ためし読み - ノンフィクション

11/18(月)対談イベントを記念して『幻肢痛日記』ためしよみを特別公開!! 青木彬さん×白石正明さん「無くなった右足から考えたケアとアートのこと」

現在はキュレーターとして活躍されている青木彬さんは30歳の時、人工関節を入れていた右足の感染症の進行により、大腿骨から下を切断することを決めました。
手術は無事に成功、しかし術後、不思議な経験をすることになります。「幻肢痛(げんしつう)」と呼ばれる、すでに無い手や足が、まるで残っているかのように、その場所に痛みを感じる現象です。

病室のベッドで初めて幻肢痛を感じた時、青木さんにはそれが「ここに右足があったんだよ」という声に聞こえました。
無いはずの存在、その「声」に耳を傾けコミュニケーションを重ねることは、これまでの自分にはない考えや創造力の模索へと繋がっていくのでは……そう思い、インターネット上で日記を書き始めました。

幻肢痛という稀有な経験から、不確かなもので溢れる日常を考察したインディペンデント・キュレーター青木彬さんの『幻肢痛日記』刊行を記念して、11/18(月)に東京・下北沢の本屋B&Bにて「ケアをひらく」編集者の白石正明さんと対談を行います(来店+オンライン配信)。

今回、イベントの開催に合わせて『幻肢痛日記』から「はじめに」を公開します。

これを読んで興味が湧いた方はぜひイベントにご参加ください!

*イベントのお申込み、詳細はこちら
https://bookandbeer.com/event/bb241118a/

 

 

幻肢痛日記
はじめに
青木 彬

 

 

はじめに

 

 僕は三〇歳の時に右足を切断しました。
 それは突然降りかかった事故でもなく、僕にとっては半ば必然的な、起こり得るだろう未来の出来事のひとつでした。だから足を切断するという選択肢が目の前に現れた時、まったくと言っていいほど戸惑いが無く、診察室で医師からの提案に対して「切断します」と即答したのです。
 この本は、切断手術後に病院のベッドの上から投稿し始めたインターネット上での連載を元にしています。一連の連載は、身体の変化や感じたことを日記のように綴っていたものでした。連日のように書いたものもあれば、半年以上間が空いていることもあります。不規則に書き続けられた日記は、決して闘病記のようなものではありません。では一体何なのかと問われると、僕自身も一言では答えられないのですが、ある人にとってはちょっと変わった障害受容の話に読めるかもしれないし、また別の人には幻肢痛についての資料となるかもしれません。はたまた人間が持っている創造力の可能性に、触れてもらうきっかけとなることもあるのではないかと想像しています。
 しかし、少しでも有意義に本書を読み進めてもらうために、いくつかの補助線を共有したいと思います。まず本書の構成についてお伝えすると、切断してから約四年の間に書き綴った日記は、大きく三つの内容に分けられます。手術直後から現れた幻肢痛の症状について書いたもの、その後のリハビリや義足作りに関すること、そして右足切断という経験と、アートに携わる仕事を通じて感じてきたことを重ね合わせて考えたことです。特に三つ目は、幻肢痛それ自体やそこに関連づけられる様々な現象や経験を「無いものの存在」と名づけて考え続けた思考実験の軌跡であり、「不確かさ」という本書に通底するキーワードを扱うものです。
 このようなキーワードは、幼少期から演劇に触れていた経験や、現代アートに関わる仕事をしている中で自然と身につけていったものでしたが、それがなんと右足の切断という状況と重なったのです。頭で考えたり心で感じたりしていた抽象的な事柄が、自分の肉体の上で実感を伴って知覚されたというのが近いかもしれません。それはまるで、今まで背を向けていた隣の人が急に振り返って話しかけてきたような、隣り合わせにあったものが一八〇度回転したことで接続された瞬間でした。

 これから始まる物語は、僕の身体で実際に起こった出来事のほんの一部を記録したものです。その経験は辛うじて言葉になってはいるものの、僕にとってもまだわからないことが数多くあります。でもそんな経験が、本書を通じてくるっとみなさんと繫がる瞬間があることを期待してみたいと思います。わかる必要はありません。わからないことがあることを、一緒に楽しんでもらうことができれば嬉しいです。

 

***本編は単行本『幻肢痛日記』でお楽しみください。***

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著者

青木 彬(あおき・あきら)

1989年生。キュレーター。首都大学東京インダストリアルアートコース卒。アートを「よりよく生きるための術」と捉えアーティストや企業等と協同しアートプロジェクトを企画。著書に『素が出るワークショップ』。

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