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出版自体が事件となった映画監督の自伝――ウディ・アレン『唐突ながら』訳者あとがき公開

 現代アメリカを代表する映画監督のひとりにして、多くの俳優から尊敬を集めてきたウディ・アレンは、#MeToo運動で過去の児童性的虐待疑惑(アレンいわく「事実無根」)が再燃し、アメリカ映画界から追放状態となりました。書き下ろしの自伝もまた、直前になって出版中止に追いこまれます。

 その直後に別の出版社から刊行され、世界各国でも翻訳版が世に出ましたが、この冬、ついに日本語版『唐突ながら ウディ・アレン自伝』が河出書房新社より刊行されました。  本書では、少年時代から映画制作の舞台裏、数々の恋愛、そして有名な世界的スキャンダルまで、アレン自ら、余すところなく饒舌に語っています。  今回、翻訳者の金原瑞人・中西史子両氏による訳者あとがきの一部を掲載いたします。

 

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唐突ながら

「訳者あとがき」

 

 本書は、映画監督ウディ・アレンの自伝、Apropos of Nothing(2020, Arcade Publishing)の全訳である。

 原題は直訳すると、「ところで」「突然に」「出し抜けに」といった意味だが、ウディ・アレン本人になぜこのタイトルにしたのかたずねてみたところ、次のような回答があった。

「ぼくの人生なんてたいしたもんじゃないし、一貫性もないからね。書き終わってからふと思いついただけなんだ」

 彼はニューヨークという街にこだわり、独自のスタイルで映画を作り続けてきた。そして今では、アメリカ映画界を代表する監督のひとりでありながら、ハリウッドから遠ざけられているというなんとも皮肉な存在だ。

 そんな彼が、生まれる前や幼少の頃のことから、ギャグライター、コメディアン、そして映画監督としてキャリアを重ねてきた半生を思いつくままに書き綴ったのがこの本だ。家族や友人との関係、手品やジャズに興味を持ち、やがて映画にはまった少年時代、気になる女の子にふられまくった青年時代、さらにはハリウッドから締め出されるきっかけとなった例のスキャンダルまで。

 

アレンの語り口の魅力

 アレンはコメディアンとしての輝かしい道が用意されていたにもかかわらず、決して現状に満足することなく、映画人生を突き進み、大きな成功を手にした。本人自身、あまりにも順調だったから、語るに足るエピソードはないと述べているように、なるほど、絵に描いたような出世街道を歩んできたように思える。うだつのあがらなさそうな容貌。人見知りな印象。だが、多くの人がそんな彼の可能性を信じて、手を差し伸べた。その理由のひとつとして考えられるのは、彼の話術ではないだろうか。

 機会があれば、アレン自らが朗読している本書の英語版オーディオブックを聞いてほしい。当時八十四歳の彼が、年齢を感じさせない語り口で、若かりし頃と同じように圧倒的なスピード感をもって、しゃべり倒している。ジャコメッティの彫刻のような細い体から底知れぬパワーを感じさせられる。

 家系もあるのかもしれない。彼のユダヤ系の両親もタフな生き方をしていた。本書の冒頭でも語られているように、父親は第一次世界大戦中、乗っていた船が砲弾を浴びて沈没したあと、海を泳いで大西洋の藻屑もくずとなる運命を逃れ、百歳まで生きた。母親もまたしっかりした人で、職を転々と変える父親にかわって一家を支えた肝っ玉母さんだ。両親について興味がわいた方は、アレンのヨーロッパ・ジャズツアーを記録したバーバラ・コップル監督の『ワイルド・マン・ブルース』のラストに少し出演しているので、観ていただきたい。母親がグルーチョ・マルクスに似ているかどうかは各人で判断してほしいところだが、とにかくいえるのは、ふたりとも元気いっぱいで口が達者ということだ。

 アレンの話はあちこちに飛び、読者を翻弄する。うろ覚えで話している部分もあるようで、たまに記憶違いなのでは? と思われる箇所もあって、事実確認に難儀したが、それでも彼のしゃべりは魅力的で、いやおうなく続きを読まされてしまう。読んでお分かりのとおり、どんなに重い話題にさしかかってもユーモアや興味深いエピソードをちりばめて、読者に笑いを提供するサービス精神を忘れることがない。それに加えてチョイスするワードが独特。こういうワードセンスが人気の秘密なのだろうが、そこが訳者にはつらい。いくらインターネットで検索しても、ウディ・アレン以外に使っている人はみあたらないのだから。そういう表現に関しては、出版社を通して、アレン本人にメールで質問を投げた。あのウディ・アレンがこまごまとした質問に答えてくれるとはあまり期待していなかったので、すぐに返事がきたときには驚いた。ちなみに、二度もつたない英語で質問を投げてしまったのだけど、いずれも速攻で返事がきた。

 

 出版中止の経緯

 アレンは、例の事件、つまり、のちに結婚して最愛の妻となるスン・イーとのスキャンダルに端を発する、幼児性的虐待疑惑についてもあけすけに語っている。本人も、「それが読みたくてこの本を買ってくれたのでなければいいんだけど」とも述べているように、もちろん、本書は暴露本のたぐいではないし、長々とこうしたゴシップネタについて書くのははばかられるのだが、彼の人生を語るのにこの点について触れないわけにはいかないだろう。

 本書は出版当初から物議を醸した。二〇二〇年、ニューヨークを拠点に置くアシェット・ブック・グループ(HBG)傘下のグランド・セントラル・パブリッシングが、アメリカ、カナダ、イタリア、フランス、ドイツ、スペインなど各国で順次販売することを予定していた。だが、二〇二〇年三月二日、出版発表が行われると同時に反対の声が上がり、HBG従業員ほか、多くの人々が同社のニューヨークオフィス前にて抗議運動を行った。その勢いに押され、出版元のHBGは同年三月六日(米国時間)に出版中止を決定した。

 出版中止は奇しくも、元映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインがセクシャル・ハラスメントで有罪判決を受けてからおよそ十日後のことだった。#MeToo運動を牽引けんいんし、出版中止の引き金となったのは、アレンの息子、ローナン・ファローだ。ジャーナリストとなった彼は、ワインスタインのセクハラ問題について綴ったノンフィクション本『キャッチ・アンド・キル』を、HBG傘下であるリトル・ブラウン・アンド・カンパニーから出版している(邦訳は文藝春秋より二〇二二年刊)。出版日は二〇一九年十月十五日。グランド・セントラルがアレンの自伝の出版権を取得したのは同年三月。つまり、HBG社内において、彼の本と、アレンの自叙伝のふたつのプロジェクトが同時進行していたのである。ローナンは、アレンの自叙伝が出版されることを知って激怒し、ツイッターで猛烈に批判した。

 HBGは事態を重く受け止め、ファローに対し、同じ社内であってもほかの部署のプロジェクトのことまではわからないのだと弁明したそうだが、ファローの怒りは収まらなかった。さらには、養女ディラン本人がHBGを強く批判するコメントをツイートした。こうした経緯があって、HBGの従業員の間でもボイコットが起こったのである。報道によると、ボイコットでオフィスを出ていったスタッフは七十人以上だったそうだ。

 しかしアレンの自叙伝はこうした危機を乗り越えて、新たな出版元を獲得した。出版元は、ニューヨークに拠点を置くアーケード・パブリッシング(スカイホース・パブリッシングの商号インプリントのひとつ)。この発表に際して、同社の共同創立者であるジャネット・セーヴァーが次のような声明を出している。

「アシェット社がウディ・アレンの自叙伝を出版しないことに決めたという事実は尊重しますが、われわれはその立場を取りません。それは言論の自由を保障することが重要であるとかたく信じるからです。物語の一面のみにしか耳を傾けないことは非常に危険であり、著者が語る権利を握りつぶすことはさらに危険だと思います」

 

 二〇二〇年の『リフキンズ・フェスティバル』を最後に、ウディ・アレンは映画を撮っていない。現在、八十六歳。依然としてハリウッドから干されたままだ。こうした状況について、彼はこう語っている。

「映画作りは好きだが、次の一本が作れなかったとしても別にかまわない。戯曲を書くのは嬉しい。もしプロデューサーがつかなかったら、本を書きたい。もし出版社がみつからなくても、喜んで自分のために書くよ」

 彼の創作意欲が今も衰えていないことにほっとする。ウディ・アレンの一ファンとして、どんな形であれ、彼の新作が世に出ることを切に願っている。

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著者

ウディ・アレン

1935年、ニューヨーク生まれ。映画監督、脚本家、俳優。『アニー・ホール』でアカデミー監督賞・脚本賞、『ハンナとその姉妹』『ミッドナイト・イン・パリ』で同脚本賞を受賞。小説に『これでおあいこ』他。

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