単行本 - 芸術

見えにくいから見えてくるもの:花代の写真と漂流者の視点『花代の世界 地下活動半世紀』刊行に寄せて

  I.

  花代の写真に最初に出会ったのは、1996年刊行の写真集『ハナヨメ』と、それを記念するタカ・イシイギャラリーでの展示を通してだった。そのとき、ピンクやブルーに輝くおもちゃや踊りの発表会のような親密なイメージと平明な光で撮られた海外の町の一画が並列され、時折挿入される骸骨のイメージが甘美な夢の背後に忍び寄る虚無を思わせる巧みな構成に、まず驚かされた。輪郭のブレや色の溶解を通して、ミニチュアの世界を室内のように、遺跡の彫像の背後の空をおもちゃと同じブルーに撮る写真家の、少女性の意図的な虚構化によって「少女」という存在の虚構性をあぶり出す遊戯的な知性に心が踊った。そこに、当時自分が求めていた、女性作家が虚構を通して自己表現を芸術表現へと変容させていく方法を見出せるように思った。

  本来はその本棚が示唆するように、鋭い批評精神の持ち主であろう花代が、ハーフサイズカメラという焦点の確認ができないカメラを使って、そのメディウムの限界ゆえに生じる粒子の粗さや焦点のブレを受け入れるという、表面的には素人っぽい、つまり、プロの写真家の文法から逸脱した技法なき技法を選びとっていることに、新しい自己表現の可能性を感じた。花代の芸術家としてのあり方は、当時私が夢中になっていた、花代と同世代の映像作家セディー・ベニング(b. 1973)のことを思い出させた。ベニングもまた、10代の半ばに父からもらったおもちゃの撮影用カメラ、ピクセル・ヴィジョンを使って、アメリカの寂れた工業都市のレズビアンのティーンの日常を撮り、おもちゃや新聞記事のコラージュ、粗い粒子とハレーションで歪みぼやける映像、現像時に生じた光の染み出しを心象の表象として取り込むセンスと、文字と音声で綴る率直な語りの組み合わせの実験性が高く評価されて、10代の終わりにニューヨーク近代美術館で、その映像日記が上映されていた。

  プロフェッショナルな経験や、「大人」の常識や、「教育」のような、個人の視点を打ち出すために必要とされる道具や肩書きをあえて使わず、むしろそれらを持たない、つまり自らの表現言語を持たない「サバルタン」とされる若い女性たちが、今手にはいる「貧しい」道具を使って自分の内面世界を抽象的にあるいはバロック的に変容させてつくる視覚言語を、花代も、ベニングも、自らつくり出していた。それは、80年代フェミニズムの理論的な言説とは別の、女性作家が自由に表現するための「方法」を示唆していた。つまり、今の言葉でいうポストフェミニズム的な芸術表現の可能性を、私は花代やベニングの作品に見ていたのだと思う。

 

II.

  2021年の夏、花代の芸術家としての人生の半ばにおける記念碑のような書籍『花代の世界  地下活動半世紀』が刊行された。そこには、90年代から今日に至る、花代のパフォーマンスの記録と彼女の写真が収録されている。その一つ一つの行為は、「生を退屈なものにしている虚無的な時間を少しでも少なくするために」、日常を異化する介入行為や人々が集まるための状況の構築を考えた60−70年代のフルクサスやシチュエーショニストインターナショナルの活動の精神を引き継ぐ、火花のようなものだった。

  花代の芸術の本質はパフォーマンス的なのだということを、その活動の記録は伝えてくれる。写真を撮ることとパフォーマンスをすることは、花代にとって一つであり、分けて考えることに意味はないだろう。けれども、花代の写真についてしばしば語られる「どこを、いつ、撮ったのかわからない」、「何が撮られているのかはっきりしない」といった言葉は、花代の写真が移動の間に漂流者の目をもって撮られたことの証であるように思われる。そして、パフォーマンスが、写真や映像によってドキュメンテーションされることはできても、その本質はある場所で同じ時間を共有した人にしか伝わらない、うつろうものであるように、花代がすべての出来事や人間や動物や天候を、常に変容する、相と相の間に漂っているものとして捉えているということが、その写真の撮り方から読み取られてくる。

  そのことは、写真を記録や、変容する容態や流れる時間の固定的なイメージへの定着と捉える、従来の写真観とは相容れないように思えるかもしれない。しかし、花代の撮り方は、写真は光の痕跡なのだという根本的な事実と矛盾していない。花代の写真の「光」は、花代の感情によって色付けされ、それによって、独特の湿度と時間的心理的な距離の遠のきの感覚が生じている。けれども、そうして得られたヴィジョンが、花代にとっての「現実」でないとは言えないだろう。

  花代の撮る風景や動物や人間の写真は、私に、「空華」という言葉を思い出させる。それは、仏教用語で、空中に存在すると思われる花、実体がないのにそこにあると思われる錯覚のことを意味している。また、ある種の眼病(「 翳眼 えいげん 」)を患っている人が空中に見る花のことも指している。辞書的な意味合いはそうであっても、道元禅師は、この「空華」を、否定的な意味でとらえていない。むしろ、そのような目の錯覚、認識の錯誤と思えるところに、狭い凡人の常識が切り捨ててしまう真実が、自分の認識の境界の外にある、生の新たな認識が潜んでいることをその著書『正法眼蔵』で指摘している。

  花代の写真は、時系列に忠実に積み重ねられた思い出とは関係ない。それは、むしろ、人が生や死について漠然と考えていることが一見それとは何の関係もない日常のどうということもない風景や光景を見たときに、「本質」としか思えないイメージとなって浮かび上がってくる、つまり、人の無意識の底に沈んでいた気付きや予感がささいなきっかけによって決定的なヴィジョンとして現れ出る ―― それこそ「空華」とは言えないだろうか? ―― ときに、そういう明確な意識もなく直感によって撮られた写真なのだと思う。

  そのように感じる根拠を、花代自身の写真が与えてくれる。『花代の世界』に収録されている写真のなかでも、代表的なものが、3枚ある。1枚目は、2000年の、東京の六本木近辺のような、高層ビルの前景に古い低層のビルや寺院の屋根や、それらを囲むように高架の自動車道が巡っている、車で走行中に、あるいは近くのビルの窓から撮られたかのような、写真。2枚目は、2012年の、薄明か黄昏であるような金と乳白色の光の中に幻のように佇む猫の写真。3枚目は、2016年の日本の庭園の写真だ。ビルの写真は、ビルの形こそ変わっていても、赤瀬川原平が「トマソン」という、東京オリンピック以前の東京の風景の痕跡を探していた頃の81年に六本木で撮った「ビルに沈む街」の風景と同質の雰囲気を放っている。猫は、生まれたばかりか死ぬ寸前のような、そこにやっとある生命を保っている。風景は、酸化し腐食したテラリウムの拡大写真のようにも、死にゆく地球の予兆のようにも見える。それらの写真では、現実にある風景や動物に漂う、滅びゆくもののはかなさと、存在していることが奇跡であるような個別的生命の実感が、捉えられている。そしてその生命の姿は花代の眼差しによって極端に虚構化され、その虚構こそが真実(真性)であると主張されている。その写真の撮り方、示し方は、「空華」をただの錯誤ではなく、ありとあらゆるものに真実が宿っていることの証ととらえる道元禅の思想と矛盾しないようにも思われる。

 

III.

  花代の写真は私に、批評家アントン・エーレンツヴァイグが1967年の著書『芸術の隠れた秩序』(The Hidden Order of Art)の中で述べた「下位の視覚」の定義を思い出させる。それは、何かに焦点を当てることなく、ぼんやりと、あるいは偶然に見たという未分化の視覚体験を意味している。エーレンツヴァイクは、そのような視覚には、無意識に刻まれた物や体験の全体像や重要性がつかみとられていると考えた。写真表面に降り積もる砂や霧のような粒子による事物の輪郭のブレによって、撮られている対象と観客の視点の間に薄い感情のヴェールや皮膜が張られているような花代の写真も、「視点」というよりも感覚器官全体で対象物やその場の空気の自分にとっての意味を探ろうとする手段だと言えよう。

  2021年の夏から秋にかけて開催されたタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムでの個展『Hanayo IV—Keep an Eye Shut I』や、三越コンテンポラリーギャラリー『花代の世界 地下活動半世紀』の展示からも、90年代から揺るがない、何かに触れた時の自分の心の動きを、考えるよりも早くとらえる手段としての写真への花代の信頼が強く感じ取られた。

  いくつかの写真では、光がつくる色面や形態の変化が印象的だった。一枚の写真では、花代の愛嬢点子の上半身のポートレートの画面左下の端に、濃いピンクの色の滲みが赤いダリアの花のように広がっている。別の写真では、淡い光に霞む庭に面した窓の側に現れたキャンディーのように鮮やかな赤と緑の塊が、静かな日常に突然訪れた魔法のように見える。また別の写真では、バレエ・レッスン中の少女たちの脚の上に光のブレや痕跡によって接合された身体のような幻影が浮かび上がる。さらに別の、点子の首から上のポートレイトの背後には、水の戯れのような光の襞がたゆたっている。それらのイメージは、写真という媒体でなければ捉えることのできない光の痕跡を示していた。

   その一方で、97年のポーランドの村で撮られた、大きな木の下を少年が自転車に乗って通る写真では、ミルクグレーの光の色が抑制されているために、光の質感や厚みが強く伝えられ、その時の天候や時間や気分の憂鬱なリアリティが捉えられていた。

  そこにあり、目は見ているはずなのに、明確に意味のあるものとして意識されていない何か。何かに焦点を当てて見るのではなく、一瞬の心の動きを手の動きに移し、あとはカメラに任せたからそこに見出された美しいイメージ ―― それもまた、「空華」なのだと感じた。それは、花代が、焦点を当てたり、画像構成をしたりしないで撮るときの「失敗」のリスクを恐れない、むしろそのような撮り方で得られたものを「失敗」と見なさないゆえに可能なのだろう。

  多様な現象世界の中でただ一瞬「自分のためだけに」形をとり、現れ出る何か大切なもの、それを明確な図像としての固定的表象に閉じ込めるのではなく、その体験の質感を転移/転位させるための媒体が、花代の写真だ。それは、外界のものの個別的な生命に触れ、そこに近寄ろうとすることで自分自身の意識の境界を暫定的に定めていく、流動的な自我の営みの軌跡だ。

  その営みの本質を、映像作家宇川直宏は、花代のキャリアの初めから感じ取っていた。「彼は、「『ハナヨメ 』を見せられたその日から、心(とよばれているもの)は、『私』という器官に内在したものではなく、どうやら『私』の外側に存在するものだと感じ始めるようになった」と語る。その「外側」とは、まさに、人が生きて行く時必ず遭遇する外界の個々の生命や現象であり、それらの個別的存在が人に与える鮮烈な印象であろう。また、「外側」は、人間の合理的な意識が及ぶ他の感覚的真実、つまり無意識の世界を指してもいるのだろう。

 

IV.

  花代の写真は、ある瞬間に現れた事物の自分への意味を一瞬にして捉える瞬発力において詩的でありながら、その粗い粒子や光の痕跡が作り出す事物との距離感と、意識せずに撮られてしまったものの存在を許すことにおいて、散文的であると私は感じる。事物と人の感覚、さらにはその感覚のイメージや言葉としての定着の間には必ず「ずれ」が生じる。花代の技法はその「ずれ」を、感じ表現することの必然として受け入れ、そのことによって、過ぎ去るものへの愛惜の感覚やその瞬間出会ったものへの敬意を伝える。彼女の技法は、日常の発見を凝縮されたイメージとして定着させる詩ではなく、その感覚的痕跡を一語ずつ置き換えながら手繰り寄せる散文のようだ。その「事実とのずれ」の間に意味が生じる。

  そのような花代の技法は、観客に、すべてが明白に見えている写真を見るよりも強く撮影者の存在を意識させ、同時に観客がその感情の軌跡を手探りでたどるようにその写真に接することを試みさせる。それは、批評家の場合もまた同様だ。『花代の世界』に寄稿された、花代と長く関わりその活動を見守って来た批評家や友人たちの文章は ―― 例えば椹木野衣が花代の2018年の外苑前における個展の真摯で哀切な文明批判の行為をすさまじい臨場感で再現したように ―― 、花代の作品の意味を手探りするように丁寧に言葉を紡いでいく。そして、花代の方法をたどりつつ自らの心のありようも映し出していく。その過程もまたパフォーマンス的であり、そこには、花代の写真と観客との共鳴的な関係性が反映されている。

 道元は、目の翳りのあるところに目の働きがあり、空華が咲き誇るとき事物の本質が明らかになるとした。それは、人は現象に触れることで心が動き、その本質のヴィジョンを持つことで認識を高めるということだ。その営みは、生が続く限り終わることがない。花代の写真もまた、彼女が世界と接する限り、終わりのない日記のように、続いていくのだろう。

 

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