ためし読み - 14歳の世渡り術

共同通信社文芸記者による中高生向け読書案内を書籍化!『いつか君に出会ってほしい本 何度でも読み返したい158冊』コラム公開

共同通信社文芸記者の田村文さんによる、11年間560回を超える中高生向け読書案内の連載を書籍化しました。「本を読むことの面白さを知ったなら、あなたの人生、しめたものだ」。この本をきっかけに、この先きっと何度でも読み返すことになる大事な一冊に、出会ってほしいと願っています。今回は本書に3つ収録したコラムのうち1つを公開します。

 

=====試し読みはこちら=====

いつか君に出会ってほしい本

「生き残った者の後ろめたさ」

 

 戦争や災害で親しい人をくしたとき「なぜ自分だけが生きているのか」と考え、罪悪感をかかえる人がいる。そして、その苦しみから生まれる作品がある。

 真っ先に思い起こすのは舞台ぶたい「父とくらせば」のことだ。原爆げんばくで大切な人をうばわれたむすめと、その娘を見守る父の姿をえがく。劇作家の井上いのうえひさし(1934~2010年)が戯曲ぎきよくを書いて1994年に初演され、その10年後に監督かんとく黒木和雄くろきかずお(1930~2006年)によって映画化された。黒木と井上が2005年、東京・新宿の紀伊國屋きのくにやホールで聴衆ちようしゆうの前で対談し、私はメモを取りながら、2人の言葉に耳をかたむけた。

 井上は1960年に広島に行って以来ずっと、原爆についての戯曲を「書かなければ」と思いながらも書けずにいた。「むごたらしく亡くなった方が大勢いた。生き残った人も地獄じごくだった。取材でそうした実態を知り『書くのは失礼ではないか』『原爆でご家族を亡くした人の心の内をのぞくのは無礼ではないか』という思いにとらわれていた」。だが公演の日程が決まり、配役が決まる。「り」という現実が井上の背中をした。

 戯曲「父と暮せば」は1948年、広島市にある美津江みつえの家が舞台だ。愛する者たちを原爆で失った美津江は父の竹造たけぞうに言う。「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」。美津江は生き残ってしまった負い目から、こいのときめきにさえ背を向けようとしていた。

 井上は創作の核心かくしんをこう明かした。「広島の被爆者ひばくしやが書いたものを随分ずいぶん読んだが、生き残った『普通ふつうの人たち』は『私だけ生き残って申し訳ない』と苦しんでいる。そして尼崎あまがさきで起きた事故でも『私だけ生き残って申し訳ない』と言っていた人がいた。それを聞いて私は、ああ、やっぱり人間はすばらしい、と思った」

 井上の言葉に、メモを取る手が止まったのではなかったか。ハッとしたことはよく覚えている。「尼崎で起きた事故」とは、この対談の少し前、兵庫ひようご県尼崎市のJR福知山線で電車が脱線だつせん線路脇せんろわきのマンションに激突げきとつし、乗客106人と運転士が死亡した事故のことだ。

 井上に対し、黒木は自身が「申し訳ない」という思いを持ち続けていることを明かした。中学に入ったばかりのころ、空襲くうしゆうで友だちが何人も亡くなった。「私は奇跡的きせきてきに生きのびてしまった。瀕死ひんしの友人たちがいたのに、私はこわさのあまり、かれらを見捨て防空壕ぼうくうごうげた。だから『父と暮せば』を見たとき衝撃しようげきを受けた。あのヒロインの後ろめたさを、私も60年間ずっと背負ってきた。映画化をしたところで、この気持ちは消えません」

 関千枝子せきちえこ(1932~2021年)の「広島第二県女二年西組」は、原爆で死亡した級友たちのことを記した鎮魂ちんこんの書である。彼女かのじよがこの本を書くに至る原動力となったのも、生き残ったことへの負い目と、そこから生まれた使命感だった。

1945年8月6日朝、広島市。建物疎開そかいの作業のため動員された広島県立広島第2高等女学校2年西組の生徒たちの上空で原爆がさくれつした。爆心から南へ1・1キロの場所だ。引率の教師3人が死亡。現場にいた14さい前後の生徒39人のうち38人が8月20日までに亡くなった。残る1人も69年、胃がんのため37歳でこの世を去った。

 だが同じ2年西組でも、その日たまたま現場にいなかった7人は生きのびた。その1人が著者である。関は31年後、級友たちの被爆記録の収集を思い立つ。8年かけてこつこつと遺族を訪ね、資料をあたった。どこでどのようにして亡くなったのか。一人一人の性格や特徴とくちよう、思い出もんだ。それぞれが、かけがえのない命だった。

考えてみれば、私たちはみな災厄さいやくを生きのびた者であり、その子孫なのだ。生きのびた者の痛苦に深く共感し、胸を打たれるのは、だれもがその痛苦を共有しているからかもしれない。

関連本

関連記事

著者

田村 文(たむら・あや)

1965年埼玉県生まれ。89年共同通信社に入社。大阪支社社会部、長野支局、本社社会部などを経て97年末より文化部。文芸担当を長く務めた。現在は編集委員室編集委員。共編著書に『マスコミ・セクハラ白書』。

人気記事ランキング

  1. ホムパに行ったら、自分の不倫裁判だった!? 綿矢りさ「嫌いなら呼ぶなよ」試し読み
  2. 『ロバのスーコと旅をする』刊行によせて
  3. 鈴木祐『YOUR TIME 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』時間タイプ診断
  4. 日航123便墜落事故原因に迫る新事実!この事故は「事件」だったのか!?
  5. 小説家・津原泰水さんの代表作「五色の舟」(河出文庫『11 -eleven-』収録)全文無料公開!

イベント

イベント一覧

お知らせ

お知らせ一覧

河出書房新社の最新刊

[ 単行本 ]

[ 文庫 ]