ためし読み - ノンフィクション

『アウシュヴィッツの父と息子に』 著者ジェレミー・ドロンフィールド×クルト・クラインマン対談公開! 今、語られる本書の誕生秘話!

「このミス」1位作家渾身のノンフィクション大作『アウシュヴィッツの父と息子に』。本書は、収容所に送られた父グスタフと長男フリッツを軸にしていますが、彼らを含むクラインマン一家の物語でもあります。そのクラインマン一家の末の息子クルトへの、著者ドロンフィールドのインタビューが残されていました。にわかには信じられないような激動の運命に巻き込まれた家族、そのひとりが生きて話している(インタビュー収録時の2年後にクルトは没します)という奇跡のようなインタビューの冒頭部に字幕をつけた動画を公開いたします。また、この動画公開を記念して、本書の著者ドロンフィールドによる「序文」、そしてクルト・クラインマンによる「まえがき」をそれぞれ試し読み公開いたします。

 

 

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==↓まえがきはこちらから↓==
アウシュヴィッツの父と息子に
ジェレミー・ドロンフィールド
越前敏弥訳

 

 序文 ジェレミー・ドロンフィールド

 これは実話だ。登場する人々も、出来事も、ひねりも、ありえないような偶然も、すべて史料に基づいている。実話でなければよいのに、こんなことが起こっていなければよいのに、と感じるほど恐ろしく痛ましい出来事もある。だが、どれも実際に起こり、いまも存命中の人々の記憶に残っている。

 ホロコーストの話は数多くあるが、この話は特別だ。グスタフ・クラインマンとフリッツ・クラインマンという父と息子の物語は、ほかのあらゆる話の要素を含んでいるが、ほかのどれともまったくちがう。ナチスの強制収容所を、一九三〇年代末という最初期の大量拘束から”最終的解決“とその後の解放まで、すべて経験したユダヤ人はほとんどいない。そして、父と息子がこの地獄のすべてをはじめから終わりまでともに乗り越えた例は、わたしの知るかぎりほかにない。ふたりはナチス占領下で生活したのち、ブーヘンヴァルト収容所へ入れられ、アウシュヴィッツ収容所で親衛隊(SS)に対する収監者のレジスタンス組織にかかわり、死の行進を経てマウトハウゼン収容所、ミッテルバウ゠ドーラ収容所、ベルゲン゠ベルゼン収容所へ移されたのち ―― 生還した。そのような親子が記録を文書に残した例は、まちがいなくこれだけだ。運と勇気がひと役買ったとはいえ、グスタフとフリッツを生かしつづけたのは、結局のところ、互いに対する愛と献身だった。”あの子はわたしにとっていちばんの喜びだ“ブーヘンヴァルト収容所で、グスタフは隠し持った日記にこう書いた。”われわれは互いを力づけている。ふたりはもはや切っても切れない“この絆は一年後、究極の試練にさらされる。グスタフがアウシュヴィッツ収容所へ移送されることになった ―― すなわち、ほぼ死刑宣告が出たに等しい ―― とき、フリッツは自分の安全を顧みず、父についていった。

 わたしは心をこめてこの物語に命を与えた。これは小説のように読めるはずだ。わたしは歴史家であると同時に作家でもあるが、何かを創作したり飾り立てたりする必要を感じなかった。断片的な会話までもが、一次資料から引用もしくは再構成したものだ。土台となったのは収容所にいたグスタフ・クラインマンが一九三九年十月から一九四五年七月までつけた日記で、それを補うために、一九九七年に発表されたフリッツの回顧録とインタビューを参照した。どれもけっして読みやすいとは言えなかった。気持ちの面でもそうだが、文字どおりの意味でもそうだ ―― 極限状態で書かれた日記は不完全で、一般の読者が知らない物事をほのめかしていることもよくある(ホロコーストが専門の歴史家たちですら、資料を調査しなければ理解できない部分もあった)。グスタフが日記をつけたのは記録を残すためではなく、みずからが正気を保つためだった。何について書いているのか、当時のグスタフにはわかっていたのだろう。読み解いてみると、その日記はホロコーストを何週間も何か月も何年も生き抜いたことについて、深く痛ましい洞察を与えてくれた。驚くべきは、グスタフの何にも屈しない強さと楽天的な精神だ。“……わたしは毎日自分にこう言い聞かせている“グスタフは収容六年目に書いた。“絶望するな。歯を食いしばれ ―― SSの人殺しどもに負けてたまるものか“、と。

存命中の家族たちへのインタビューから、さらにくわしい人物像が見えてきた。それらすべて ―― 一九三〇年代のウィーンでの生活から、収容所での役職や関連人物に至るまで ―― の裏づけを得るため、多様な文書を調査した。生存者の証言、収容所の記録文書、その他の公式文書によって、この物語のたどるあらゆる道筋が、あまりにも突飛で信じがたい部分までも事実であると証明された。

 

ジェレミー・ドロンフィールド、二〇一八年六月

 

 

 クルト・クラインマンによるまえがき

 この本で描かれる恐怖の日々から、すでに七十年以上が経った。わたしの家族の生存、死没、救出の物語は、そのころ監禁を経験した人、家族を失った人、あるいは運よくナチス政権を逃げ延びた人たち全員の物語を内包している。あの時代に苦しんだすべての人々を代表するものであり、だからこそけっして忘れてはならないものだ。

 六年間で異なる五つの収容所を経験した父と兄の記録は、ホロコーストの実態の生き証人だと言える。ふたりの生きようとする気持ち、父と息子を結ぶ絆、勇気、そして幸運は、いまを生きる者の理解を超えているが、ふたりがすべての試練を乗り越えられたのはそれらのおかげだ。

 ヒトラーがオーストリアを併合したとき、わたしたちがどれだけの危険にさらされているかを、母はすぐに察知した。上の姉は母の勧めと助力を受けて、一九三九年にイングランドへ逃げた。わたしはナチス支配下のウィーンで三年間生活したが、一九四一年二月に母がアメリカへ逃れる道を確保してくれた。おかげで命が助かったことはもちろんだが、わたしを自分たちの一員のように愛してくれる家族とも巡り合うことができた。下の姉はそのような幸運に恵まれなかった。この姉と母はやがて捕らえられ、ほかの数多くのユダヤ人とともに、ミンスク近郊にある死の収容所へ送られた。ふたりがそこで殺されたことは何十年も前から知っていたし、その現場となった人里離れた地を訪れたこともあるが、実際に何が起こったのかはこの本ではじめて知り、深く心を動かされた。打ちのめされたと言ってもいい。

 父と兄がともに苦難を生き延びたことが、この本では奇跡とも言えるほどくわしく書かれている。わたしがふたりと再会したのは、一九五三年に徴兵されたときのことだ。十数年ぶりに帰ったウィーンだった。それから何年にもわたって、妻のダイアンとわたしはウィーンを何度も訪れ、息子たちを祖父とおじに引き合わせた。別離やホロコーストを生き抜いた家族の結束は、それ以来ずっとつづいている。わたしはウィーンやオーストリアに対し、トラウマや憎しみをいだいてはいないが、だからと言って、オーストリアがたどった歴史をすっかり許したり忘れたりはできない。一九六六年、父と義母がわたしと姉を訪ねてアメリカへやってきた。ふたりに新たな故郷の驚異を見せたわたしは、その機会にマサチューセッツの里親とも引き合わせた。わたしにとって大切な人々同士の対面は、感謝と喜びに満ちていた。わたしが生き延びてここにいられるのはその人たちのおかげだ。
『アウシュヴィッツの父と息子にThe Boy Who Followed His Father into Auschwitz』では、綿密な調査に基づいて、わたしの家族の物語が繊細に、そして生々しく力強く描かれている。物語をまとめあげ、この本を執筆してくれたジェレミー・ドロンフィールドへの感謝の気持ちは、ことばで言い表せないほどだ。この本では、わたしや姉の思い出をはさみながら、父と兄の収容所での物語が鮮やかに描かれる。わが一族のホロコーストの物語を世間の人々に知ってもらえること、そしてこの話がこれからも記憶されていくことに感謝したい。

 

クルト・クラインマン、二〇一八年八月

 

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訳者あとがきはこちらのページにて公開中!
→WEB河出:https://web.kawade.co.jp/tameshiyomi/102961/

 

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本編は、単行本
アウシュヴィッツの父と息子に
でお楽しみください。
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著者

ジェレミー・ドロンフィールド

1965年生まれ。イギリスのフィクション・ノンフィクション作家。1997年、デビュー作『飛蝗の農場』がベストセラーに。以降『サルバドールの復活』や、ノンフィクション作品を発表し続けている。

越前 敏弥(えちぜん・としや)訳

翻訳家。1961年生。訳書に『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(以上KADOKAWA)、『ロンドン・アイの謎』(東京創元社)、『世界文学大図鑑』(三省堂)等。著書に『文芸翻訳教室』、『翻訳百景』等。

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