モモはひたすらフルパワーで恋をしようとする。それが恋の正しいやり方なのか、そもそも正しいやり方なるものが本当にあるのかは留保したまま、とにかく全身全霊を恋に注ぎ込む。その中で何度か、「食べる」ことにまつわる愛の表現が出てくる。「どうしても、わたしの全部を愛し切ってほしい。わたしがでたらめに話したほら話の尾ひれまで食べてほしい。」「全身が、満身創痍エディブルなままで、声ごと食べてしまいたいほど蜜の甘い声で語られるくだらない武勇伝を聴いている。」そこには、相手とひとつになることへの欲求が見える。またモモは度々、相手の行動や感情が自分の想像を超えることに、「脱走されたような気持ち」を抱いて動揺しもする。モモの愛は、どうにかして相手との境界を超えようとしたがっているように思える。

 星野太『食客論』(講談社)でも、他者との関係が「食べる」ことを通して考察されている。ただしそれは捕食関係のような、「一方が他方を無にしてしまうような酷薄な関係では絶対にない」。相手がいないと生きていけない寄生の関係は、寄生主がいなくなれば終わってしまうからである。であるから、わたしたちは世界とむしろ「甘噛み」的な関係を結ぶ。

 けれど、モモはそんな計算をしない。誰かを好きになるのは確かに、継続する関係を望むことであるかもしれない。しかしそうでありながら、そのような合理的に安定した関係を、モモはときに積極的に崩さざるをえない。愛が甘噛みでは終われなくなったとき、どのような結末に至るのか。バタイユ『眼球譚』を思わせる、予測不能にして必然的なラストを見届けてほしい。

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