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【最果タヒ推薦】これは恋? 推し? 執着? 詩人・水沢なおが「着ぐるみ」と「中の人」への切実な愛を描く小説『こんこん』無料公開

【最果タヒ推薦】これは恋? 推し? 執着? 詩人・水沢なおが「着ぐるみ」と「中の人」への切実な愛を描く小説『こんこん』無料公開

現代詩手帖賞・中原中也賞を受賞し、“現代詩界のホープ”と称される最注目詩人・水沢なおが、「着ぐるみ」と「中の人」への孤独で純粋な愛のゆくえを描く小説『こんこん

その繊細な感覚、研ぎ澄まされた言葉で紡がれた世界観が多くの読者を魅了、文芸誌「文藝」掲載時より各紙誌で高く評価されました。またSNS上では、主人公の、たとえ世の中と足並みがずれようと、自分にとって大切な世界でかけがえのない存在を愛し生きようとする姿に、「気持ちがわかりすぎて泣いてしまった」「自分が推しに抱く思いと重なる」……と共感・感嘆の声があふれました。

このたび、書き下ろしの掌篇「水滴のシール」と詩篇「水色の家」を加え、待望の単行本になりました。刊行を記念し、表題作「こんこん」冒頭を特別無料公開します。

 

水沢なお『こんこん

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青井まどが愛するのは、テーマパークのきつねの着ぐるみ「こんこん」。その「中の人」を見つけ出そうと、「着ぐるみに入れる体格」という条件でマッチングアプリを始め、低身長コンプレックスの男性・ひらくと出会うけれど……。

 

こんこん

 

 水色の紐のようなゴムに息を吹き込むと、それはしっぽのようにふくらむ。するとどれだけきつく捻っても割れない。プードルのかたちになったわたしの息、ぽんっと閉じ込めた空気をつまんでしっぽの先を丸くする。

 平日の昼下がり、人通りがまるでない時間はこうやってバルーンをつくる。ポンプ式の空気入れを使うとすぐにふくらんでしまうから、唇でバルーンの先端をはさんで、そのくたびれた水色の身体に息を吹き込む。神様も、人間をつくったときはこんな気持ちだったのかな。自分の吐息で満たされた犬のように愛おしく思ったのかな。くわえていた先端は唾液で濡れていて、本物の犬の鼻みたいでちょうどいいかもしれない。

「わんわん?」

 目のない犬と見つめ合おうとする、黒くてまんまるな瞳、しっとりとした頬、赤くてちいさな唇がちいさく動いて、首をかしげている。

「わんわんだよ」

 そうほほえみながら頷くと、プードルにすっと手を伸ばすので、その真っ白い手に握らせてやる。なにかを割るほどの欲求も硬さもない爪に挟まれて、風船の犬は主人を見つけた喜びに浸っている。

「かわいい?」

「うん。かわいい」

 わたしも、その子と同じくらいちいさい頃、ショッピングモールにママと一緒に来た。それから二十年以上経って、ショッピングモールの本館と新館をつなぐこの通路で、わたしはウォーターサーバーの営業をしている。子どもがプードルやお花のバルーンにおびき寄せられると、母親は諦めたように、ウォーターサーバーの優れた箇所を語るわたしの声に耳を傾ける。

「おいくつですか?」

「いま、二歳になったところです」

 急に気恥ずかしくなったのか、その子は、母親の陰に隠れた。

「ウォーターサーバーって、手軽に安全なお水が飲めるっていうだけじゃないんです。ボタンを押すだけでお湯も出るので、朝の忙しい時間にもすぐにカップスープなどを作ることができますよ。最近は健康や美容目的でお白湯を飲む方も増えていますよね。お水とお湯を簡単に混ぜることができるので、わざわざやかんやケトルで沸かさなくてもいいんです」

「あぁなるほど」

「今月中にご契約いただくと、スプリングパークのペアチケットが抽選で十名様に当たります」

 家族と相談してみます、と言って親子はその場を立ち去る。

「さっきの青井さんの笑顔、すっごくよかったですよ」

 チームメイトの麻衣子さんが、笑顔で声をかけてくれた。麻衣子さんは、わたしの八歳上で、社歴で言うと三年上の先輩だ。

「ありがとうございます」

 ぽん、と肩に手を置かれる。ちょうど、歯医者で胸元に器具を置かれたときと、同じ重さだ。

「いい水を届けたいですよね」

 笑った。笑い皺とえくぼが両方ぷくっとあらわれて、笑うためにうまれてきたような人だと思う。

「そうですね」

わたしも笑った。本当にそうしたいと思った。

 青色のビブス、胸元にプリントされたFountainWater という文字が剥げている。鼻を寄せると砂のような匂いがする。その下に着ているシャツにも、黒いスキニーパンツにも、すべてわたしの前に着ていただれかの肌の匂いが染み込んでいる。

 長机に置かれたクリアファイルの中に、スプリングパークのチケットが二十枚入っていた。先月、東京本社で行われた企画会議で、「契約者に抽選でスプリングパークのチケットが当たる」という販促を提案したらあっさり通ったのだ。この企画のおかげで、ウォーターサーバーの契約数は格段に伸びるだろう。スプリングパークは、この世界でいちばん素晴らしい場所だから。

 スプリングパークは一九八九年に神奈川県春野町にオープンした。もともとは「はるのちょうゆうえんち」と名付けられた観覧車とメリーゴーラウンドとコインを入れると動き出すパンダとライオンがいる、地元の人々に娯楽を提供するためのありふれた遊園地だった。一九九九年、和風コンセプトのテーマパークとして、敷地面積の大幅な拡大を伴うリニューアルオープンをしてからは、国内でトップスリーに数えられるほどのテーマパークとして急成長を遂げた。

 五つのエリアはそれぞれ桃太郎やかぐや姫、金太郎など日本昔ばなしを下敷きに、オリジナルの世界観が広がっている。パークの真ん中には竜宮城があって、その周辺では毎日パレードが行われる。華やかなダンサーと、スプリングパークのオリジナルキャラクターたちが、フロートに乗ってパフォーマンスを繰り広げる。パーク全体が一冊の絵本のような、夢と懐かしさであふれた世界。古くから人々に受け継がれてきた物語が、新しい希望をたたえて、たくさんの人々に語り直される。

 二十時にスーパーとレストランフロア以外の営業が終了し、そこから成果報告と片付けを行う。たまたま買い物に来ていたイトウさんの無駄話に付き合っていたせいで、駐車場に置いてある車に乗り込む頃には、二十二時になっていた。ぬいぐるみがぶら下がったキーを差し込む。座席がぶるっとふるえ、かびくさい冷気が流れ込む。ラジオを流しながら高速道路に向かって車を走らせる。静岡市からスプリングパークまで、二時間半ほどのドライブだ。電車の始発で向かうと一番になれないし、前泊をしようにもお金がかかるので、こうしてパークイン前夜に車で向かうようにしている。

 立ち寄ったコンビニで角の丸っこい和風ツナマヨおにぎりとカフェラテを購入すると、駐車場でそれを平らげる。コンビニのおにぎりって、味が濃くてやっぱり美味しい。二十三時をまわると『透明人間のオールナイトニッポン』の放送がはじまる。「透明人間」は結成十五年目のお笑いコンビ。ちょうどわたしがスプリングパークへと向かう時間帯にラジオのレギュラー放送があって、毎週ではないけれど、もう一年近く聴き続けている。ふたりの声は聴き分けがしやすいし、アニメや漫画の話が多いので気軽に聴くことができる。

 このまえ、このひとたちの姿をはじめて見た。たまたま流れていたお笑い番組に彼らが出演していたのだ。ふたりは漫才をしていた。聴き馴染みのある声が、見覚えのない身体から発されているので、なんだか妙な気持ちだった。ネタも面白かったので、わたしは笑った。

 今日は、ゲストに同期の芸人が出演しているらしい。ハシダテと呼ばれている、耳慣れないひとの声がする。すでに売れている後輩芸人の「やわらかチェス」に対するやっかみや、過度な自虐などで場を盛り上げている。

「毎日毎日、劇場にお笑いを見にきているひとって、さみしいひとじゃないですか。お金を払ってまで、だれかと寄り添いながら笑いたいって……」

 そう話す声が聴こえてきたから、わたしの操る車体は加速していた。客を馬鹿にするんだったら、いますぐ全部やめてしまえばいいのに。車内でひとりごとを言うのは心地よい。頭の中で思っているよりも、はっきりとする。車窓の外、トランクのほうへと流れていく照明の光が、オレンジ色に引き伸ばされてゆく。

 一時を過ぎた頃、インターチェンジの標識越しにライトアップされた観覧車が見えた。まだ光っているということは、閉園後の清掃が続いているということだ。スプリングパーク専用の駐車場に到着すると、すでに十台ほどの車が、駐車場のオープンを待つために料金所の前に列をつくっている。今日は特に混雑するような日でもないし、大体五時頃には駐車できるだろう。エアコンをつけたまま運転席の座席を倒すと、一度伸びをしてから、まぶたを閉じる。スピーカーからは、アナウンサーの抑揚のついた清潔な声で交通情報が流れている。

〈料金所は間もなくオープンします。もうしばらくお待ち下さい〉

 こんこん、と銀色のジャンパーを着たスタッフに窓を叩かれて起こされる。まもなく列の移動がはじまる。前の車に続いて車を動かし、料金所で駐車料金を支払う。パークの入口に近い場所を案内されたので、そこに車を停める。朝五時三十分、後部座席に放ってあったリュックを背負って入場列に向かう。始発電車が春野町駅に到着するのが五時四十五分。始発勢よりも先に列に並ばないと、車中泊をした意味がない。水平線がかすかに白く滲みだす。まだ空は暗い。速歩きで駐車場を抜けると、古き良き日本家屋をイメージした入場ゲートにたどり着く。すでに何組か入場列に並んでいたが、まだだれも並んでいないレーンを見つけたのでそこにレジャーシートを敷いて座る。先頭は、なんど座ってもうれしい。わたしのためだけに、世界がひらかれる。

 スプリングパークは夢みたい。みんなにやさしい場所だけれど、努力をした人がある程度報われる場所でもある。たくさんお金を使った人、早い時間から並んだ人には、それに見合った幸せが待っている。わたしは時間を、人生を捧げることしかできない。膝と膝の間に額をつけて、なめらかな暗闇を見つめる。

 こんこん。ここはとても寒いよ、こんこんの住んでいる泉のそばにある家みたいに、硬く透き通った、冷たい吐息で満たされている。はやく会いたいよ。ほろほろの霜のついた頬の毛を、わたしの吐息であたためてあげたい。

 こんこんは、雪のようで、湧き水のようなきつねだ。

 真っ白い毛並み、かすかにつり上がった青い目。体内を流れている水が透けて見えているのだろう。耳や鼻、しっぽの先は水色にきらめいている。足と手にある肉球は雪の結晶のかたちをしていて、さわるとすこし、ひんやりしている。スプリングパークの中にある、〈こんこんの泉〉のほとりの、ちいさな水色の屋根の家にこんこんは住んでいる。やさしくて、お団子が大好きで、ちょっとおっとりしている、かわいいきつね。

 こんこんに会うために、わたしはここにいる。

 八時半、スプリングパークがようやく開園する。和楽器で演奏された幻想的なBGMとともにゲートが開く。常に満開の桜のアーケードの下、走らないでください、と手を広げながら告げるキャストの傍らを、人気アトラクションへと向かう人々が速歩きで通り過ぎていく。わたしはその大きな波から取り残されたように、アーケードの先にある広場で佇んでいる。広場に五つある花壇の、おそらくいちばん東側のこの位置に、こんこんがやってくる。キャストは素知らぬ顔でにこにこ佇んでいるけれど、インカムでこれから登場するキャラクターたちの動線を確認しているはずだ。アナウンスがあるまで列形成をしてはいけないため、カメラを持ったオタクたちは、花壇の周りをぐるぐる徘徊している。

 わぁっと歓声とともに扉がひらき、キャストに連れられたキャラクターたちが広場へと現れた。まずはパークの主役・子犬のハルハル、次は子猫のもももも。うさぎのちくちく。たぬきのたんたん。そして、きつねのこんこん。こんこんは大きな耳としっぽをふわふわと揺らしながら、短い手足でちこちこと一生懸命こちらに近づいてくる。

 その歩き方を見た瞬間、思わずぎゅっと唇を噛み締めた。

 きょうのこんこんは、結晶じゃない。

 こんこんのたましいのことを、わたしは結晶と呼んでいた。こんこんの、うちがわに宿った、やわらかい部分。

 こんこんのきぐるみの中にいる人を、わたしは見分けることができる。その仕草や動き、わずかな身長の違い。そしてなにより、わたしと向き合っているときの、まっすぐに透き通った、溶け合っているとしか言いようのない、奇妙な感覚。

 こんこんの中の人が、いつも同じ人で、すべて結晶なわけじゃない。がっかりはしない。なんとなく、今日は結晶のいる日ではないと思っていた。ここ数ヶ月ほど、火曜日に結晶と会うことはできないのだった。だからといって、可能性がゼロではない限り、パークへ行かないという選択肢はなかった。月に三、四回ほどパークを訪れて、会うことができるのはせいぜい一回くらいだ。だからこそ、結晶に会えたときはうれしくてしかたがない。

 大きなカメラを抱えたオタクたちがわっとこんこんに群がるけれど、こんこんはそれを無視して、ふと通りがかった客にぱたぱた手を振っている。親の手を離れて、なんとなく近づいてきた子どもの頭をぽんぽんと撫でたりして、いっしょに写真を撮っている。

「やばい、塩こんこんだ」

 思わず、そう口から声が漏れた。塩こんこんは、子どもや新規客にはとってもやさしい対応をするのに、テーマパークに毎日のように訪れるキャラオタクにはとっても冷たい。わたしの最も苦手とするたましいだった。

 どうしよう。今日のわたしは、首からバズーカ砲のようなカメラをぶら下げて、こんこんの大きなぬいぐるみを抱えていて、オタクだってまるわかりだ。輪の外から、こんこんの様子を窺う。今日もこんこんは、しっぽがおおきくて、ほわほわで、かわいい。やめようって思うのに、身体が近づいていく。

「おはよう、こんこん」

こんこんに、まずはあいさつをする。

「お写真もらってもいい? がんばれーってポーズもらえないかな?」

 わたしは、聞き取りやすいように、ゆっくり、おおきな声でしゃべった。

 こんこんは、わたしの素性を一瞬で見透かしたかのように、カメラのピントを合わせるためにかがんだわたしのことを、冷たい瞳で眺めている。ふわふわの毛に埋もれたつやつやとした瞳や口元は笑っているのに、その奥に潜むまなざしがあまりにも冷たい。

「がんばれーって、してもらえないかな?」

 言わなければよかった気がする。

 こんこんは、ぴくりとも動かない。

「じゃあ、撮るね」

 シャッターを切った瞬間、ひび割れたガラスの眼球で、まぶたをつぶるようだった。

 大好きなこんこんに冷たくされると、本当に悲しくて苦しい。でも、人間だから仕方ない。人間は、いついかなるときもすこやかで、明るくあるべきだなんて思わない。完璧な人間などいない。でも、あなたはこの瞬間、こんこんなのだから。どれだけ悲しいことがあったとしても「いつでもやさしいきつね」なのだから。

「ありがとう」

冷たいこんこんに向かって手を振る。

 こんこんのたましいのおおきさにも、きっと制約があって、そう簡単に代役が見つかる環境でもないのだろう。あなたがこの瞬間、春野町に来てくれたから、わたしはこんこんに会うことができたのだ。

 こんこんは、おおきくてふさふさしたしっぽを振って去っていった。扉が閉まり、こんこんの姿が本当に見えなくなるまで見送ると、わたしはすぐさまその場を立ち去って、パレードの場所取りに向かった。竜宮城を中心にぐるりと一周、園内を練り歩くパレード。こんこんが停止するポジションの一列目がまだ空いていたので、そこにレジャーシートと小さい折りたたみ椅子を置いて、パレードが開始する十三時まで、四時間ずっと座り続ける。いわゆる〝地蔵〟と呼ばれる状態だ。楽しい乗り物や美味しい食べ物、目と鼻の先にはあらゆる誘惑があるのになにもせず、同じ場所でじっと耐えているわたしたちは、修行中のお地蔵さまということだ。

 たくさんの人々が道を行き交う、だれもかれも、みんな楽しそうで、それを見ているだけで心が満たされていく。羊水の中で眠っている赤ちゃんから、白髪のおじいちゃんおばあちゃんまで。キャラクターの耳を生やしたり、学生服を着たり、ペアルックをしたり、この空間ではなんだって赦される。こんなに幸福な場所って、ほかにあるんだろうか。お金を払っているから当たり前、だなんて、到底思えない。わたしは氷河期の、生命の気配が薄く凍てついた地球のことを思い浮かべて、その奇跡を噛みしめる。何回、この宇宙をはじまりから終わりまで繰り返したって、スプリングパークが誕生する地球はこの一回しかないと確信できる。

 足元に並べたこんこんのぬいぐるみを見て、通りがかった大学生くらいの男子グループがくすくすと笑う。おれああいう女むり、とだれかが言う。いやお前がむり、とだれかがつっこむ。真昼の空に打ち上がる花火のように、言葉はぱっと放たれて、光に滲むようにはじける。

 定刻になると、アナウンスとともにパレードがはじまった。音楽が鳴り響いて、色鮮やかなフロートが徐々に近づいてくる。膝上に動画用のカメラを設置して、先頭の桃太郎を模した桃型のフロートがどんぶらこと流れていくのを試し撮りしながらカメラの設定を調整する。

 〽ハッピースプリング ハッピー ハッピー スプリング

 こんこんが乗ったフロートが近づいてくる。氷でできたおおきな絵本の前に立って、こんこんはリズムに合わせてダンスしている。

 心臓がばくばくする。こっちを向いてほしい、と思うより先に、あなたがこちらに振り返ることをわたしはなんとなく知っている。左右にステップを踏みながら、くるり、とこんこんのおおきなしっぽが揺れる。わたしはカメラを構えながら、シャッターを切る。こんこんが、わたしのことを見ている。幸福が目の前で弾けたようだ、きらきらと、まっすぐに。

 パレードが終わると、十四時になっていた。

レジャーシートと椅子をリュックに押し込みながら、〈レイニーバレー〉に移動する。ここは水をイメージした物語が集められた、パークの中でも一際、神秘的なエリアだ。青白い庭の先には、こんこんがうまれたこんこんの泉があって、そのすぐそばに、こんこんが住む水色の屋根のちいさな家がある。

 こんこんの泉にコインを投げ入れると、願いごとが叶うと言われている。木陰のベンチまで伸びた列に並んで、家で丁寧に磨いておいた五百円玉を、水面に向かって落とす。

 

 こんこんとずっといっしょにいられますように

 

 ぽちゃん、と波紋が広がる。ちいさな泡に包まれながら、底までコインが落ちていく。この混じり気のない水から、こんこんがうまれたんだ。手を浸したら、口をつけたらどんな味がするのだろう。

 そんなことを考えているうちに、お腹が減ってきたので〈こんこん茶屋〉でこんこんのみたらしだんごを購入して、食べる。二年前までは、こんこんのかたちの海苔がついていたのだけど、今はただの四角い海苔だ。わたしは、そのこんこんのかたちの海苔を食いちぎるとき、喜びを感じていたというのに。

〈こんこんのコースター〉がほんの二十分待ちになっていたので、乗る。子ども向けの、おおきな勾配のないジェットコースター。車両の先頭にはこんこんの耳が、最後尾にはしっぽが生えている。こんこんは化けるのが得意だから、わたしたちを喜ばせるために、ジェットコースターにも化けてくれたのだ。わたしはもちろん、こんこんのしっぽが生えた、最後尾の車両に乗るのが大好き。

 夜のパレードの時間が近づいてきたので、また通路に座り込む。仕事の休み時間中に、パレードの動画を何度も見返して、ここがいいと目星をつけていた場所だ。レジャーシートに強烈な西陽が射し込む、光によって、わたしとパークの輪郭は飲み込まれてしまって、だから悲しくなってくる。矛盾した気持ちが胸を渦巻く。はやくこんこんに会いたいのに、パレードがはじまらなければいいのにって。

 きらびやかなパレードがはじまる。星よりも星のように輝く、偽物の星がばらまかれる。パレードは同じ物語を繰り返して、わたしたちの視界から消えたあとも続いている。

 気がつくと、あっという間に閉園時間になった。

 今から車を走らせれば、深夜一時には静岡の自宅に着く。

 橙色の光が降り注ぐ高速道路を走りながら、わたしは行きのラジオの内容を思い出していた。劇場にお笑いを見に来ている人は、お金を払ってまで、笑いたい。だとすれば、テーマパークに遊びに来ている人は、お金を払ってまで、幸せになりたい? お金を払ってまで夢を見たい? ほかのひとの人生は、お金を払うまでもなく、幸せで、夢があるの? この人生に対してさみしいとは思わない。でも、今、わたしはさみしいと思っている。それは、わたしという存在の居場所がスプリングパークにないということがさみしいのだ。

 

==続きはぜひ『こんこん』でお楽しみください。==

 

水沢なお『こんこん

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著者

水沢なお

1995年、静岡県生まれ。詩人。2016年、第54回現代詩手帖賞。20年、第1詩集『美しいからだよ』(思潮社)で第25回中原中也賞。ほか著書に第2詩集『シー』(思潮社)、小説集『うみみたい』(河出書房新社)。

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