文庫 - 日本文学
人間には「ネガティブ遺伝子」というものがあって、日本人はこの遺伝子を持っている人が世界で一番多いのだそうです。
山田悠介
2016.02.22
山田悠介
『スイッチを押すとき』は二〇〇五年夏、『リアル鬼ごっこ』のデビューから十二作目に発表した書き下ろし小説です。書いていたのは二〇〇五年の年明けからで、もう十年前のことですが、当時のことははっきりと覚えています。
前の作品の執筆がひと段落して、次の新作はどういう物にしようか、自宅のリビングでテレビを見ながらなんとなく考えていた時でした。ニュース番組で、前年一年間の自殺者数が、過去最高だった二〇〇三年よりは低下したものの、依然三万人を超えたと伝えていたんです。
詳しいことはあまり知りませんでしたが、そのニュースを聞き「これだ」と思いました。
痛ましいニュースではありましたけど、「自殺」を題材にした小説を書きたいと考え、少しずつ情報収集を始めたんです。
人に限らず動物は「生きたい」と思うのが本能です。にもかかわらず毎年およそ三万人もの人が自ら命を絶つのは何故なのか。病気や経済的理由による将来への不安、男女の問題、職場や学校でのイジメなど、年齢や性別によっても理由はまちまちでしょうが、当時まだ二十代半ばだった私にとっては、自分より若い自殺者が二千人ほどいることも衝撃でした。
これはその後知ったことですが、人間には「ネガティブ遺伝子」というものがあって、日本人はこの遺伝子を持っている人が世界で一番多いのだそうです。
この遺伝子を持っていると、セロトニンという、精神を安定させる物質が不足して、何事にも慎重で心配性、その名のとおり何かとネガティブに考えることが多くなるのだそうです。
「自殺」という究極の選択に至るまでには、様々な理由が重なり、決断するまでに多くの葛藤(かつ とう)があるとは思いますが、もし遺伝子が何かしら影響しているのだとしたら、運命の恐ろしさを考えずにはいられませんでした。
そんな情報をもとにして、政府が「自殺の理由」「心情の変化」を実験によって調べる物語にしようと作っていったのが本作です。
ストーリーの大筋を考える段階では、主人公たちの「夢」や「葛藤」をたくさん書こうと意識しました。
これまでは、冒頭で提示した設定で主人公がゲームをする、という物をたくさん書いてきたので、今回は少し違う物にしたいと思ったんです。当時はそこまで意識してませんでしたが、今回文庫化するために改めて読み直してみると、『スイッチを押すとき』以前と以後では、ずいぶん書き方が変わっているなと、自分自身驚きました。いろいろな意味でこの作品は転機になったように思います。
今回の文庫化にあたり、ここ数年で気になっていたところはすべて直すことができました。重いテーマではありますがあくまでも娯楽作品です。楽しんでいただいたうえで、読者の皆さんそれぞれが、何かを考えるきっかけになれば嬉しいです。