ためし読み - 14歳の世渡り術

田村文『いつか君に出会ってほしい本 何度でも読み返したい158冊』収録の大江健三郎『芽むしり仔撃ち』書評を公開

同通信社文芸記者の田村文さんによる、11年間560回を超える中高生向け読書案内の連載を書籍化しました。本書には、先日逝去された大江健三郎さんの『芽むしり仔撃ち』の書評を収録しています。これから大江さんの本を読む方や多くの著作の中から何を読み返そうか迷っている方に、ぜひお読みいただけましたら幸いです。

 

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いつか君に出会ってほしい本

「つかの間のユートピア」

 

 太平洋戦争末期、感化院の少年15人が教官に引率いんそつされ、山奥やまおくの村へ集団疎開そかいする道中から物語は始まる。目的地に着く直前に2人が脱走だつそうし、「僕」をふくめた少年たちは出発できず、村人の好奇こうきの目にさらされている。「おりのなかのけもの」のようだと「僕」は思う。

 非行少年は歓迎かんげいされないのだ。脱走した2人が巡査じゆんさと教官に連れられてもどる。血だらけだった。げる途中とちゆうで農民に見つかりおそわれたのだという。「僕」は自分たちを嫌悪けんおする人たちの「かべ」に囲まれていると知る。

 大江健三郎おおえけんざぶろう(1935年〜)の小説「芽むしりち」はそんな過酷かこく状況じようきようを設定し、読者を「僕」の運命に同伴どうはんさせる。「僕」はこう語る。

「人殺しの時代だった。永い洪水こうずいのように戦争が集団的な狂気きようきを、人間の情念のひだひだ、からだのあらゆるすみずみ、森、街路、空に氾濫はんらんさせていた」

 ようやく目的の村に着くが、そこでは疫病えきびようが流行し始めていた。仲間の少年1人が死に、村人たちが交通路を遮断しやだんして去る。「僕」たちは閉じめられたのだ。残ったのは少年たちと、疫病で母をくした少女、朝鮮人ちようせんじん集落の少年、脱走兵、犬。社会から疎外そがいされた者たちがほんのつかの間、自由と友愛、連帯によるユートピアをつくる。

 雪の降った1日が美しい。雪滑ゆきすべりに夢中になり、りようをして鳥をり、祭りをして歌やおどりに興じる。「おれたちはてられたんだぜ」と言う仲間に「僕」は返す。「俺たちの村さ」「俺はだれからも棄てられた訳じゃない」

 やがて村人が戻ってくる。夢の時間は終わった。少年たちは次々に村人に服従していくが、「僕」は屈服くつぷくせず、絶望的な脱出を試みる。「壁」を突破とつぱし、自己を解放しようとする少年の精神のたけびが聞こえたような気がした。

 

(記事配信日:2017年05月26日・268回)

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著者

田村 文(たむら・あや)

1965年埼玉県生まれ。89年共同通信社に入社。大阪支社社会部、長野支局、本社社会部などを経て97年末より文化部。文芸担当を長く務めた。現在は編集委員室編集委員。共編著書に『マスコミ・セクハラ白書』。

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