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ネット時代に365日分の出来事を一冊にする意義 プロレスの入り口と、その先へのいざない――『プロレス きょうは何の日?』著者・鈴木健.txtインタビュー

イッテンヨンだけじゃない、毎日がプロレス記念日! 名勝負、事件、旗揚げ、戴冠、デビュー、命日……1年365日、プロレス界で何があったか、1冊でわかる――すべてのプロレスファン必携の日付順エピソード集『プロレス きょうは何の日?』を執筆した鈴木健.txtさんに本書にこめた想いをうかがった。

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――過去の出来事を365日分集めるというのは、発想そのものは誰もが考えるものですよね。

 

鈴木 仰る通りです。ましてや現代はネットにアクセスすればそのジャンルの主な出来事は出てきますよね。でも、だからこそ“空き家”だったと申しますか…いつでもわかる分、それを一冊の本にまとめる労力がかけられないようになっていたのだと思います。私は2009年までプロレス専門誌『週刊プロレス』に編集記者として在籍していたのですが、時代における紙媒体の役割を常に考えてきました。利便性ではネットに及ばないと思われていますが、一冊にまとめられたものであれば広大なワールド・ワイド・ウェブを流浪するよりも手早く“獲物”にありつけ、かつ持ち運びもできる。スマホで検索するにも意外と時間ってかかりますよね。

 

――プロレスが好きな皆さんは、そうした資料的なものを重視するのですか。

 

鈴木 のめり込むほどに過去を探求していくと思います。私は文章講座の講師も務めているんですが、そこで口が酸っぱくなるぐらいに「さかのぼることを怠るな」と言っています。よく「プロレスは点で見るより線で見た方がより楽しめる」と言われるんですが、これはどのジャンルにも言えることだと思うんです。現在は、過去という下地のもとに成り立っている。先人たちが築いたものを継承し、その上に今を肉付けすることで文化は受け継がれていく。時代の気分によってプロレスの見せ方や価値観が広がっていても、根っこの部分は古き良き時代のプロレスが息づいているんです。だから、昔のことはちゃんと現在につながっている。若い世代のファンや初心者の皆さんからすれば、日本でプロレスを始めたのは力道山先生だと言われてもピンとこないと思われますが、事象をたどっていくとちゃんと今の棚橋弘至やオカダ・カズチカにつながっているんです。そうした過程を知ることで、自分がリアルタイムで見ているプロレスをより深く楽しむことができる。今のプロレス興行では対戦カードにまつわるそれまでの流れが、試合前に映像を使って説明されるんです。初めて見る観客もカードに含有された背景やテーマを把握した上で観戦できる。だからプロレスは、いつどこで入っても乗り遅れることはないんですよ。

 

――つまり過去の資料やデータを把握することで今がより楽しめると。

 

鈴木 そうです。本書の中で関連する事項があるものは、そのページに飛べるようリンクを貼ってあります。日めくりカレンダーのように一日ずつ楽しむ見方もあれば、ネットでどんどんたどっていくのと同じ見方もできます。それによって「ああ、自分が知っているこの出来事の背景にはこんなことがあったのか」と深く知ることができます。

鈴木健PH

 

――確かに、つながりを発見した時は妙に嬉しいものです。

 

鈴木 さかのぼるのは何もマニアだけの専売特許ではなく、初心者でもできることです。私はよく「プロレスの入り口を提供したい」と言うんですが、現実としてはプロレスラー自身が発信したり、タレントさんやミュージシャンのようなネームバリューのある方が「プロレスのここが素晴らしい」とアナウンスしたりするのと比べたら太刀打ちできないんです。やはりファンにとってプロレスラーはあこがれの存在ですから影響力が違うし、名のある方々は世間と直接的に向き合う中でとてつもないパワーを持っている。ならば自分の立ち位置からできることは、そういった方々に導かれて入り口をくぐった皆さんへ、さらなるプロレスの楽しみ方を知ってもらうことだと思ったんです。幅を広げるためのヒント、深く味わうための題材ですね。この書には1883年から今年2018年までの185年分の出来事が詰まっているんですが、自分の好きな団体以外のエピソードを目にすることで「そんなことがあったのか」「そんな選手がいたんだ」というようにフィールドを広げることができる。だから新日本プロレスと全日本プロレスの老舗団体、それ以外のインディー系、格闘技職の強いUWF系、さらには女子プロレス、海外に至るまでを網羅しました。それが、その人にとっての“入り口の先”となるために。

見本ページ3

たとえば10月の場合。すみっこにある榎本タイキさんのイラストもいい感じです。貴重な写真が掲載されているページも多数。

 

――本書では日付の読み方が365日分記されていますね。1月4日だったら“イッテンヨン”というように。

 

鈴木 他のジャンルにそうした呼び方がないとは言わないですが、プロレス界独特の言い回しとして日付を“○・○”と表記し、そう呼んでいます。それが記号のような役割を果たして記憶を呼び起こすんです。これは1976年8月26日に開催された「プロレス夢のオールスター戦」がきっかけとされています。「ハッテンニーロク」と聞いただけで、当時交流がなかった新日本と全日本、そして3つ目の団体として奮闘していた国際プロレスが日本武道館に集結し、ライバル関係にあったジャイアント馬場さんとアントニオ猪木さんが8年ぶりに一夜限りのタッグを再結成したというデータが抽出される。新日本が毎年1月4日に開催する業界最大のイベント・東京ドーム大会は“イッテンヨン”として定着していますし、日本プロレス史上最大の対抗戦として今なお語り継がれる新日本とUWFインターナショナルの全面対決(1995年)も“ジュッテンキュウ”という通称で呼ばれる。つまり、もともとプロレスは日付との親和性が高かったんでしょうね。それを365日分、呼んでしまおうという遊び心です。

 

――365日の出来事以外に3名のインタビューが掲載され「わたしのプロレス記念日」を語っています。

 

鈴木 まず、プロレスラーの中では新日本の獣神サンダー・ライガーさんにぜひお願いしたかったんです。なぜなら、ライガーさんは選手として“イッテンヨン”も“ジュッテンキュウ”も経験しているだけでなく、ファン時代に“ハッテンニーロク”を見にいっているんです。その3つすべてを実体験している人間はけっこう限られるので、ライガーさんの目にそれぞれがどんな情景として刻まれているかをお聞きしたかった。特にオールスター戦の話は観客席から見た、マスコミも知らない貴重な史実になるわけです。ミュージシャンのサイプレス上野さんは、十数人ぐらいしかいない場末のドインディー団体まで漂着しながら、2017年のイッテンヨンの公式テーマソングを担当されたという振り幅が広いにもほどがある方なので、どんな層の読者にも共感してもらえると思いました。身に覚えがあることを他のファンもやっているのって、嬉しいんですよね。そして地下アイドルグループとして熱狂的な支持を得ている「ベッド・イン」の益子寺かおりさんは、OL時代にある選手のマイクアピールを聞いて心を揺さぶられ、本格的に音楽活動をやろうと決意した方なんです。すごいですよね、プロレスラーって。一人の人間の人生を変えちゃうんですから。これも同じ女性の方に読んでいただければ、響くものがあると思います。お三方とも入り口のその先を、見事なまでに言葉と自身の体験によって提示してくれたと思っています。

 

――それにしても、何がそこまでプロレスにのめりこませるのでしょう。

 

鈴木 プロレスは大衆娯楽であり、戦後から現在に至るまで長きに渡り熟成されてきたジャンルです。時代ごとにその使命は変わりつつ、国民の中で途切れることなく根づいてきた。それは、リング上の闘いの中にさまざまなものが詰まっているからだと思うんです。勝者と敗者が描かれるのはもちろん、そこにテーマや背景、選手同士の関係性があればドラマが生み出される。技一つにも意味合いや思いがこめられ、選手一人ひとりの個性が浮き彫りとされる。私はよく“起承転結”“喜怒哀楽”“勧善懲悪”の3つが表現されるのがプロレスという言い方をしています。もちろん試合によって例外はありますが、見る側の心に刻まれたり高い満足感やハッピーを得られたりするエンターテインメントは、これらをしっかりと表現しているものが多い。時代と直結し、リング上は非日常空間でありながら日常とも直結しているから自分の人生に投影できる。昭和の時代と比べて今のプロレスは…という声がオールドファンから聞かれることもありますが、私は今のプロレスこそ自信を持ってすべての皆さんに勧められるジャンルだと確信しています。

 

――だからこそ本書をきっかけに、より好きになってほしいと。

 

鈴木 はい。これほど根づいた文化なのですから雑学としてコミュニケーションツールにもなり得ると思っています。まずは自分の誕生日から入って、ご家族や友人の誕生日に何があったかを見てください。そこにプロレスラーの名前や団体名が出てくるので、今度は知っている範囲で会話を進めてください。わからないことがあってもいいんです。プロレスを完ぺきにわかっている者などこの世にいません。わからないことが出たら、そこからさかのぼればいいんです。先人の皆さんは、ちゃんとわかるためのレガシーを遺してくれています。そうやって、プロレスは文化となり得たのです。

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著者

鈴木 健.txt

(すずき けん)

1988年9月~2009年9月の21年間、プロレス専門誌『週刊プロレス』(ベースボール・マガジン社発行)にて編集記者、編集次長、同モバイル編集長を務め現在はプロレス、音楽、演劇など表現ジャンルに関する編集ライターとして活動。番組、イベントのMCほか40団体以上のプロレス実況、解説を経験。

Twitter @yaroutxt

blogKEN.txthttp://ameblo.jp/kensuzukitxt/

 

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