ためし読み - 文庫
住宅街のどまん中で、ニワトリを卵から育て、獲ったシカをさばく
服部小雪
2024.08.19
2019年に刊行した『はっとりさんちの狩猟な毎日』に、大幅加筆した文庫版『はっとりさんちの野性な毎日』が発売されました。単行本から5年、夫の服部文祥さんは廃村の古民家で、新たな「自力生活」を追求し、3人の子どもたちは、それぞれの道へ。日々必死に生きてきた暮らしへの思いをイラストともにつづったエッセイです。新たに書き下ろされた「はじめに」をお読みください。
===↓「はじめに」ためし読みはこちら↓===
『はっとりさんちの野性な毎日』
服部小雪
ベランダに干された洗濯物、庭に咲く季節の花。人々の暮らしを眺めながら、歩くことが好きだ。
「暮らしかた」は私にとって、人生の大切なテーマである。
都会の集合住宅で育ったせいもあり、子供の頃から庭のある家に住みたいと思 い続けてきた。ようやく、猫の額ほどの庭がついた、古い借家に住み始めたとき、これからは果樹や野菜を育て、家の手入れをしたり、旬の素材で料理をしたりしながら生きるのだと、第2の人生に胸を躍らせた。
今の暮らしの原点となっているのは、学生時代に夢中になった山登りだ。山を通して知り合った人々の中に、とりわけクセの強い、野性的な大胆さと繊細なハートを併せ持った人がいた。まさかその人が将来のパートナーになるとは思わなかったのだが、人生は何が起きるかわからない。
この人となら自然に寄り添う暮らしが作っていける、という予感を胸に、私は新しい暮らしに飛び込んだ。
夫の服部文祥は、2006年に『サバイバル登山家』を出版し、登山家・文筆家としてデビューして以来、自分の美学や哲学を山旅で実践し、文字表現にすることを生業(なりわい)としている。
彼は日常生活においても、自力で生活を作り上げたいと、次々にチャレンジを続けた。彼はどんな時も、本質重視である。生活の主導権を握られてしまい、私は思いがけない状況に巻きこまれ、振り回されるはめになった。
好んで住んだ古い家は、外界との境があいまいな虫の館だった。父親の昆虫好きが飛び火したのか、あるいは本能なのか、幼い子供たちは虫に親しみ、緒に暮らす仲間として受け入れた。
30歳を過ぎて初めて、昆虫の図鑑をしげしげと眺めた。
「ミンミンゼミって、きれいな色をしているんだね」
「そうだよ。母ちゃん、知らなかったの?」と5歳の息子が大人びた口調で言う。
やわらかな汗ばんだ手に導かれて、未知の世界への旅は続いた。
野性そのものの子供たちは、父親がどんなに無謀なチャレンジをしようと、無垢な心で受け入れた。その様子を見ていると、私の中の一般常識など、取るに足りないもののように思えてくるのだった。
これは〝はっとりさんち〞がもっともにぎやかだった時代の話である。一歩新しい世界に足を踏み入れるたびに、私の心に変化が生まれた。
渦中にいた時は辛い気持ちもあり、ついていくだけで必死だったが、徐々にかけがえのない経験をさせてもらっていると思うようになった。家族や生き物への感謝の気持ちから、この本が生まれた。
安易な言葉でごまかしたり、突き詰めて考えずにフタをしてしまっていることの、なんと多いことだろう。
ああでもない、こうでもないと考え、やっとのことでしっくりする言葉を見つけると、そんなふうに思っていたんだ、と初めての自分に出会ったような気がした。一見無駄な作業であるように思えるが、私はこの作業のおかげで自分を取り戻し、認めることができたのだと思う。
生まれ持った特性の違いや、家庭における立場の違いから、女性と男性は、それぞれ違う角度から日々を見つめている。どちらが正しいとか、どちらが偉いという話にしてしまわずに、〝違い〞そのものを見つめて認め合えたらと思うが、それがなかなか難しい。
読者の皆さんと、暮らしのこと、生きることのあれこれを共有できたら、私にとって何より嬉しいことである。
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続きは文庫『はっとりさんちの野性な毎日』でお楽しみください!