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阿久悠先生との思い出

いきなりの私事にて恐縮であるが、私の郷里は阿久悠先生と同じく、瀬戸内海に浮かぶ淡路島である。海峡にはばまれた島に生まれ育った若者は、いつしか島をあとにして、未知なる大きな世界へ羽ばたきたいと希う。かつての阿久悠——深田公之少年がそうであったように。

島を出て何者かになりたい——。遠大な夢や野望に突き動かされ、都会をめざす島の若者にとって「阿久悠」という存在は、はるか山頂にかすみ見える雲のごときであった。その偉大さにひるみながらも、巷にあふれる先生の歌や小説は、過剰な自意識に押しつぶされそうな若者の心を確実に支え、励ましてくれた。

平成元年、私は編集者として河出書房新社に就職した。入社ほどなくして、阿久先生を訪れたのは言うまでもない。以後十数年にわたり、作家と編集者としての交流が始まる。最初の仕事、書き下ろし小説『あこがれ』を頂いた時の感動を私は生涯忘れないだろう。その作品は先生の詩と同様、美しく鮮やかで端正であった。編集者の第一義は、作家からいい原稿を受け取ることにつきる。まだまだ新米であった私にとって、それはどれほどの自信を与えてくれたことか。

楽しい会話の弾み、仕事での真剣なやりとり、何度お目に掛かっても自分が「阿久悠」と話しているなんて、なんだか夢のようであった。

「『瀬戸内少年野球団』を、洲本高校全学年一堂に会して講堂で拝見しましたよ。みんな、先生の役が郷ひろみだと思ってました」

私がそう言うと、先生はとても愉快そうに「アッハッハッハッハ」と笑った。その笑顔が見たくて、私はことあるごとに同じ話をした。先生はその度に、白い歯を見せ、首をちょっとのけぞらせて笑った。その表情を思い出す度、涙があふれて仕方がない。

淡路島について阿久先生は、「郷里」ではなく「出身地」であると表現し、距離を置いていた、と言う人もいるが、私はそうは思わない。淡路島を盲目的に愛し自慢することもなかったが、卑下することもなく、母校洲本高校の同級生たちとよく会い、その様子を楽しそうに話してくれた。何より、同郷の、娘のような年の覚束ない担当編集者を、いつもさりげなく気にかけて下さった。

一九九七年、洲本高校の創立百周年の記念行事にご一緒させて頂いたことがある。淡路島に降り立ち、同級生に囲まれた先生は誠に自然体で、その横顔をうかがいながら、私は阿久悠ではない深田公之の顔を見ていたような気がする。

優しい先生であった。幼稚なこと、卑しいことを何より嫌った。「言葉」が紡ぎ出す心と心のつながりを誰よりも大切にした。あれほど高潔な人格を、私は他に知らない。

かつて少年は海峡を渡り、その船上で「テネシー・ワルツ」を口ずさんだ。おそらく、二度とは故郷に戻らない覚悟で東京に向かった。そして彼は、日本中に感動を与える詩人となった。詩人が残した偉業ははかりしれない。色あせることのない「言葉」は、歌うごとに読むごとにきらめきを帯び、我々の胸に永遠に刻まれていくだろう。

この度、阿久悠没後十年、生誕八十年、作詞家生活五十年に際し、総特集「文藝別冊 阿久悠」を編んだ。雑誌作業中の怒濤のような日々は、まさに「全身阿久悠」の心地で、先生に再会できたような幸福な時間でもあった。あふれる感謝の念は、深まるばかりである。

(編集部O)

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