ためし読み - ノンフィクション

平野紗季子さんと田辺智加さん(ぼる塾)がお互いの推しスイーツをたたえ合う!『おいしくってありがとう 味な副音声の本』試し読み

フードエッセイスト平野紗季子さんの大人気ポッドキャスト&ラジオ番組「味な副音声 ~voice of food」が5周年を迎え、待望の書籍化! 「食」の楽しさがつまった本書のなかから、ぼる塾の田辺智加さんをゲストに迎えた回を、試し読みとして一部公開します。あらゆる語彙を駆使して語られる「味」をめぐる対談を、ぜひご堪能ください!

『おいしくってありがとう 味な亜副音声の本』書影

 

 

カヌレは新しい金

【ま】【ぁ】【ね】【ー】①セサミストリートのクッキーモンスター曰く「友だちとは、最後のクッキーを分け合う誰か」らしい。それでいうと、人にあげようと思って用意したお菓子がおいしすぎて自分で平らげてなかったことにしてしまうタイプの田辺さんと私はどうなってしまうのだろう。私たちはお菓子と孤独を持ち寄って喋り続けているのかもしれない。②ゲスト:田辺智加(ぼる塾)

 

味の諜報機関を持つ田辺さん

平野 田辺さんには以前、私の『ポパイ』の連載のゲストに来ていただいて。めちゃおいしいハンバーグを紹介してもらって。最高でした。

田辺 あれからずっと『ポパイ』買ってます。取り上げてる食べものが素晴らしすぎて。

平野 え! 嬉しい! その時に話した好きな食べものが、フライドポテトとか紅茶とかコスモドリアとか、シンクロ率が高すぎて。

田辺 あの日、お菓子もいただいて。ありがとうございます。

平野 こちらこそ、田辺さんがプロデュースした柿山さんのお菓子を送っていただいて。めちゃくちゃおいしくて、さすが田辺さんとなった。

田辺 まあね~!

平野 髪がなびいた! 嬉しい! ありがとう、ありがとうございます! 私は田辺さんとおいしいものを日々交換するのがすごく楽しいんですけど、今日はとにかく好きなおやつの話をしようということで、珠玉の三品を挙げてきて頂きました! やったー!

田辺 はい。まずは「さゝま」のもなかです。

平野 出たー! オーセンティックの極み。

田辺 駿河台下にある和菓子屋さんです。吉本の神保町の劇場も近くて、土曜日に劇場がある時は大体行きますね。

平野 リピが極まりすぎている。

田辺 季節ごとに出るものもチェックしていて。

平野 さすがですね。シグネチャーだけじゃなく、季節の生菓子もしっかり。

田辺 そうなんですよ、私は幅広くお店を知ってるわけではなくて、ここって決めたらその店を楽しんじゃうタイプで。

平野 信頼できるぅ! 本を何回も読んで読み深めていくタイプですね。

田辺 そうなんですよ。だからあちこち目新しいものというよりは、一個愛したらもうそこだけ。

平野 でもやっぱりメディアとかで目新しいものを求められたりもするじゃないですか。

田辺 そういうときは友だちに頼ります。もう高校からの付き合いで、かれこれ三十年ぐらい。

平野 そんな味の諜報機関みたいな。情報通のご友人がいるんですね(笑)。

田辺 いるんですよ、この子の舌は信用できるっていう。その子が全部私の趣味を教えてくれる感じですね。「絶対好きだよ」って言われて、その子を信じて、まんまとハマるみたいな。

平野 とてつもない信頼関係だ。

田辺 そうなんですよ。だから今ここにいるのも田辺智加じゃなくて、正直その子の情報の。

平野 その人のサブ垢くらいの感じ。

田辺 本当にそんな感じですね。

平野 すごい! もしその方がインスタやってたらこっそり教えてください。こっそり知りたい。

 

見えなかったものが、ある日見えるように

田辺 私、実家に帰る時は絶対このさゝまのもなかを持って帰ります。

平野 田辺家でも愛でられている。

田辺 って言ってもまだ歴は浅いんですけど。

平野 愛に歴、関係ないっす。

田辺 最初お店構えが渋過ぎて、新参者が入っていいところなのか? と思ったんです。怖くて、あんりに「お願いだからついてきて」って。

平野 え、待って、お化け屋敷じゃないんだから。

田辺 いざ入ってみたら全然怖くもなくて。ただ私、芸歴十一年目なんですけど、NSCも同じ場所にあるので、神保町にずっと通ってたはずなのに全然気づかなくて。

平野 わかる。でも見えないようになってるんですよ。ある日現れるんですよね。

田辺 あれなんなんですかね。

平野 多分その時が来たってことだと思って。ある日見えるようになる。

田辺 なるほど!

平野 中華街に「聚楽」っていうマーラーカオのお店があるんですけど、中華街って看板とかがめっちゃいろいろ前に出てるじゃないですか。そういうのに埋もれすぎて、店のファサードが見えないくらい引っ込んでるんですよ。でもありえないくらいおいしくて。そのとき、視界に入らないくらい謙虚で凹んでるお店こそ名店では……と思いました。

田辺 それは行ってみたい。ちょうど私も昨日マーラーカオを南青山で買ってて。

平野 わかる。マーラーカオ、絶対テイクアウトしちゃう。

田辺 何なんですかね。しかも正直何の味なのかよく分かんない。

平野 黒糖の味かな、ほぼ。

田辺 なんであんなマーラーカオに惹かれるのか。相方の酒寄さんの息子さんが今三歳なんですけど。「これは南青山のマーラーカオだよって伝えて」って言って渡して、舌の教育をしてます。

平野 末恐ろしいですね。すみません脱線しちゃった。

田辺 もちろん皮がバリッバリの最中もいいんですけど、このあんことの溶け込み方。

平野 分かるな。それこそバリバリで言うと、「中里」の揚げ最中って分かりますか?

田辺 何ですかそれ、揚げ最中!?

平野 北区の和菓子屋さんなんですけど、大丸東京でも売ってます。完売してることが多いので、もし東京駅から新幹線に乗るときは大丸東京さんに寄っていただいて。岸朝子さんが「おいしゅうございます」って言葉を残された揚げ最中なんですけど、ごま油で揚げた最中の皮であんこを挟んでるんですよ。

田辺 うわ、なんだそれ。

平野 最中の皮の香ばしいのと、さっくりした食感と、あんこのおいしさっていうのが一体になっていて、激しい味覚です。

田辺 うわ、今日これから行けないかな。

平野 今から行こうとしてる?(笑)でもね、私今日「ジェネリック中里」というのを持ってきました。私が勝手にそう呼んでるんですけど、ちょうどナチュラルローソンで見つけたんです。「あんこタルト」っていう謎のお菓子なんですけど、揚げたあられにあんこが入ってるんですよ。これ、ちょっと食べてほしいです! めちゃくちゃおいしいから。

田辺 (カリッ)わっ。やば! うますぎる!

平野 うますぎる、いただきました!

田辺 ええっ、やばい、このサクサクと塩加減と。本来だったら多分、このおせんべいのあられ部分の焼き方によってはガリって分裂しちゃうはずなのに、この下の部分優秀すぎて。買いだめたい。

 

「鈴懸」、ウェイするだけのことはある

平野 田辺さん、二つ目お願いします。

田辺 はい、「鈴懸」のあんみつです。

平野 ぐはあ! 「鈴懸」来た! でも食べたことない、あんみつ!

田辺 これ夏だけなんですよね、確か。

平野 そうなんだ、限定様~。これはどういうあんみつなんですか?

田辺 あんみつって言ったら黒蜜ってイメージですけど、これはメープルシロップをかけるんです。

平野 ドワー! 柔軟すぎてなに。

田辺 もう昔ながらの老舗なのに。メープルという新しいことに挑戦して。

平野 すごいですねぇ。なんか、ほんと鈴懸さんって壊していきますよね。伝統を尊びつつも新たな創造を重ねていくという。

田辺 これは福岡の番組で知ったんです。福岡にも私、食の師匠がいまして。その方があんみつ特集でこれを教えてくれて。

平野 へえ、しかも寒天がスケートリンクみたいになってる。カットしてないんですね。プリン状になっているんだ。うー、頭いい~! だってカットする手間も省けるし綺麗だし、まじ一石二鳥。

田辺 メープルもちゃんと和になじむんだなと。

平野 でもよく考えてみたら、メープルシロップって樹液で植物性じゃないですか。そして和菓子って植物性じゃないですか、基本的には。だからめっちゃ合いますね。

田辺 そうか、そこ気づかなかった!

平野 フルーツはみかん、キウイ、いちご、メロンですね。あ~、これで夏を越せそうやわ。あと、鈴懸の好きなとこで言うと、ショッパーに菓子の「菓」って書いてあるのが、「ウェイ」って感じに見えるんです。わかります?

田辺 わかります。なってる、ウェイ。

平野 でも鈴懸さん、ウェイするだけのことあるなっていう。

田辺 いつも街中であれ持ってる人見かけると、あんたセンスいいよって思います。あと福岡だと鈴懸にランチがあるらしくて。

平野 まじですか! 知らなかった。

田辺 そこのビーフシチューがもう。

平野 ビーフシチュー食べれるの!?

田辺 食べれる。

平野 いや~、もう絶対おいしいもん、それ。

田辺 鈴懸の最中は、去年知って、何回買ったかわかんないぐらい買っちゃってる。

平野 リピするところがまじで素敵ですわ。

 

多くを内包する魅惑のカヌレ

田辺 そして三つ目はですね、「ダンラポッシュ」のカヌレです。お散歩してた時にたまたま見つけたんです。何も知らなくて。

平野 うわ! 何にも知らずに出合ったものがめちゃくちゃおいしいとき、一番嬉しくないですか? 自分の嗅覚すご! って、自尊心まで満たされる。

田辺 いや、本当に。私、普段そんなお散歩なんてしないんですよ。面倒くさくて。でも何となくたまに動きたくなる時があって。

平野 今、もう人気すぎてこのカヌレ、ふらっとは買えないですよ、きっと。

田辺 だから本当タイミングですよね。あの時私動こうって思わなかったら出合えなかったし。

平野 運命ですね。え~、どんな味なんですか?

田辺 なんかもう素材の味。なんて言うんでしょう。嚙んだ瞬間にイヤーーーーッてなる。

平野 絶叫系だ。たしかに素材を見たら、オーガニック小麦粉、平飼いの卵、てんさい糖……って厳選っぷり!

田辺 カヌレってめっちゃ奥深くて。カヌレを見たらとりあえず買っちゃう。

平野 分かります。カヌレグミとかさえ騙されて買ってしまう。

田辺 なんて言ったらいいんでしょうね、あのカヌレへの気持ちは。

平野 なんだろうな、カヌレは小さいけど大きいです、存在が。中にたくさんのものを抱え込んでいるお菓子だと思う。

田辺 あんな茶色で地味なはずなのにめっちゃ輝いて、なんか金みたい。

平野 わかる! 金ですよね。新しい金だと思う、カヌレの色は。

田辺 あれ茶色じゃなくないですか?

平野 茶色ではないです。輝き過ぎて。換金できるくらいの価値があると思う。

田辺 「このカヌレだ!」って毎回思うんですけど、食べれば食べるほど、「またこのカヌレも!」って。一生探せるなって思う。カリッムギュッももちろんですけど、ただ柔らかいカヌレもそれはそれでまた。

平野 いいんですよ。

田辺 なんなんでしょう。「カヌレがおいしいところ知ってる?」って聞かれた時めっちゃ困るんですよ。

平野 私どうしてもね、大阪の「エキュ」さんっていうところのカヌレ食べてほしいんです。

田辺 あれ、そういえば私……「エキュ」さん! 前に平野さんに教えていただいて、クッキーを。

平野 はい、あの超薄いクッキー!

田辺 買えなかったんですけど、実はバレンタイン時期にオランジェット買ったんですよ。ちょっと信じられないくらいおいしくて、天才すぎますね。食べた時に震えて。めっちゃ分厚いし。

平野 そうなんですよ、羊羹みたいな食感。

田辺 何あれ、と思って。ホワイトチョコもあって、さらにミルクチョコでコーティングされていて。私は大阪に劇場がありますから、合間縫って行きたいんですけどね。なかなか。

平野 そう、営業日が週に三日だけとかなので、かなり狭き門なんです。その日焼いたカヌレがあるんですけど、パリムチ系なんですよ。そのパリ、鮭の皮くらいパリパリなんですよ。

田辺 えっ。

平野 シェフはめっちゃこだわりがあって絶対半分に切って食べてほしいっていうの。半分に切って食べるとその全体の食感を一口で味わえるから、それをやってほしいって。

田辺 えー、うわ、すごい、それは。今まで気づかなかったなあ。

平野 私も普通に外側のガリガリのところから食べたり、上から食べたりしてたんですけど。

田辺 それは食べてみたいねえ。

平野 「エキュ」さんのはおいしすぎて、なかったことにできます。人にあげようと思ってても、気づいたら全部自分で食べていて、なかったことに。

田辺 私もそれ、しちゃうんですよ。これみんなにあげようって劇場に持ってったんですけど、封を開けていったん食べて、「え、うますぎる」ってなって、数秒置いといたんですけど、スッとカバンに入れちゃって。

平野 回収?(笑)

田辺 ぼる塾の三人に「差し入れを自分でしまう人初めて見た」って言われて。

平野 めっちゃ分かります。私もやっちゃう。ボンボンショコラとか、自分で食べてうますぎて、もう全部食べちゃうみたいな。

田辺 でも誰にも見せてなかったらいいと思うんですよ。私は数秒みんなに見せちゃったから……。

平野 いい話だなぁ。

 

続きは単行本『おいしくってありがとう 味な副音声の本』でお楽しみください!

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著者

平野紗季子

1991年、福岡県生まれ。フードエッセイスト、フードディレクター。2020年からポッドキャスト&ラジオ番組「味な副音声~voice of food」をスタート。2025年に5周年を迎え、好評配信中。著書に『生まれた時からアルデンテ』、『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』、『味な店 完全版』、『ショートケーキは背中から』など。

田辺智加(ぼる塾)

1983年、千葉県生まれ。きりやはるか、あんり、酒寄希望とともにお笑いカルテット「ぼる塾」を結成。スイーツへの情熱とお世辞抜きの率直なコメントに絶大な信頼を集め、“芸能界のスイーツ女王”と呼ばれる。著書に『あんた、食べてみな! ぼる塾 田辺のスイーツ天国』など。

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