ためし読み - 日本文学

ヒーローは海猿だけじゃない!!海保航空を丹念に取材、本邦初の空で活躍する 海上保安官を描く痛快アクション小説の本文を公開!!

ウミドリ 空の海上保安官
梶永正史
1,800円(税別) / 2023年10月16日発売(予定)

 

ヒーローは海猿だけじゃない!!
消えたタンカーを追え──B級映画のような言葉を遺して死んだ内通者。
そこから、テロを企む狂信的な団体と中国マフィアの繫がりを摑んだ海保は……
ヘリとパワーボートの壮絶チェイス!!

 

 

【登場人物紹介】

宗田眞人(そうだ まこと)
民間から海上保安庁に転身したヘリコプターパイロット。操縦技術の高さには定評があるが、恋人を事故で失ったことでトラウマを抱えている。それが原因で、救助の現場では危険を顧みず、仲間からは距離を置かれている。ある日、漂流中のタンカーを調査するが、後にそれが姿を消したことから、やがてテロ事件に巻き込まれる。

手嶋沙友里(てしま さゆり)
石垣島を母港とする巡視船〈あさづき〉の通信士。語学に堪能で、中国海警局とも対等に渡り合う気の強さを持っている。漂流タンカーの調査をきっかけに、姉の恋人であった宗田と再会する。中国海警局の不審な動きから、タンカーが消えたことに関係しているのではないかと疑う。宗田に対して複雑な感情を抱きながらも、共にタンカーの謎を追う。

吉見拓斗(よしみ たくと)
神戸海上保安部の警備救難部刑事課に所属する捜査官。自身のせいで張り込みに失敗した案件が、日本を揺るがすテロ事件の糸口になっていたことを知り、未然に防ぐために奔走する。かつてはシージャックやテロ対策に当たる特殊警備隊に所属しており、銃器の取り扱いや武器弾薬に関する知識は豊富。大阪・岸和田生まれで、人情と正義感に厚い。

 

 

===↓試し読みはこちら↓===

 

 

プロローグ

 

 最後に空を見たときは、まだ雲の隙間からかろうじて夕焼けが見えていたが、いまはもう墨汁のような空に変わっていた。
 あれからどれくらいの時間が経ったのか。顔面を打ち付けていた重い雨粒によって覚醒したが、失神との行き来を何度も繰り返していて、むしろ意識を失っている時間のほうが長くなっている気がした。
 現実に戻ってくる度に、この状況が夢ではなかったことを認識し、絶望する。
 男は長さ三〇フィートの中型ヨットの左舷側デッキで横たわっていた。意識があっても身体は動かない。そして天候は悪化の一途を辿っており、横波を乗り越える度に三〇度以上傾き、重油のような黒い海を垣間見せる。
 宮崎のヨットハーバーを出たのは今朝のことで、時計回りで九州を一周するソロクルージングだった。
 ヨットは大学時代にはじめた。卒業し就職すると多くの者がそうであるように海から離れたが、五〇歳を迎えた頃、そのときの仲間のひとりがヨットを購入したことをきっかけに思いが再燃した。
 ほどなくして自分もヨットを手に入れた。中古艇だが程度は良く、自分だけの隠れ家を手に入れたようで、週末を停泊したままのヨットで過ごすこともあった。
 そして定年という人生の区切りを目前にし、ヨットで日本を一周してみたいと思うようになった。
 それなりに経験はあるし、太平洋横断などと違って陸地から離れるわけではないので心配はしていなかった。
 準備もさほど大変ではない。必要なものがあれば思いつきで港に入り、スーパーやコンビニに行けばいいし、なんなら民宿やホテルに泊まってもいいのだ。
 八月のある日、船籍港である宮崎のヨットハーバーを出た。日本一周に出る前の予行演習の意味合いもあった。
 当座は穏やかな波と適度な風もあって快適に進んだが、鹿児島沖に到達した頃に風向きが変わった。低気圧の接近が予想よりも早かったようだった。
 予定を変更し、近くの港に入って低気圧をやり過ごそうと思った。
 地図を見ると、長崎鼻ながさきばなという岬の近くに港があった。午後三時には入港できるだろうから、今日は民宿でのんびりしようと思った。
 ドッグハウスと呼ばれる船室の屋根部分に乗り、入港に向けた準備をしていたとき、突風を受けてスイングしたメインマストのブームに身体を押された。その勢いは大したことはなく、普段なら、おっとっと、くらいで済んだだろう。しかし足首に絡まったロープが踏み留まることを許さず、バランスを崩して頭から転倒した。
 サイドデッキまでの高さは一メートルほどだったが、点検のために出してあった鉄製のアンカーに後頭部を強打した。
 立ち上がろうとしたものの目眩めまいを感じ、しばらくそのまま横になることにした。すぐに治るだろうと思っていたが、気がついたときには手足の感覚がなくなっていた。
 いまは首から下が痺れていて、自由に動かせるのは眼球くらいだった。
 怖くはあったが、陸地からそんなに離れていないはずだから、そのうち誰かが見つけてくれると期待した。
 しかし日は暮れ、空は重苦しい鼠色。うねりは高く船体は左右に大きく揺れる。傾いたときに見えた波は三メートルくらいか。左舷側しか見えないが、少なくともその方向に陸地のあかりはなかった。
 死ぬかもしれない。
 いままで希望と互角にせめぎ合っていたその考えが、実感となって迫ってきた。
 家族のことが頭をよぎる。特に娘とは、上京すると言われたときに猛反対して以来、しばらく話をしていなかった。元気だろうか。もっと前向きに応援してやればよかった。
 ……さようなら
 我慢していたその言葉が、ぽろりとこぼれた。じわじわ死んでいくのに言葉すら遺してやれない。
「好きなことをして死んだから、きっと幸せだろう」
 自分の葬式で、そんなことを言う奴がいるかもしれない。
 そんなわけない。まだ死にたくなんてない!
 しかし現実は厳しかった。もし沖に流されているのだとしたら、発見されるまでに何日もかかるかもしれないし、それまで身体は耐えられないだろう。
 無念にまみれながら、また空が見られたらいいな、となかば諦めの境地の中でまぶたを閉じた。
 死ぬ前に人生の走馬灯を見ると言われるが、浮かんでくるのは他愛のない日常の光景だった。出航する前の晩、妻から長崎に寄るならカラスミを買ってきてほしいと頼まれていたことが何度も繰り返された。
 まるで微弱な電流が全身を覆い、皮膚が麻痺しているかのように感覚がない。そして意識が浮遊していく──。
 突如、瞼を光線が突き抜けて眼底を照らし、再び覚醒させた。
 瞼に力を込めて押し広げる。
 朝を迎えたわけではなかった。強烈なライトが空から照らしていて、吹きつける風が雨粒を加速させ、弾丸のように打ち下ろしてくる。
 ヘリだ。
 空中に浮かぶその機体に『海上保安庁』の文字が見えた。
 空から自分の姿が見えるだろうか。俺はここにいる、気付いてくれ!
 しかし、ヘリはしばらく旋回した後に離れていく。
 待ってくれ! まだ生きている!
 叫びたくても、手を振りたくてもできなかった。
 そのとき、波を乗り越えた船体が大きくかしいだ。身体がごろんとうつぶせになり、鈍くも強い電流が身体を駆け抜けた。そして吐いた。
 自分の嘔吐物で溺死するような思いだった。
 続けて横波が激突し、重く冷たい波が覆い被さった。

 

 

 

[パイロット]宗田眞人
 宗田眞人は、薄くなった頭を撫でつけながら机に突っ伏した目黒基地長の頭から視線を外した。身長が一八〇センチを超える宗田からは、目黒の頭髪の後退状況がよく見えたが、どうせならもっといい景色を見ていたい。
 窓からは鹿児島空港の滑走路の端っこが見え、夏の太陽を反射する芝生の緑がまぶしかった。
 ちょうどボーイング737が滑り込んできたところで、出身地である東京からの便だろうか、とぼんやり思う。
 「他にやりようはなかったのか」
 いつの間にか上目で恨めしそうに宗田を睨んでいた目黒に視線を戻し、姿勢を正す。
 「救える命がそこにあるなら、全力を尽くすべきだと思っています」
 過去に何度か同じ問いをされたことがあるが、その度に同じ答えを返してきた。
 「またそれか」
 目黒も予想していたようで、ため息をつきながら頭を大きく左右に振った。
 宗田は海上保安庁第十管区鹿児島航空基地所属のヘリパイロットで、目黒が苦言を並べているのは昨夜の救助活動についてだった。

 

                 * * *

 

 ヨットで出航した家族と連絡が取れないとの相談がもたらされたのは、当海域で天候が荒れはじめた昨日の夕方だった。ひとりで航海に出かけた夫から、『天気が悪いので予定を変更して長崎鼻近くの港に入る』という連絡を受けたものの、それを最後に音信不通になったという。
 ヨットクラブのメンバーたちとも連絡を取り合ったが、どの港にも入港したとの情報はないということだった。
 そこで宗田は機動救難士、二名を含む計七名のクルーを乗せて飛び立った。
 一時間後の一九時七分。佐多岬さたみさきから種子島たねがしま方向に一五キロの海域で、高波に揉まれるヨットを発見した。
 宗田はヘリを接近させた。
 ライトで照らしてみるとデッキ上に男が横たわっているのが見えた。
「要救助者発見!」
 左側に座るコパイ(副操縦士)の森下が声を張った。
「呼びかけろ」
 機体下部にはスピーカーが備え付けられていて、かなりの音量を出すことができる。
 宗田は要救助者を常に目視できる位置に機体を滑らせたが、呼びかけに反応する様子は見られなかった。
 この場合に考えられるのは、心肺停止、意識の喪失、もしくは反応したくてもできない状況にあるということで、いずれにしろ迅速な対応が求められる。
 もちろん、すでに死亡している可能性もあり、その際はリスクを避けて撤退することもあるが、しかし──。

 

 

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続きは単行本
ウミドリ 空の海上保安官』で
お読みください。
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著者

梶永 正史(かじなが・まさし)

1969年、山口県生まれ。2014年、『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官』で第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。著書に「郷間彩香」シリーズ、『ドリフター』ほか多数。

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