ためし読み - 14歳の世渡り術

「みんな」とつながるのではなく「ひとり」で好きな「もの」をとことん楽しむことで、世界の魅力を味わい、新たな発見を手にできるーー宇野常寛『ひとりあそびの教科書』ためし読み

評論家・宇野常寛さんが初めて中高生に向けて書いた『ひとりあそびの教科書』。ランニングや虫採り、旅行といったアウトドアから、模型、ゲーム、映画といったインドアまで様々なあそびを「ひとり」でとことん行うことで、「みんな」と過ごす時には見えていなかった世界が広がり、もっと深く面白いものを見つけ出すことができると語り、その具体的な方法を伝えます。他人の目をつい気にしたり、「付き合い」をつい優先してしまう大人の方にもおすすめ。序章の冒頭を公開します。

 

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ひとりあそびの教科書

序章「ひとりあそび」のすすめ

 

■これは「ひとり」であそぶための本だ

 この本は「あそび」についての本だ。

 君たちは周りの大人たちから「あそんでばかりいないで勉強しなさい」とか「あそんでばかりいると、将来に苦労するぞ」とか言われることも多いんじゃないかと思う。けれどもこの本はその逆で「もっとあそんだほうがいいぞ」と勧めるために書かれた本なのだ。それも同じ「あそび」でも、君の周りの大人たちのあいだではあまり「よいこと」だとはされていない種類の「あそび」について教える本だ。

 たしかに子どもにとって「あそび」はとても大切だ、と言う大人はたくさんいる。でも、このときの「あそび」はたいていの場合、「みんな」と一緒にあそぶことを指している。たとえば近所の公園で元気にサッカーをするとか、ショッピングモールに連れ立って買い物に出かけてフードコートでおしゃべりをするとか、そういった種類の「あそび」だ。要するに大人たちは君たち子どもが友だちと仲良くして「みんな」で「あそぶ」ことは大事なことだと思っている。僕もそういう「みんな」でワイワイと楽しく過ごす「あそび」は大好きだ。でも、この本で教える「あそび」はそれとは真逆のことだ。
 この本で僕は「ひとり」で、孤独に行う「あそび」について教えていこうと思っている。だからもしこの本に書いてあることを君の親や先生が知ったら、余計なことを教えるなと怒り出す人もいるかもしれない。この国の大人たちには、子どもが「ひとり」であそぶことはあまりよくないことだと考えている人のほうがずっと多いからだ。
 でも、はっきり言おう。間違っているのは僕じゃなくて、この本を君から取り上げようとする大人たちのほうなのだ。

 

■世界には二通りの人間がいる

 身の周りの大人たちを眺めていて、僕はいつも思うことがある。世界には二通りの人間がいる。それはいつも誰かの顔色をうかがっていて、自分は他の人からどう見えるかということで自分の振る舞いを決めている人と、自分の考えをしっかり持っていて、その上で自分の考えを通すためには周りの人たちとどうかかわるかを考えている人だ。
 他の人の顔色ばかりうかがっている人たちは、「みんな」がそれがいいと思うから自分もそう思う、「みんな」がこれがダメだと言うから自分もダメだと思う、と考えがちで、僕はこういう人たちとは接していてもとてもつまらない。なぜならば自分でものを考えていないからだ。自分でものを考えていない人と話しても、知ることができるのはそのとき「みんな」が考えていることでしかなくて、その人と話している意味が特にない。
 しかし自分で考えている人は違う。その人と話すと「みんな」ではなく「その人」の考えを知ることができる。それがどれほど僕の考えと違っても、いや、違うからこそ新鮮な驚きがあるし、自分の行動を決めるときの参考になる。このタイプの人は周りがちょっとやそっと騒ごうとも揺るがない。残念ながら世の中には他の誰かの顔色をうかがうだけの人のほうが多いけれど、僕は自分の考えがある人のほうが好きだ。そして僕の経験上、顔色をうかがう人は「みんな」であそぶことばかり考えていることが多くて、逆に自分で考える人は「ひとり」であそぶ方法をよく知っていることが多い。
 たしかに何人かでいるときにその場を器用に盛り上げてくれるのは顔色をうかがう人なのかもしれない。君たちの学校の教室で目立っているのも、多くはきっとそんな人だと思う。僕も中学生や高校生のころには、こうした人が中心になって社会を動かしていくのだと思ってきた。しかし、自分が大人になってみると必ずしもそうではないな、と感じることが増えてきた。場の空気を読むのが苦手でも、長くじっくり付き合っていて楽しかったり刺激をもらえたりする、つまり信頼できるのは、むしろ自分で考える人だということがわかってきたからだ。
 そして他の人たちの顔色をうかがう人よりも、自分で考える人のほうが実は、自分の考えを柔軟に変えていくことができることにも気づいてきた。
「みんな」はどう思うかという基準で考えていると、たとえ自分で「何か違うな」と感 じても考え方や行動を変えられない。きちんと自分の考えがあるからこそ、間違えたと 気がついたら修正できるのだ。

 そして気がつけば、実は「社会」にとっても、こうした自分で考える人の影響がびっくりするくらい大きくなっていた。
 僕が君たちくらいの年齢だったころ(1990年代)からいま(2020年代)までの30年間で、経済の構造とコンピューター関係の技術の発展によって社会の仕組みが大きく変わってしまった。その結果として、誰かの顔色をうかがっている人よりも自分で考える人のほうが、社会に大きな影響を与えるようになっていったのだ。

 

■世界の仕組みの変化

 そう、この30年くらいのあいだで世界の仕組みはすっかり変わってしまった。20世紀の後半から世界ではだんだんと大きな戦争は起こらなくなっていった。いまのロシアとウクライナの戦争は長引いてとんでもないことになっているけれど、その戦争にしたって規模を比べると、20世紀前半に世界中の国々がふたつの陣営に分かれて戦った世界大戦よりはずっと小さい。これは 世紀になる少し前に、次の大きな戦争の引き金になると思われていた世界の国々が、ふたつのグループに分かれて行っていたにらみ合いが終わったためだ。
 すると、世界中の人々がそれまでよりもぐっと活発に、国境を越えてものやサービスを売り買いするようになっていった。これをグローバリゼーションという。この流れを後押ししたのが、この 年で普及したインターネットだ。インターネットは世界中の人々が、これまでとは比べものにならないくらい時間も手間もお金もかけずにお互い連絡を取ることを可能にしたからだ。
 その結果として、この 年のあいだにあたらしい商品やサービスが世界中に、それも一瞬で広がるようになった。そしてもうひとつ、グローバリゼーションと同じくらい世の中を大きく変えたのがインターネットを生んだコンピューターの発達だ。コンピューターの発達で、僕たちの生活は信じられないくらい便利になった。

 いまの世の中を一番強い力で動かしているのは、このグローバリゼーションとコンピ ューターの発達が組み合わさった分野の産業だ。具体的にはコンピューター関係の技術 (情報技術)を用いて開発した商品やサービス(たとえばiPhoneやYou Tubeとか)を、世界中の人たちに届ける産業だ。そうすると、政治を変えて国家の仕組みを変えるよりもずっと速く、そして広く(国に関係なく世界中に)変化が訪れることになる。そして世界がこのあたらしい仕組みで動くようになったのは、この20年程度のことだ。
 君たちにとってそんなことは当たり前のことかもしれないけれど、つい20年ほど前までは、いまのように世界中の人が同じサービス(GoogleとかYouTubeとか)を使って仕事をしたりあそんだりするなんてことはほとんどなかった。どこかの国で生まれたあたらしい商品やサービスが世界中に広まるには、何年も、場合によっては何十年もかかっていたのだ。
 たとえば、携帯電話がそうだ。携帯電話は2000年には世界人口のうち約12・1%しか普及していなかった。しかし 2013年の普及率は90%を超えていて、さらにその10年後の現代(2023年)で人々に使われているのは、そのほとんどがスマートフォンだ。これが何を意味しているか、少し考えたらわかるはずだ。アフリカなど、通信網の整備が遅れていた地域の人々は昔の携帯電話(日本で言うところの「ガラケー」)が広まるよりも先に、スマートフォンが普及しているのだ。つまり、発明されてから100年以上かかっても電話が普及しなかった地域の人々が、いきなりこの10年でスマートフォンを手にしてガラッとその生活が変わってしまっているのだ。
 いま、世界はあたらしい経済の仕組みと情報技術(特にインターネット)のおかげで、とても速く、便利になっている。ただそのせいで別のあたらしい問題がとてもたくさん生まれている。この問題についてはこの本の最後に書こうと思っている。僕はこのあたらしい世の中が、とにかく素晴らしいと単純に考えているわけじゃないことだけはちゃんと覚えておいてほしい。

 では、このあたらしい仕組みで動き始めた世界でもっとも大事になるものはなんだろう? それは個人の、ひとりひとりの「想像力」だ。
 このあたらしい世界では、人間ひとりひとりの力がとても大事になっている。なぜな らば、現代はコンピューターの性能が上がっているので、「みんな」と同じことをする ことを人間が覚える必要がないからだ。工場で同じものを大量に作ろうと考えたとき、 世紀のあいだは、しっかり仕事の手順を覚えた人間が同じ位置に同じ部品をはめ込む訓練をしないといけなかった。しかし、いまはこういった仕事はコンピューターが自動で機械を動かしてやってくれる。
 このあたらしい世界では、人間の仕事は「コンピューターにはできないこと」になる。コンピューターは命令されたことは正確にできるけれど、何をしたらいいかは人間が決めないといけない。だから「こんな製品がほしい」と想像力を膨らませてアイデアを練ることや、コンピューターを動かすプログラムを書くことが主な人間の仕事になってい く。そしてアイデアやプログラムは形や重さがないので、かんたんにコピーできる。
 「ひとり」が考えてつくったものをボタンひとつで世界中の人間が使うことができる。たとえばコンピューターのプログラムはパソコンが1台あれば書けるし、そのプログラムを使った商品やサービスを売るために、資金を集めて会社をつくるのも、20世紀の工業社会とは比べものにならないくらいかんたんで、速くできるようになった。なので、 このあたらしい仕組みの中で、一番大事なのはひとりの人間の想像力なのだ。

 

====続きは書籍にてお読みください。====

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著者

宇野常寛(うの・つねひろ)

1978年生まれ。評論家。批評誌「PLANETS」編集長。著書に『ゼロ年代の想像力』『リトル・ピープルの時代』『遅いインターネット』『水曜日は働かない』『砂漠と異人たち』ほか。

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