
ためし読み - 14歳の世渡り術
かつて、海は“緑⾊”だった !?「緑の海仮説」が世界的科学誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載! 松尾太郎著『宇宙から考えてみる「生命とは何か?」入門』で初公開されたその説を無料公開 - 2ページ目
松尾太郎
2025.02.19
地球と生命の共進化
では地球を例にして考えてみましょう。酸素を発生する光合成生物(シアノバクテリア)の誕生は、地球環境も大きく書きかえました。それが24億年前に起こった「大酸化イベント」と6億年前に起こった「新原生代酸化イベント」です。地球の誕生当時から24億年前まで、地球大気の酸素濃度は現在の0・01%未満でしたが、大酸化イベントによって、現在の数%から10%程度まで、酸素濃度が急上昇したと考えられています。莫大な太陽光エネルギーの利用が、全球規模の変化を引き起こしました。
この酸素の上昇は、酸素を利用する生物(好気性生物)の誕生を後押ししました。酸素はフッ素の次に電子を引きつける原子で、糖と反応(燃焼)することで大きなエネルギーが体内に生まれます。この大きなエネルギーを利用することで、生物はさらに進化しました。地球から生物、生物から地球への双方向のやりとりが行われ、地球という大きな視点からとらえれば、生命と地球はそのやりとりを通してともに進化してきたのです。これを「地球と生命の共進化」と呼びます。
この共進化のもとになった概念が、1972年にイギリスの惑星科学者ジェームズ・ラブロック(1919―2022)によって提唱された「ガイア理論」です。ラブロック博士は、地球における生物圏だけでなく、地球表層(大気圏、水圏、土壌圏)までに目を向けました。そして地球というシステムは、それぞれの圏の単純な足し合わせで成り立っているのではなく、たがいに影響を及ぼし合い、密接に結びついた一つの進化するシステムであると考えました。生物の活動によって、地球表層は書きかえられ、新たに書きかえられた表層は生物を進化させて、という具合に、生物圏と地球表層はキャッチボールをしながら、ともに進化するのです。この一つに結びついたシステムを「ガイア」(ギリシャ神話に登場する大地の象徴の神)と呼び、ガイアは一つの巨大な生命体のようにふるまい、生命にとって最適な環境が自然に作られると考えたのです。
光合成生物の進化の謎
ここからは、地球の酸素量を現在と同じにした立役者の光合成生物を通して、地球と生命の共進化を具体的に見ていきましょう。光合成生物が生存競争を有利にするためには、光を吸収する色素を獲得できるかどうかが鍵だったと考えられます。その色素は進化の過程で偶然獲得され、その色素を最初に獲得できた生物が資源の獲得競争の勝者となり、優勢になったのではないでしょうか。この光合成生物の一種が先ほどのシアノバクテリアで、水を光合成の材料として利用することで酸素を発生させ、地球の大酸化イベントを引き起こしました。またシアノバクテリアによって大気中の酸素濃度が急激に上昇した地球環境は、シアノバクテリアの進化にも影響を与えたと考えられます。
ここで、私たちの光合成生物の進化に関する最新の研究について少しだけお話ししてみましょう。生物学・化学・惑星科学の研究者が協力できたからこそ、専門分野を越えて新たな視点が生まれ、光合成生物についての長年の謎を解決する糸口を見つけることができました。まずは、光合成生物の進化に関する謎からお話ししましょう。
大酸化イベントが起こる24億年より前の地球には酸素がほとんどありませんでした。この時代に、水の中で誕生したのがシアノバクテリアの祖先で、酸素を発生する最初の光合成生物だったと考えられています。シアノバクテリアの光合成のしくみは、現代の植物までふくめて、酸素を発生するすべての光合成生物で全く同じです。つまりこの光合成のしくみは、その当時に完成され、生物の進化において、その後も全く変わることがありませんでした。
一方、この光合成のために使われる光を集めるアンテナは、生物の進化とともに大きく変わりました。大酸化イベント以前に誕生したシアノバクテリアは緑の光を中心に集めるのに対して、現代の植物は青と赤の光を中心に集めます。可視光は、赤・緑・青からなりますので、シアノバクテリアと植物は異なる色の光を集めることがわかります。色の違う光を集めるために、そのアンテナの中にある色素は、シアノバクテリアと植物では異なり、シアノバクテリアは緑の光をビリン色素で、植物は青と赤の光をクロロフィルでそれぞれ集めます。なおクロロフィルは、光合成の反応過程でも使われていて、シアノバクテリアをふくめた、あらゆる光合成生物にあるものです。シアノバクテリアは、クロロフィルを体内で作れるにもかかわらず、新たにビリン色素を作ったのです。さらに1ミリの1000分の1しかない単細胞生物であるシアノバクテリアのアンテナは、植物のアンテナの10倍もの重さがあり、小さな体にもかかわらず、大きなアンテナを張っていることがわかります。ではなぜ、クロロフィルとは違う色素を使いながら、大きなアンテナを作る必要があったのでしょうか?
かつて海は緑色だった?
この疑問を一挙に解決するアイデアが「緑の海仮説」です。現代の光合成生物の観察を通して生まれました。現代の光合成生物は、その環境に届く光の色に合わせて、光を集めるアンテナをみごとに最適なものにしています。わずかな色の違いも見逃しません。そこで光を集めるアンテナが違うシアノバクテリアと植物では、その生息する光の環境が、それぞれの時代で違っていたのではないかと予想しました。それでは光合成生物の進化に合わせて、光の環境を3つの時代にわけてみましょう。
1 シアノバクテリアの祖先が誕生した時代─光の環境=青 海の色=青
2 現代のシアノバクテリアに進化した時代─光の環境=緑 海の色=緑
3 現代の植物が誕生した時代─光の環境=白色 海の色=青
1と2番目の時代が地球の大酸化イベント以前で、3番目が大酸化イベント以降になります。緑の海仮説とは、ちょうど2番目の時代にあたり、1と3番目は海の色が青であったのに対し、2番目は緑だったのではないかという説です。
大酸化イベント以前は、酸素から作られるオゾン層がないため、水が紫外線を遮る役割を果たしていたと考えられます。生物にとって有害な紫外線が十分に水に吸収される深さは20から30メートルですので、わずかに太陽の光が届く、比較的水深の深いところに、シアノバクテリアの祖先は生息していたのではないでしょうか。その深さになると、水によって、紫外線だけでなく、緑・赤・赤外線の光が吸収されて、水に最も吸収されない青い光だけが生息域に届きます(青の時代)。海が青く見える理由の一つに、太陽の光のうち青い光だけが海の中で吸収されずに海底まで届いて、それが反射して海面に戻ってくるからです。この青の時代に作られた色素がクロロフィルでしょう。なぜなら、その青い光を吸収することができ、さらに光合成反応の役割も担うことができるからです。
しかしシアノバクテリアの祖先が酸素を発生してからまもなく、シアノバクテリアにとって予想外のことが起きました。その酸素によって光合成生物にとって食糧である光が届かなくなったのです。発生した酸素は当時の海に溶けていた還元的な鉄イオンと結びついて、酸化鉄を形成しました。その酸化鉄は、紫外線から青い光までを効率よく吸収するので、唯一生息域に届いていた青い光まで届かなくなりました。
また酸化鉄は、水よりも効率よく紫外線を吸収するので、光の明るい浅い海へ、浅い海へと、シアノバクテリアの祖先は移動することができるようになりました。酸化鉄によって青い光が、また水によって赤外線・赤い光が吸収されたものの、水深の浅い領域では緑の光だけが吸収されずに残りました。その結果、海の中で緑の光だけが吸収されずに残り、その緑の光で満たされた海になったのではないかと予測したのです。これがまさに緑の海の起源です。太陽の光は白色に見えますが、これは光の三原色である、赤・緑・青の3色がほぼ均等に混ざっているからです。このうち青が水中の酸化鉄によって、赤が水によって吸収されてしまい、生息域に届く光は緑色だけになるというわけです。シアノバクテリアの祖先は緑の光を利用するために、その色を吸収するビリン色素を発達させた─これがまさに現在のシアノバクテリアの誕生で、緑の海という自然選択のふるいを生き抜くことができたからこそ、繁栄できたのでしょう。これが2番目の緑の時代です。
大酸化イベントが起きて大気に酸素が蓄積されオゾン層が形成されると、さらに水面まで生息域を広げることができます。生息域には、紫外線を除く、青から赤までの色の光(可視光全域の光)を利用できました。これが3番目の白色の時代です。その結果、緑の海のために発達させたビリン色素を持ち続ける生物もいれば、捨てる選択をした生物もいました。捨てる選択をした生物には緑藻類や褐藻類還元的(ワカメやコンブ)があります。シアノバクテリアのアンテナは巨大なので、維持するのに大きなエネルギーを必要とします。代わりに青と赤の光を吸収するクロロフィルを利用したアンテナが登場しました。このうちの緑藻類が陸上に進出して陸上植物に進化しました。青から赤までの多様な光の環境が、多様な光アンテナを生んだ要因の一つだったのではないでしょうか。この時代には現在の海と同じ青色になりました。
海の色を変える鍵となる鉄元素のふるまいについてもう少しくわしくお話ししましょう。光合成生物が誕生する前、海には酸化する前の還元的な鉄イオンが溶けこんでいました。イオンとは原子が電気を帯びた状態で、還元的な鉄イオンは中性の鉄原子に比べて二つ電子が足りない状態でプラスの電気を帯びています。
やがて酸素を発生する光合成生物の登場によって徐々に海が酸化されると、還元的な鉄イオンは酸化鉄の微粒子に変わります。海の中に浮遊していた酸化鉄微粒子の紫外線や青の光を吸収する特有の性質によって、緑の海が作られました。さらに24億年前の大酸化イベントによって大量の酸素が放出されて海が完全に酸化されると、海全体に還元的な鉄イオンが広がることがなくなりました。そして、すべての酸化鉄の微粒子は沈澱して酸化鉄が海から除去されて白色の光の中で青い光が吸収されることがなくなり、現代の青い海に戻ったのです。
光合成生物の誕生によって海や大気の環境が変化し、さらにその環境の変化による自然選択が生物の進化を促しました。特に緑の海が生物をふるいにかけて、生き残った生物こそがシアノバクテリアであり、このシアノバクテリアの繁栄が大酸化イベントを引き起こしたのではないでしょうか。
なお最近、緑の海と類似の環境が現代にも再現されていることがわかりました。九州の薩南諸島の北部にある硫黄島の周辺海域です。このあたりでは、活発な火山活動があり、熱水噴出孔から海に大量の還元的な鉄イオンが流れ込み、酸化された海の中で還元的な鉄イオンはただちに酸化鉄の微粒子に変わり、一部は海の中で浮遊し、残りは沈澱します。この酸化鉄が青の光を、水が赤の光を吸収し、水深の浅い領域では水中を緑にしています。緑の時代は単なる予想ではなく、自然に存在することが明らかになりました。
宇宙における生命
このように地球生命は、約40億年という長い時間をかけて、地球とともに進化してきました。地球上に誕生した直後の原始的な生命は、生命が持つ必要最低限の機能だけを備えていたと考えられます。そして、途方もない時間の中で、少しずつ生命の機能が複雑になり高度になっていき、やがて知的生命体である人類が誕生しました。別の惑星に生息する生命体も原始的な生命から徐々に進化し、複雑化・高度化した生命になると考えられます。どの惑星でも、時間をさかのぼれば生命の共通性が、時間を進めれば生命の多様性が見えてくるでしょう。そして原始的な生命ほど、他の惑星の原始的な生命とも特徴が似かよい、進化が進むにつれて、各惑星の生命体ごとの固有の性質が明確に現れてくるでしょう。
この時間とともに現れてくる生命の多様性の原動力こそ生命と惑星の共進化であり、その土台になるものが、生命を形作るもう一つの要素の「情報の伝達」です。
地球の生命は、遺伝子の中に生物のすべての情報を入れ込みました。そして同時にA・T・C・Gの暗号のような情報を解釈するしくみも作ったのです。これが地球のすべての生物に共通する基本原理であるセントラルドグマです。この基本原理の優れた点は、情報の送り手と受け取り手の両方のしくみを作ったことで、情報だけを子孫に伝えられることです。遺伝子という4つの文字の並べかえだけで、生物の特徴・機能のすべてを表現することに成功しました。もし巨大なタンパク質をそのまま伝達させようとすれば、周囲の環境によってタンパク質の形が崩れて元の機能を発揮できなくなるかもしれません。インターネット上の情報交換も遺伝子の伝達と同じく、送り手と受け手でデータ形式などのルールをあらかじめ決めることで、暗号のようなデータだけで情報を安全に交換できるようになりました。地球生命の進化の初期に、受け手と送り手の間で遺伝子のやりとりがうまくいったことで、安定して情報伝達ができるようになり、それが後に伝えられて、情報伝達の形として確立したのではないかと思われます。
一方、この情報伝達の方法では、時には大きな失敗も起こってしまいます。たった4文字しか使わないので、1文字でも変化したり、欠損してしまうと、別の情報に置きかわってしまうのです。しかしそれこそが地球生命の進化の源であり、地球環境の変化とともに、環境に最適な生物が選択されて、共進化が起こったメカニズムではないでしょうか。情報伝達の中に多様性を育む仕掛けを作っていたのです。宇宙における生命もまた、地球生命とは別の暗号や情報伝達のルールを決めて、進化していると考えられます。
生命の共通性が「外からのエネルギーの獲得」と「情報伝達のルール」であり、共通性から生まれる惑星と生命の共進化が多様性を育むと考えられるのです。獲得したエネルギーの一部によって惑星の環境が変化し、情報伝達によって生命の進化が促される─生命の共通性と多様性は、切り離すことのできない関係にあるのです。「共通性」と「多様性」は、正反対の性質であるにもかかわらず、小さな細胞内でこの二つの性質のバランスが取れているのです。これこそ生命の本質であり、宇宙生命の普遍的な性質の一つなのではないでしょうか。
正反対の性質の共通性と多様性が生命に備わっていれば、宇宙生命の生息可能性を高めることができるでしょう。隕石の衝突や惑星全体が氷に覆われてしまう全球凍結、太陽系近くで起こる超新星爆発による高エネルギー粒子のシャワーが地球環境を一時的に変えたこともありました。しかし確実に情報を子孫に伝えながら、時々起こる大きな環境の変動にすべての種が絶滅することなく、地球生命は、約40億年という長い時間にわたって存続することができたのです。
これから私たちが探そうとしている宇宙における生命も、一瞬で絶滅することなく惑星とともに長い時間をかけて共進化していることでしょう。そして生命活動の「サイン」が、惑星環境の変化として現れているでしょう。もし宇宙生命の普遍的な性質が予想どおりであれば、これらの特性によって、地球外生命の発見の可能性は高まるのではないでしょうか。そして「生命とは何か?」という問いに答えるためにも、私たちをふくむ宇宙生命の理解がますます重要になるでしょう。
今後の地球外生命の探査が、その鍵を握るといっても過言ではないのです。
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