ためし読み - 日本文学

最果タヒさんの最新エッセイ集『恋できみが死なない理由』刊行記念・試し読み第3弾!

===試し読みはこちら===

 

恋できみが死なない理由
最果 タヒ

 

好きのシンプル

 最近、まつ毛の色を変えるのが好きだ。アイシャドウの色に合わせてアイラインを変えるようになってから、じゃあまつ毛もじゃないか? と思い始めて、いろんな色のマスカラを揃えるようになった。まつ毛が少しファンタジーな雰囲気をまとうのがとても好きなんだ。
 昔は顔をできるだけ良く見せたかった。「良く」というのは、他人にとっての「良く」であって、そこに私はいないというか、いても第三者が褒めてくれそうだなという基準が大事だった。私の顔を見るのは私ではなくて他人なので、他人の評価にゆだねたくなるのはある意味しかたなく、だから目は大きい方がいいだろうと思っていたし、目ができるだけ大きく見える黒いマスカラを選んできたように思う。ただ、目が大きいとか、肌が綺麗とか、そういうことってどんなに綺麗な人が目の前にいても、私も直接本人には言わないし、それは多くの人がそうだと最近気づき始めたのです。それよりそのアイシャドウ綺麗な色だね! とかそんな話をみんなする。あれ? みんな顔のこといちいち言わないんだ? と思うと、もしかして顔って、好きにやっていいのか? 私の好きにしていいのか? と初めて考えるようになった。

 

「他人の目なんて関係ない」と言うのは簡単だけど、私より他人の方が私の顔を見ているという現実はそれでもいろんな判断をにぶらせる。私の中にもきれいになりたいという気持ちはあるし、「きれい」とはなにかを世間一般的なものから学んできた。私は私の好きな化粧をする! と言ったところで、外見をきれいかどうかで見てる他人という存在を「そもそもそんな人はいない」と思い込むことは長く不可能だったのだ。誰かのために化粧をするわけではないが、私のためとは思えない。(私には見えないし!)だれかに大事な部分の判断をずっと委ねてしまうばかりだ。でも顔立ちの話を大人たちはマナーとしてほとんどしないし、その代わり化粧品の話がよく飛び交う。そういう人たちに囲まれて、私はじわじわアイシャドウの色に合わせたアイライナーやマスカラを選ぶようになった。私は、そもそも化粧品が好きなんだとそれで思い出していったのです。

 

 自分の顔をよく見せるとかより、化粧品のかわいいと思った色を、自分の顔の上でより良く見せてあげたい。自分のことはそれなりに好きだが、好きな服や好きな化粧品はもっと好きだ。それらを身につけられるから自分のことをもっと楽しいと思える。好きなものに対してまっすぐでいられたらよかったんだなと最近はよく思うのです。やっと全部シンプルになった。そしてそんなシンプルな自分を作ってくれたのが、他人だということがなんだかとても嬉しかった。
 他人の目をどうしても意識してしまう「顔」から、他人の視線を引き剥がすのはどうやっても無理で、でもそこを変えてくれるのも他人の視線だった。私と同じ化粧品が好きな人たち。その人たちの視線が、私にやっとバランスをくれた。

 

===続きは単行本『恋できみが死なない理由』でお読みください===

 

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著者

最果 タヒ(さいはて・たひ)

詩人。中原中也賞・現代詩花椿賞などを受賞。主な詩集は『死んでしまう系のぼくらに』『夜空はいつでも最高密度の青色だ』。詩集の他に小説、エッセイ、絵本(『ここは』絵=及川賢治)など著書多数。

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