ためし読み - ノンフィクション

イスラエル軍はドローンを使ってすべて監視している──45年間ガザを取材し続けた歴史学者が、戦時下に潜入、滞在し記録した『歴史学者、ガザに潜入する』無料公開[ゾーン]

イスラエル軍はドローンを使ってすべて監視している──45年間ガザを取材し続けた歴史学者が、戦時下に潜入、滞在し記録した『歴史学者、ガザに潜入する』無料公開[ゾーン]

 45年以上に渡ってガザを取材し続ける、フランスにおける中東現代史の第一人者 ジャン゠ピエール・フィリユ著『歴史学者、ガザに潜入する』の緊急出版が決定しました。

 フィリユは10代後半からガザに通い続け、アラビア語パレスチナ方言を自在に操るほどこの土地と人々を熟知する歴史学者。
 イスラエル政府による「殲滅戦争」が勃発した、2023年10月22日以降、フィリユは「ガザでハマースの罠に嵌まるな」と提言、以降も休戦を訴え続けて活動していましたが一向に解決の糸口が見えず、「死で溢れかえった現状報告と、警鐘を鳴らす分析とを14か月続けてきたのだが、それをこれ以上書き連ねていくことに、もう耐えられなくなって」(本文より)、自分が愛し、研究し続けてきた土地を、「私は目撃し、そこで生きることが必要」(本文より)との結論に至ります。

 潜入のための唯一の手段は人道支援組織の一員となること。フィリユは《国境なき医師団》のひとりとしてガザに潜入します。

 そこでフィリユが見たものとは──。
 ニュースや報道だけでは決して理解できない〈現在〉に触れるための、避けては通れない必読書から、第4章にあたる「ゾーン」を無料公開します。 

ジャン゠ピエール・フィリユ
歴史学者、ガザに潜入する
amazon楽天ブックスほか全国書店・ネット書店で販売中

 

地図1 戦争が始まる2023年10月7日以前のガザ

 

地図2 著者が訪れた2024年12月時点(戦争中)のガザ

ゾーン

 

*訳註は〔 〕で示した。

 

 私はこの1カ月を「人道地帯」で過ごす予定だ。ガザの中部と南部にまたがる数10平方キロメートルの一帯を、イスラエルはこう呼んでいる。この「地帯ゾーン」の相当部分を、沿岸部のマワッシ地区が占めており、そのなかに避難民が100万人以上詰め込まれ、テントがまさに海のように広がっている。この一帯には、デイル・アル゠バラハとハーン・ユーニスという二つの市街地の一部が含まれている。ハーン・ユーニスの被害は、デイル・アル゠バラハよりも明らかに甚大だ。私の滞在するマワッシ地区南部からは、ラファを狙って続く集中爆撃の光景が、何も遮るものなく見える。まだ立ったまま持ちこたえている最後の建物群も含めて、ラファはエジプト国境まで、陸と海からの爆撃に晒されているのだ。

「ガザ地区に安全な場所は一つも存在しない」。様々な人道支援組織が、何カ月もまえから繰り返し主張してきたことだ。包囲されたガザにいると、この言葉の意味が完璧に実感できる。イスラエル軍ドローンの執拗な唸る音は、止むことのない攻撃が生み出す音のパレットのなかの一つにすぎない。ガザの子どもたちは、空に飛ぶF16戦闘爆撃機やヘリコプター・アパッチを、誰が最初に見つけられるかといって遊び、時には発見したふりをしてふざけている。子どもたちは砲弾の衝撃、機関銃の掃射、超低空を飛行する軽量ドローンの攻撃のことなら何でも知っている。こうした爆発音や銃声が、夜明けまえの鶏の鳴き声や規則正しい波の音に溶け込んでも、子どもたちの不安が和らぐはずもない。

 若者や、もう少し年配の人たちは、距離について非常に相対的に考えている。自動小銃の掃射音が響くと、まばたき一つせずに「遠い」と口にする。「遠い」というのは数百メートル先のことで、200メートルしか離れていないこともある。また、葬儀の際に〔空に向けて〕発砲することもあって、地元の表現で「身内の揉めごと」とも呼ばれる。流れ弾のリスクもあるのだが、流血の事態というよりはデモンストレーションとしての意味合いが強い。その一方でイスラエル軍の攻撃があると、民間救護隊〔救助、消防、救急搬送などを担う組織。「民間防衛隊」ともいう〕の警報がすぐさま一斉に鳴り響き、住民たちは携帯電話を取り出して近しい人が無事かどうかを確認する。一つ惨劇が起こると、情報がすぐさま駆け巡るその迅速さは驚くべきもので、やや遅れてソーシャル・ネットワーク上に映像が拡散される。

 

 2007年にイスラエルが封鎖を強行して以来、ガザ地区は「天井のない世界最大の監獄」(*1)とずっと呼ばれてきた。しかも365平方キロメートルのこの監獄は、当時すでに人口密度が大変高かったのだが、そこからさらに領土の一部がもぎ取られたのだ。なぜならイスラエルが、国境に沿って300メートル幅の緩衝地帯を設置したからである。2018年春の「帰還の行進」の際に、デモ隊はイスラエルの設置した隔離壁に向かって歩いたが、辿り着くことはなく数十人の死者と数千人の負傷者が出た〔2019年末までに210人以上が殺害され、負傷者は36,000人を超えた〕。ガザでは脚の切断手術の件数が前例のない規模になった。そしてガザじたいも、2008-2009、2012、2014年に起こったハマースとイスラエルの一連の衝突で損傷していった。

 それにもかかわらず、ガザの女性たち男性たちは、この灰色の歳月を「素晴しき日々」、アラビア語を直訳すると「甘美な日々」として想起している。というのも2023年10月7日以降、ガザ地区は徹底的に壊滅させられ、圧倒的多数の建物が破壊されるか損傷を受けたからだ。攻撃開始から6日後、イスラエル軍はガザ市とガザ北部の住民100万人以上に対して退去勧告を出した。だが、爆撃の半数近くは、「安全」(*2)であるとされた中部一帯を襲ったのだ。そのせいで少数の市民は、ガザ地区北部を離れるのを思い留まることになった。その一方で、大勢の他の人々はガザ中部から南部へと向けて避難した。イスラエルの設けた国境沿いの緩衝地帯が、〔300メートルから〕1キロメートル幅に広げられたことで、ガザ地区の面積の15%が切り取られた。緩衝地帯に近づくことは禁じられており、違反すれば殺害される。

 イスラエル軍は3週間に渡る爆撃という極限的暴力を振るったのち、2023年10月27日にガザ地区の地上占領を再開した。この時点ですでに、150万人近くの住民が家から強制退去させられていた。避難民の半数は国連の敷地に逃れており、収容可能人数の3倍まで膨れ上がった。10万人以上の市民が病院、教会、公共施設に身を寄せるとともに、およそ同数の人々が学校に避難した。その他の数万人は路上で寝ることを選び、国連の敷地のすぐ近くに身を寄せた。国連が安全の担保になると、誤って信じていたのだ(*3)。1日分のパンの配給を受け取るのに平均して5時間。ガザで操業していた最後の製粉工場が破壊されたためだ(*4)。

 2023年12月1日、1週間の停戦が終わった時——15カ月間〔2023年10月から2025年1月まで〕に渡る戦闘で、唯一行われた停戦である——、イスラエルが引っ張りだしてきたのは、半世紀まえに作成されたガザ再整備計画だった。それによれば、ガザ地区は620箇の「ブロック」に分割され、支離滅裂な仕方で番号を割り振られる。ブロック1と2がブロック20と2363に隣接し、ブロック50は219と隣り合い、ヌセイラート難民キャンプはブロック662と2325に分断される。これをもとに、ガザ住民は次々にやって来る最後通牒にしたがって、升目から升目へと常軌を逸した石けりゲームのように強制退去させられるのだ。1つのブロックや複数のブロックに居住する住民は、ソーシャル・ネットワークやショート・メッセージによって、さらには戦闘機からばら撒かれるビラによって、「攻撃予告」を受け取る。標的にされた市民に、決断の時間はほとんど残されていない。だがこの決断に、自分自身と家族・親族が生き延びられるかが左右されてしまう。というのも退避することが、最も安全な選択とは限らないのだ。使われている地図が不正確だったり、データが支離滅裂であったり、避難経路が炎に包まれたりすることも多い(*5)。

 イスラエル軍は容赦なき破壊とともに、ガザ地区を真っ二つに分断する「ネツァリーム回廊」(*6)を徐々に拡大していった。それによってイスラエル軍は、南北に縦断する2本の主要道路、すなわち沿岸道であるアル・ラシード通りと、エジプト国境のラファ検問所に通ずるサラーフッディーン通りを、どちらも遮断したのである。侵略軍が「人道回廊」と呼ぶこの2本の道路は、南部に強制追放された大勢の人々の通るルートとなっている。パレスチナ市民は、いったん北部から南部へ行くともう戻れない。それに、イスラエル軍の設置した警戒線を越えるのは、特に成人男性にとって大変危険だ。顔面認証やご都合主義的な嫌疑で連行されたり、尋問されたり、さらには拘禁されたりするリスクがあるのである。ガザ地区南部から北部への移動が許可されるのは、国際支援組織と人道支援スタッフだけだ。

 すでに2024年初めの段階で、ガザ人口の85%がガザ内部で強制退去させられていた。爆撃のせいで、時には何度も避難せざるをえない。さらに苛酷な事態をもたらしたのは、イスラエルが5月6日に行った〔ガザ南部の〕ラファ攻撃である。エジプト国境の検問所が閉鎖され、ガザ住民210万人が罠のなかに囲い込まれたのだ(*7)。イスラエル軍はエジプト国境沿いの一帯を、12キロメートルに渡って奪い取った。同軍が「フィラデルフィ回廊」と呼ぶ一帯だ〔「フィラデルフィ」は「兄弟愛」の意〕。強制退去させられ、エジプト国境付近で保護を求めていた大勢の人々が、ラファでの苛酷な戦闘で狩りの標的となり、今度は北へ向かうことを余儀なくされた。

 2024年夏のあいだ、イスラエル軍は自分たちの支配の手から逃れてきた領土を齧り取ってゆき、そのたびに退去命令を出して住民を追放していった。国連の地図上で戦闘地域を示す濃いピンク色のエリアは、いまや数キロメートル幅に広がったネツァリーム「回廊」とフィラデルフィ「回廊」を呑み込みながら容赦なく拡大している。戦闘地域と同じくらい広い面積を占めるのが、淡いピンク色の一帯だ。退去命令を出すことで、軍事作戦が行われているという事実が覆い隠されている地域である。国連の地図上でまだ白色のエリアでは、人道支援組織は移動の際にイスラエル占領軍に「通知する」ことを義務づけられている。イスラエル軍はドローンを使ってすべて監視している。なお、ピンク色の地帯のなかをわずかでも移動するには「調整」が不可欠であり、その時々の担当士官の恣意的な決定に委ねられている。

 

 いまや100万人以上の人々が、マワッシで窮境に追いやられている。15キロメートルに渡る沿岸部のマワッシ地区を、イスラエルは「人道地帯」と定義し、安全だとしている。マワッシは、今世紀初頭には千人程度の住民が暮す町にすぎなかった。周囲をイスラエル人入植地に囲まれ、他の地域のガザ住民は近づくことを禁止されていた。マワッシの住民でさえ、海のほうに降りていった先にある入植者専用のビーチに立ち入ることはできなかった。2005年にイスラエルが撤退すると、占領の終わった広大な空間が残された。その20年後、侵略軍は「浄化」すべき都市圏の住民を、この「グリーン・ゾーン」に追放することにしたのである。住民の悲嘆の声で澱むこの一帯は、戦闘の状況に応じて伸び縮みしており、人口密度は一平方キロメートルあたり3万人を超える。2023年10月には、1,200人だったのと比較してみてほしい(*8)。2024年5月から11月にかけて、イスラエルはこの一帯を60回爆撃し、そのたびに「テロリスト」(*9)を標的として狙ったと主張している。

 だがイスラエルは、米国政府ワシントンが苛立ちを示しさえすれば、封鎖を緩めることに同意するのだ。2024年10月13日、米国の国務長官と国防長官はイスラエル政府に対して、30日以内にガザの人道状況を改善するよう勧告し、従わない場合は、米国による様々な支援を再検討するとした。すぐさまイスラエル軍は「人道地帯」を東側に拡張し、ガザ地区の13%から19%に広げると発表した。こうした拡大をしたところで、避難民のごく一部が、ハーン・ユーニスの幾つかの地区に戻れるようになるにすぎず、しかもそれらの地区の大半は壊滅させられているのだ(*10)。だが米国の指導者にしてみれば、たかだかこれだけのことをすれば、イスラエルによる人道義務の順守にお墨付きを与え、新たな武器供与の道を開くには十分なのである。

 こうしたお墨付きを与えること、それはイスラエルによるガザ戦争を、米国が実質的に無条件で支援していることに、さらなる汚点を一つ追加するにすぎない。2024年末に発表された国連による人道的破局にかんする報告には、めまいを覚えざるをえない(*11)。住宅用建物のうち87%(411,000棟)が、全面的に破壊されるか(141,000棟)、激しくないし部分的に破壊されている(270,000棟)。80%以上の商店と、道路網の3分の2が使用不能である。190万人の女性、男性、子どもが、一度か二度の避難を強いられている。国境なき医師団の現地スタッフ800人へのアンケートでは、平均して5回の相次ぐ避難という結果が出ている(*12)。強制退去させられた100万人近い人々には冬の寒さをしのぐ装備がなく、50万人は調査が行えない区域に留まっている。応急的な避難所ではガザ難民1人あたり、平均して1.5平方メートルの空間しかない。そう、1.5平方メートルだ。

 しかも人道支援組織によって粘り強く集められたデータの向こうには、裸足の子どもたちが屋外のゴミ捨て場を漁っているという現実がある。風雨に晒されて揺れるテントは、天井の代わりになるものをただの箒で支えており、ひっきりなしに水漏れが起こる。トイレ代わりに砂に掘られた穴のまわりを囲っているのは簡単な防水シートだけで、プライヴァシーの保護といっても気休めでしかない。テント脇に急ごしらえで掘った家庭用の井戸には、鍋とヒモが結わえられていて、日常的に使用する最低限の需要を満たしている。悩ましい湿度のせいで乾かない下水が澱み、悪臭が漂う。隣人を選ぶことはほぼできず、隣近所とあまりに接近していてとても騒がしいうえに、非常に人数が多いので不安もある。恨みや諍い、不満や嫉妬のもとになる噂が広まることもある。こうした日々が、未来の展望の見えぬまま引き延ばされてゆくのだ。繰り返し何度も先延ばしにされてきた休戦を、じりじりと待ち焦がれながら。

 けれどもここに生きる女性たち男性たちは、身をかがめ屈服するよう何度強いられたとしても——家族で暮すテントに入るために身をかがめ、日々身体を洗うためにバケツの下に身をかがめ、一度、二度、三度、四度、五度と繰り返される避難のたびに身の回りの荷物を担ぐために身をかがめ、集中爆撃と一斉掃射の際にみずからの身を守り最も弱い人たちを守るために身をかがめたとしても、そう、女性たち男性たちは、繰り返し何度でも更新される奇蹟の一種によって、朝が来るたびにできるかぎり身だしなみを整え、尊厳を保ち、身をまっすぐ持し、慇懃で、時には微笑みさえ浮かべるのだ。まるでガザという果てしなき悪夢ではなく、静穏な現実からやって来たかのように。

 

*1 たとえば、クウェートの日刊紙『アル゠カバス(Al-Qabas)』紙、2009年2月11日付に掲載されたニコラ・サルコジ〔当時のフランス大統領〕のインタビューを参照。

*2 2023年10月7日から28日までに、イスラエルの行った1,028回の空爆のうち、426回がワーディ・ガザ南部を標的としていた。しかしガザ北部の住民は、当のワーディ・ガザに避難するよう推奨されてきたのである(Forensic architecture, « A spatial analysis of the Israeli military’s conduct in Gaza since October 2023 », 25 octobre 2024, p. 178〔フォレンジック・アーキテクチャ「2023年10月以降のガザにおけるイスラエルの軍事行動の空間分析」、2024年10月25日、178頁〕)。

*3 United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs (OCHA), « Reported impact snapshot, Gaza », 29 octobre 2023.〔国連人道問題調整事務所(OCHA)「影響報告概要、ガザ」、2023年10月29日〕

*4 この製粉工場は2023年11月15日に破壊された。OCHA, « Hostilities in the Gaza Strip and Israel, Reported impact », 23 novembre 2023.〔OCHA「ガザ地区での戦闘とイスラエル 報告概要」、2023年11月23日〕

*5 Forensic architecture, « A spatial analysis of the Israeli military’s conduct in Gaza since October 2023 », op. cit., p. 201 et 531.〔フォレンジック・アーキテクチャ「2023年10月以降のガザにおけるイスラエルの軍事行動の空間分析」、前掲論文、201、531頁〕

*6 この「回廊」の名前〔ネツァリーム〕は、宗教的着想にもとづく入植地名に由来する。同入植地は1972年に創設され、2005年のイスラエル撤退まで存続していた。

*7 2023年以降、複数の仲介業者に目玉の飛び出るような金額を支払ってエジプトに逃げた民間人は、およそ10万人に上ると見られる。

*8 OCHA, « Humanitarian situation update 206, Gaza », 19 août 2024.〔OCHA「ガザ人道状況最新報告 #206」、2024年8月19日〕

*9 Benedict Garman et Richard Irvine-Brown, « Gaza “humanitarian zone” struck almost 100 times since May, BBC Verify finds », BBC, 15 janvier 2025.〔ベネディクト・ガーマン、リチャード・アーヴァイン゠ブラウン「ガザの「人道地帯」、5月以降に約100回攻撃 BBC検証チームによる新事実」、BBC、2025年1月15日〕

*10 Refugees International, « Israel Fails to Comply with U.S. Humanitarian Access Demands in Gaza », 12 novembre 2024.〔国際難民協会「イスラエル、米国のガザ人道支援アクセス要求に従わず」、2024年11月12日〕

*11 OCHA, « Reported impact snapshot, Gaza », 17 décembre 2024.〔OCHA「影響報告概要、ガザ」、2024年12月17日〕

*12 Médecins sans frontières (MSF), « Gaza, life in a deathtrap », 19 décembre 2024, p. 21.〔国境なき医師団(MSF)「ガザ、死の罠に嵌まった命」、2024年12月19日、21頁〕

 

 

==続きは『歴史学者、ガザに潜入する』でお読みください。==

 

ジャン゠ピエール・フィリユ『歴史学者、ガザに潜入する
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ジャン゠ピエール・フィリユ(Jean-Pierre Filiu)

1961年生まれ。パリ政治学院教授。専攻、中東近現代史。1988年から20年近くフランス外務省に勤務。現在、『ル・モンド』紙で時評「かくも近いオリエント」を執筆。日本語訳のある著書に、『中東世界の中心の歴史395年から現代まで』(鶴原徹也訳、中央公論新社、2024年)。主な著書(いずれも未訳)に、『ガザの歴史』(2012年)、『アラブ人、その運命と私たちの運命』(2015年)、『乗っ取られたイスラエルネタニヤフとシオニズムの夢の終焉』(2019年)、『いかにしてパレスチナは失われたか、なぜイスラエルは勝利できなかったのかある紛争の歴史(19-21世紀)』(2024年)などがある。

堀千晶(ほり・ちあき)

1981年生まれ。現在、立教大学ほか兼任講師。専攻、フランス文学。主な著書に『ドゥルーズキーワード89』(共著、せりか書房、増補新版、2015年)、『ドゥルーズ思考の生態学』(月曜社、2022年)、『《知の革命家たち》ジル・ドゥルーズ思考のイメージ』(水声社、2026年)。主な訳書にジル・ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介』(河出文庫、2018年)、ロベール・パンジェ『パッサカリア』(水声社、2021年)などがある。

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