ためし読み - 14歳の世渡り術
進路相談で「畜産学科へ進みなさい」と言われた飼育係志望、いざ就職で「大卒女子は採らない」!?——動物園飼育係・田中理恵子の場合 『動物と仕事がしたい!』無料公開
田中理恵子
2025.12.16

『動物と仕事がしたい!』
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動物関係の仕事に就きたい──。
子どもの頃、そう夢見たことがある人は多いのではないでしょうか?それを叶えた大人たちの経験談とリアルな現場の話を集めた『動物と仕事がしたい!』が大好評発売中です。
皆が知る飼育係や獣医のほか、「こんな関わり方があったのか!」という知る人ぞ知る仕事まで、14人がリアルな内情を明かしてくれます。
漠然としていた夢が形になるかも。
いまは他の職業でも、転身する道が見つかるかも。動物「と」働きたい、という思いを持つ人、必見の一冊です。
本書の刊行を記念し、NHKラジオ「子ども科学電話相談」でもおなじみ、埼玉県こども動物自然公園・田中理恵子副園長の章を一部公開します。
こうと決めたらまっしぐら
「あなたは世界でいちばん遊んでる子だわね」
そう母に言われたのは小学生の頃だった。「たしかに私はいつもすごく忙しく遊んでいるかも」と当時自分でも思った。
学校から帰ると、ランドセルをポーンと家の中に投げ入れて、友達との待ち合わせ場所へ自転車を飛ばして毎日直行した。ローラースケート、竹馬、ボール遊び、基地づくり。雨の日だって雪の日だってフルスロットルで外遊びだ。日が暮れたからってすぐには帰らない子で、よく近所のおばちゃんたちに「さっさと帰れ!」と注意された。絵を描くことも大好きだったので、しょっちゅう道路にロウセキで漫画を描いていた。自分の家の前だけでは足らず、50メートル先の他人の家の前の道路までもがキャンバスとなっていた。今思えばよく怒られなかったなと思う。
さらに忙しかったのはたくさんの動物の世話だ。犬、猫はもちろん、ヘビ、カメ、ジュウシマツ。水槽の中にはザリガニ、クチボソ、タナゴ、イモリにドジョウ。庭の池にはダルマガエル、ウシガエル、アマガエル。ダルマガエルは100匹に達するときもあった。バケツと網と小銭を持って一人で電車に乗り、お気に入りの川まで捕まえに行っていた。オタマジャクシを見つけたら、家に持って帰ってカエルに成長させることを何よりの楽しみとしていた。それらの動物たちへのエサやり、掃除、水交換、散歩などの世話で、それはそれはめまぐるしい日々を送っていた。さらに、保護した野鳥を年がら年中育てていたので、それも加わったが、本人はちっとも大変だと思った記憶はない(鳥獣保護管理法により、現在は野生鳥獣の捕獲・飼育は原則禁止されている)。忙しかったけど楽しかった。今思えば、あんなに生き物を飼っている子はまわりにいなかった気がする。動物たちの世話と友達との遊びでスーパービジーな子どもだった。
幼い頃。飼っていた犬のコロと
こんな自由奔放なわが子の生きざまを両親は何も言わずに見守ってくれた。いろんな虫を拾ってきたり、犬や猫を連れて帰ってきたり、玄関や庭は生き物と水槽とプラケースとエサの虫であふれていたのに何ひとつ嫌がられたり怒られたことはなかった。セミを胸につけて母と電車でお出かけしたこともあった。ひどいときは冷蔵庫にプラケースごと虫が入っていた。大人になってから母がぼそっと「実はお母さん、本当は生き物が苦手だったのよ」とつぶやいたのを聞いたときはかなり驚いた。てっきり自分と同じように好きだと思っていたからだ。それを聞いてからは感謝しかない。自分はグッと堪えて、子どもの好きなことをのびのびとやらせてくれた。母のこの思いのおかげで、私は今の仕事へとつなげることができた。
そんな小学生だったから、将来は絶対に動物に関わる仕事に就きたい、そう思っていた。ある日、叔母から『わたしの動物記』(ポプラ社)という本をプレゼントしてもらった。当時の上野動物園の女性獣医、増井光子さんが綴った動物園でのエピソード集だ。読みはじめるととにかく楽しく、読めば読むほどのめり込んだ。そして「私は動物園の飼育係になるぞー」と心に決めたのだ。
中学、高校は部活動に明け暮れたが、飼育種数は減ったものの生き物を飼うことは続けていたし、飼育係の夢も変わらずだった。
高校2年生のとき、そろそろ進路を決めなくてはというタイミングで、東武動物公園に勇気を出して電話をした。
「飼育係になるにはどうしたらよいでしょうか?」
すると、「まずは大学の畜産学科へ進みなさい」とアドバイスをもらい、東京農業大学の畜産学科に進学した。
大卒女子はいりません?
大学では家畜に関する勉強とともに、博物館学芸員の資格を履修し、夏休みや春休みなどは、上野動物園や埼玉県こども動物自然公園で実習やアルバイトにいそしんだ。とにかく飼育係という仕事を体験したかった。それが自分の目指す道なのか、やりたいと思う仕事なのかを確認したかったからだ。ほかにも長野の養豚場や北海道の牧場、山階鳥類研究所などにもアルバイトに行き、動物と関わるいろいろな職場で経験を積んだ。そこでは実際の仕事の経験だけでなく、多くの先輩たちとの出会いもあり、ウラ話や経験談を聞くことができたのも大きな収穫だった。
そんな体験を積んでいくと、動物園で働きたいという思いがより強く固まっていった。国内では動物園飼育係の募集がどれくらいあり、その応募条件はどうなのかを知りたくて、当時国内にあった100近い動物園すべてに手書きの手紙を送って問い合わせた。返事が来たのはそのうちの半数ほど。さらに、その多くは「大卒は採りません」「女性は採りません」という私にとって希望のまったくない返事ばかりだった。動物園の飼育係の募集はとてつもなく少ない。そして大卒の女性は求められていない。厳しい現実を知った。
それでも私は「どうしても動物園で働きたい、いやこうなったら意地でも働いてみせる」くらいの気持ちになった。第一志望は休みのたびにアルバイトをしていた埼玉県こども動物自然公園だったが、卒業が近づく1月になっても募集の気配がない。管理をしている埼玉県公園緑地協会の職員募集は発表されたけれど、そのなかに動物園職員を含むという表記は見当たらなかった。そこで当時の遠藤悟朗園長に「私は受験するべきでしょうか?」と聞くと、何も言わずに私の目を見てこっくりうなずかれた。その意味を私なりに受け取って願書を提出した。
試験は2月。ほとんどの同級生はすでに就職先が決まっており、私だけが取り残されていてとても不安だった。しかし、3月に入って合格通知が来たときは飼育職に就けるのかどうか保証もないのに飛び上がるほどうれしかった。そして4月から念願の飼育係としての日々をスタートすることができた。遠藤園長のうなずきを信じてよかった。
続きは『動物と仕事がしたい!』でお楽しみください。

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