ためし読み - 新書

【『オデュッセイア』映画大ヒット!】映画の予習にピッタリ!『『オデュッセイア』入門』重版を記念してためし読みを無料公開!

【『オデュッセイア』映画大ヒット!】映画の予習にピッタリ!『『オデュッセイア』入門』重版を記念してためし読みを無料公開!

『『オデュッセイア』入門』

松村一男 著

沖田瑞穂 補章

 

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【映画『オデュッセイア』大ヒット上映中!】

鑑賞前の予習や振り返りにぴったりな一冊をご紹介!

 

『オデュッセイア』入門書の決定版、河出新書『『オデュッセイア』入門』は、映画公開前から売れ行き好調!早くも重版が決定しました!

映画公開・重版決定を記念して、本書より第一章をためし読み公開いたします! 

知恵の英雄の奇想天外な放浪の旅路は、なぜひとびとを惹きつけるのか?その奥深い魅力と謎、張り巡らされた仕掛けを読み解く、かつてない『オデュッセイア』入門書です。

ぜひお読みくださいませ。

 

 

 

 

***

第一章     オデュッセウスという英雄
 

盲目の吟遊詩人、ホメロス
『オデュッセイア』の冒頭は、「ムーサよ、あの男のことを私に歌わせてください」と始まっている。この作品と『イリアス』の作者は盲目の吟遊詩人ホメロスとされてきたが、実は、現在でも不確実である。『オデュッセイア』と『イリアス』は共にトロイ戦争についての叙事詩だし、使われている詩形、文体、言語なども似ているので、ギリシア時代からすでに同一の詩人の作品とされてきた。しかしこれについては今でも議論が行われている。作者は一人ではないとか、二つの作品の作者は別々だとか、作者は女性だなど、諸説紛々である。たしかに、これら二つの長大な叙事詩がまだ文字がなかった時代に一度に一人の詩人によって創作されたと考えるのは難しい。おそらく、トロイ戦争について何代にもわたる詩人たちが創作し、伝えてきたものがある時期に二つの作品としてまとめられたのだろう。その最終的に編纂をした詩人が一人だったのか、複数だったのかは決め難いが、二作品が別人によってまとめられたという証明もなされていない。
 ホメロスは実は女性であるという奇抜な説もあるが、これはシェイクスピアが実は女性だったというのと同じで、それぞれの時代の社会状況、特に女性が置かれていた地位を考慮すれば、成り立ちにくいだろう。結局、ここでは大方の意見にならって、二つの叙事詩を最終的な形にまとめたのは一人の(男の)吟遊詩人であり、彼はホメロスと呼ばれていた、としておこう。
 しかし作者より大事なのは、この物語が最初に「ムーサよ」と呼びかけていることだ。正確にいえば、学芸の女神である九人のムーサたちに呼びかけている。これは、詩人がムーサから霊感を受けて話し始めるという宣言なのだ。つまり自分が勝手に作ったものではない、女神が教えてくれた正しい真実の物語であるというのである。
 
武力ではなく知恵の英雄
『オデュッセイア』の主人公であるオデュッセウスは、ギリシアのペロポネソス半島の西側、つまりイタリア側のイオニア海にある小島イタケの王であった。王といっても、本土にある有力な国の王ほどの権力はない。しかし彼は、トロイ戦争に参戦し勝利をおさめた英雄であった。それも、彼が英雄として名を残すのは、武力ではなくその知恵によってである。
 彼の知恵の由来は、その家系に求めることができる。父親はやはりイタケ島の王であったラエルテス、母親はアンティクレイア。後世の伝承は、オデュッセウスの知恵がもっぱら母親の血筋に由来するものとして次のような誕生譚を伝えている。
 アンティクレイアの父はアウトリュコスであり、その父は神々の伝令、魂の冥界への導者、そして盗みの名人であるヘルメスであった。アウトリュコスは父である神、ヘルメスから盗みの術を教えられており、ある時、「人間の中で最も狡猾こうかつ」とされるシシュポスから牛を盗み出した(ちなみに、父のヘルメスは生まれてすぐの赤子の時に、兄のアポロンからやはり牛の群れを盗み出している)。ところがこれがシシュポスに見つかってしまう(ヘルメスもすぐに見つかってしまった)。シシュポスは仕返しに、アウトリュコスの娘アンティクレイアがラエルテスと結婚する前夜に密かに(あるいはアウトリュコスの許しを得て)アンティクレイアと交わり、その結果としてオデュッセウスが生まれたというのである。
 つまりオデュッセウスの知恵と狡猾さは、本当の父親(シシュポス)、母方の祖父(アウトリュコス)、曾祖父(ヘルメス)譲りだというのだ。なお『オデュッセイア』の冥界下りでオデュッセウスが出会う冥界の罪人の中にはシシュポスもいる(第11書)。
 オデュッセウスが知恵の英雄であることは、まずトロイ戦争での活躍で示される。有名な「トロイの木馬」の策略である。トロイ戦争において、オデュッセウスが属するギリシア軍が手詰まりになった局面で、オデュッセウスはギリシア勢が撤退すると見せかけ、巨大な木馬だけを残すことを提案する。その中には、オデュッセウスをはじめとするギリシア側の英雄たちが潜んでいた。トロイ勢はギリシア軍が去ったと信じて木馬を城内に引き入れ、戦争が終わった祝いをする。しかしその夜、木馬から兵が現れ、城内に火を放ち、城門を開け、隠れていて戻ってきたギリシア軍を引き入れる。こうしてトロイは滅亡し、ヘレネは夫メネラオスによって取り戻される(クイントス・スミュルナイナス『ホメロス後日譚』)。
 この有名な「トロイの木馬」の奇計を考えだしたことが、トロイ滅亡の決め手となった。オデュッセウスは、このように同じくトロイ戦争で活躍したアキレウス、ディオメデス、大アイアスなどの武力一本の多くの英雄たちとも、王としてのアガメムノンやアレクサンドロスとも異なるタイプの英雄である。イタケという小さな島の領主(王)に過ぎない彼が他の英雄たちに勝るのはその知恵(ギリシア語でメティス)によってである。知恵を使って、襲いかかるさまざまな危機を脱していくのだ。
 ちなみに、第19書によれば、オデュッセウスという名前は母方の祖父のアウトリュコスがつけた。彼は人々を欺いてきて、憎まれているので、「憎まれてきた」(オイデュサメノス)から、孫にオデュッセウスという名をつけたというのだ。これについて岩波文庫版の訳者の松平千秋は注において、「憎まれっ子」くらいの感じではないかとしている。災いを避けるために意図的に悪い名前をつけることがあるので、それかも知れない。しかし策士の系譜の子孫であることを考えるなら、よく特徴を表した名前ともいえる。
 さらに付け加えれば、「オデュッセウス」という名前の形はイオニア地方の方言であり、ホメロスに特徴的な表記である。他の文書では「オリュッセウス」、「オリュッテウス」という形でも登場する(アッティカ地方やドーリス地方の方言)。ラテン語では「ウリクシス」(ウリクセイスという形もある)で、そこから英語では「ユリシーズ」という形になった。「オデュッセウス」からすぐに「ウリクセス」への変化は理解しがたいが、イタリア半島南部にあったギリシア人植民地での方言形が「オリュッセウス」であったからだと思えば、理解しやすいだろう。ただし、本文で「憎まれっ子」から説明しているとしても、それは民間語源説であろう。言語学者には非ギリシア語説を採る者が多い。
 
語り継がれるトロイ戦争伝承
『オデュッセイア』を人々が聴いて理解できたのは、トロイ戦争の物語や登場する英雄たちについてあらかじめある程度のことが知られていたからであろう。本筋に入る前に、まず『オデュッセイア』の物語の開始時点であるトロイ戦争について、『オデュッセイア』以前から語り継がれていた物語を説明しておきたい。
 ギリシアと小アジア半島の都市トロイ(トロイアとも)との間に叙事詩の語るような戦争が実際にあったのかは定かではない。確かに一九世紀にドイツの実業家、考古愛好家のハインリヒ・シュリーマン(1822-90)がトロイと思われる遺跡を発見し、その中のある時代の地層には火災の跡が認められている。しかしそれが「ギリシアとトロイの間の戦争」のものだったのかは定かでない(クライン、2021)。したがって、ここではこの戦争の叙事詩について、それが本当かどうかという問いは行わず、叙事詩作品としての魅力を伝えていくことにする。
 これは、たとえば『旧約聖書』の冒頭の「創世記」や「出エジプト記」の場合と同じである。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセたちはいたか、エジプトからのイスラエル民族の大脱出はあったのか、海は割れたのか、40年間人々はシナイ半島を放浪し続けたのかなどについて、考古学や歴史学からの証拠は見つかっていないのだから、やはり物語として理解するしかない。それと状況は同じである。
 
ゼウスの双子たち
 トロイ戦争の叙事詩で語られるのは、このような物語だ。まず、最高神ゼウスがスパルタ王テュンダレオスの妻レダを見初めた。そして白鳥の姿となってレダと交わった。その結果については複数の説がある。一説ではレダは二つの卵を産み、それぞれから男女の双子が生まれた。ヘレネ、クリュタイメストラの姉妹とカストル、ポリュデウケスの兄弟である。兄弟は「ゼウスの子たち」を意味するディオスクロイという別名でもよく呼ばれる。また星座のふたご座(ジェミニ)は彼らの天上での姿とされる。
 しかしここで一つ疑問が生じる。ヘレネは「絶世の美女」と言われているのに、姉妹のクリュタイメストラはそうは言われていないのだ。そこで、クリュタイメストラの方はゼウスではなくスパルタ王テュンダレオスの子とする説もみられる。
 クリュタイメストラはミュケネ王アガメムノンと結婚する。他方、ヘレネにはギリシア中の王たちが求婚にやってきて、なかなか相手が決まらない。そこで求婚者の一人で知恵者であるオデュッセウスが、ヘレネ自身が結婚相手を選ぶこと、求婚者たち全員は彼女の選択に異を唱えないこと、そしてもし彼女に何か起こった場合には全員で救出に駆けつけること、という提案を行い、全員が賛成して誓いを立てた。そしてその後にヘレネはアガメムノンの弟のメネラオスを夫に選んだ。そしてメネラオスはスパルタの王となる。
 つまりヘレネとクリュタイメストラ姉妹はメネラオスとアガメムノン兄弟と結婚し、それぞれの夫がミュケネとスパルタの王となったのである。
 
争いを招く女神の贈り物
 次に物語の主要人物であるアキレウスの誕生の前段階として、アキレウスの父母であるペレウスとテティスの結婚の話が語られる。ゼウスとポセイドンはともに海の神ネレウスの娘テティスを妻にと望んだが、掟の女神テミスから、生まれてくる男子は父より偉大になるとの予言を受けたので、ゼウスは彼女を人間に嫁がせることにする(ポセイドンと結婚はさせたくなかったのだろう)。
 その結果、テティスはペレウスと結婚することになった。この女神と人間の結婚式には神々も参列したが、ただ一人招待されなかったのが争いの女神エリスである。これに怒ったエリスは祝賀の場に現れると、「最も美しい女神に」と言って黄金のリンゴを投げ入れた。これを巡ってゼウスの妻ヘラ、ゼウスの娘アテナ、そして愛と美の女神アフロディテの三女神が名乗りをあげた。ゼウスは自ら審判するのを避けて、プリュギア(今のトルコがあるアナトリア半島の中央部)のイデ山で羊の番をしていたパリスに審判役を任せた。パリスは実はトロイの王子だったが、国を亡ぼすという予言が誕生時にあり、捨て子とされ、羊飼いのもとで育っていたのである。
 三女神はそれぞれ贈り物によって自らを選ぶように誘った。ヘラは全世界の王にするとし、アテナは無敵にするといい、アフロディテは最も美しい女性を与えるとした。そしてパリスはアフロディテを選んだのだが、贈り物の最も美しい女性とは、すでに人妻のヘレネだった。
 パリスはその後、トロイの王子の身分が認められ、アフロディテのたすけも受けつつ、スパルタを訪れて、メネラオス王と妃のヘレネのもとに滞在する。メネラオスが親戚に当た
るクレタ島の王の葬儀に出かけると、その隙にパリスとヘレネはトロイに駆け落ちしてし
まう。
 この事態に対して、メネラオスはかつてヘレネが夫を選ぶ時に求婚者たちが立てた誓いを実行するように求める。そして兄のアガメムノンを総大将として、トロイへの遠征軍を組織しようとする。しかしもちろん、皆が喜んでそうしたのではない。オデュッセウスは息子テレマコスが生まれたばかりでもちろん参加はいやだったが、かつて自分が提案した誓いなので、断ることはできなかった。
 こうして何百そうにも上るギリシアの船団がトロイに向かい、戦争が始まった。しかしトロイの城塞は頑丈で戦争に決着はつかず、10年の月日が流れる。
 
ギリシア最大の英雄、アキレウスの死
 戦いの10年目の最後の50日ほどのところから『イリアス』という叙事詩は始まっている。ギリシア側の最大の英雄アキレウスは、トロイから奪ってきた捕虜を愛人にしていた。しかしこの女性をギリシア側の総大将アガメムノンが求めたことから、怒ったアキレウスは戦場に出ることを拒否してしまう。すると最大の英雄を失ったギリシア勢は当然ながら総崩れとなる。アキレウスの親友パトロクロスはこの危機的事態を打開するためにアキレウスからよろいかぶと一式を借りて、あたかもアキレウスであるかのように見せかけて戦場に出て、ギリシア勢を鼓舞しようとするが、逆にトロイの総大将ヘクトルに討ち取られてしまう。親友の死を知ったアキレウスは激怒し、親友の敵討ちのために出陣し、ヘクトルを討ち取る。
 その後、アキレウスはアポロン神の制止を振り切ってトロイへの攻撃を続けたためにアポロンの怒りを買い、神の矢に射抜かれてトロイの城門の前で息絶える。別のより知られている伝承によれば、唯一の弱点がかかとである(「アキレスけん」)ことがトロイア側に知られ、パリスに踵を矢で射抜かれて亡くなったとされる。
 
戦争終結と長い凱旋の始まり
 ギリシア軍が窮地に立たされたこの局面で、オデュッセウスによる「トロイの木馬」作戦は行われた。この策略が見事にはまり、トロイは滅亡し、ヘレネは夫メネラオスによって取り戻されたのだ(『ホメロス後日譚』)。ここまでが、トロイ戦争の伝承である。
 こうしてトロイ戦争の英雄となった知恵の英雄オデュッセウスだが、彼の受難と『オデュッセイア』の物語はここから始まる。トロイが滅んだ後、他の英雄たちと同様オデュッセウスも仲間の船とともに故郷への凱旋がいせんを目指した。しかし彼は海の神ポセイドンの呪いによって放浪を宿命付けられてしまう。
 原因は後で詳しく述べるように、オデュッセウスたちがポセイドンの子である一つ目巨人ポリュペモスの目を潰して島から脱出したことであった。その際にオデュッセウスは自分の名前を明かすという致命的なミスを犯してしまう。その結果、ポリュペモスは父のポセイドンにオデュッセウスらを罰することを願い、オデュッセウスの一行はいつ終わるとも知れない危険な放浪の航海を続けなければならなくなる。『オデュッセイア』は、華々しい戦場の英雄譚ではなく、戦いを終えた後の生死をかけた「帰還の物語」なのだ。
 
普遍的な家族の神話
 帰還の物語であると同時に、『オデュッセイア』は家族の神話でもある。事実、故郷に帰還するためのオデュッセウスの奮闘は前半で終わる。後半からは、何とか故郷イタケに帰り着いたオデュッセウスが、妻ペネロペイアに群がる求婚者を払い除け、家族を再生する物語となっている。
 私は、自己紹介で世界の神話を比較研究していると言うと、では世界中のどの神話が一番好きですかとよく尋ねられる。その時には必ず『オデュッセイア』が私にとってベストな神話ですと答える。その理由は簡単にいえば、時代や文化の違いによって限定されない普遍的なテーマが取り上げられているからである。そのテーマこそが、「家族」である。
 人間社会は、否、動物の社会においても、「家族」が社会の構成要素だ。その重要性は論をたない。しかしお題目のように「家族は社会の根幹で大事です」と言ったところで、陳腐で誰も気にも留めないだろう。それを、人々を夢中にさせるような物語に仕立て上げて、感動とともに納得させるのが、『オデュッセイア』という作品の凄いところだと思うし、個人的にベストの神話として推す理由なのである。
 家族の物語は主人公だけでは成り立たない。神話においては、まず妻と子がいて最小単位としての「家族」ができる。オデュッセウスの妻はペネロペイア、そして息子はテレマコスである。この二人についても紹介しよう。
 
妻ペネロペイアと息子テレマコス
 妻であるペネロペイア(ペネロペともいう)の系図も、オデュッセウス同様に興味深い。父のイカリオスはスパルタ王テュンダレオスの弟。水のニンフのペルボイアを妻として、ペネロペイアとその他の子をもうけた。ここで注目すべきなのは、ペネロペイアの父の兄のスパルタ王テュンダレオスの妻がレダだという点である。ゼウスはレダに魅惑され、白鳥の姿になってレダと交わったという神話は先にも紹介した。そしてレダは卵を産み、その中から生まれたのがトロイ戦争の原因となった美女でスパルタ王メネラオスの妻のヘレネ、そしてヘレネの姉妹(双子?)クリュタイメストラである。彼女はメネラオスの兄弟でミュケネ王アガメムノンの妻となった。つまり彼女ら姉妹の名目上の父はテュンダレオスということになる。
 ヘレネとクリュタイメストラについては後述でも取り上げる機会があるが、ここで覚えておいてほしいのは、オデュッセウスの妻のペネロペイアもこの二人の女性と従姉妹(男親が兄弟)関係とされている点である。『オデュッセイア』では最初の方にオデュッセウスの息子のテレマコスが父の消息を尋ねてスパルタに行き、王メネラオスと妃ヘレネと対面する場面があるが、実は彼らは母方の親戚関係という設定なのだ。
 もちろんこの話が詠唱されるのを聴いていた聴衆のどれ程がこの関係の伝承を知っていたかは分からない。しかしギリシア神話がかなり細部まで注意深く作り込まれていることは、納得してもらえるだろう。
 ペネロペイアはトロイ戦争の原因となった絶世の美女ヘレネの従姉妹なのだから、彼女もまた大変な美人という設定のはずだ。そして知恵の英雄オデュッセウスが妻に見込んだのだから、ペネロペイアもまた大変な知恵の持ち主とされていたはずだ。夫が20年間不在でも、夫の帰還を信じて、貞節を守って家産を監督し、息子を育て、求婚者たちを言葉巧みにはぐらかし続ける。ペネロペイアもオデュッセウスに引けを取らない魅力的なキャラクターである。
 テレマコスはというと、オデュッセウスは彼が生まれてすぐにトロイ戦争に出陣してしまったので、20歳になっても父を知らない。『オデュッセイア』では彼は父の行方を探して父を知る人々を訪ねる旅に出て、結局会うことはできないが、その旅によって後に父と再会する準備ができ、一人前の大人になって故郷に戻ってくる。そして帰還した父と再会すると、力を合わせて求婚者たちを退ける。
 
対比されるさまざまな「家族」
 このように『オデュッセイア』は、この家族のもとにオデュッセウスが帰還する道のりの物語であり、息子テレマコスが父を探す物語であり、帰郷したオデュッセウスが家族を再生する物語なのだ。
 しかしこの家族の特徴をはっきりさせるためには、対比的なもう一つの家族が要請される。それがトロイ戦争のギリシア軍の総大将である都市国家ミュケネの王アガメムノンとその家族だ。こちらの妻はクリュタイメストラ、そして子供は姉のエレクトラと弟のオレステスである。
 物語の中には他にもいろいろな家族が登場する。それらそれぞれを、オデュッセウスやアガメムノンの家族と対比すると大変面白いので、後段では、彼らについても言及することにしたい。
 ここまでで、『オデュッセイア』が知恵の英雄を主人公としている点で、他の英雄譚と一線を画することが伝わっただろう。なおかつ、これが戦争叙事詩ではなく、時代を超えて普遍的な家族の物語であるという主題も確認できた。次の章からは、いよいよ実際にオデュッセウスが辿った受難の旅を時系列で見ていきたい。

 

***続きは『『オデュッセイア』入門』でお楽しみください***

 

 

『『オデュッセイア』入門』

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