ためし読み - 文藝
阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(13)「Hush…Hush, Sweet Charlotte」
阿部和重
2022.11.06
十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。
「Hush…Hush, Sweet Charlotte」
ベティ・デイヴィス、ロバート・アルドリッチ監督によるホラーサスペンス映画「ふるえて眠れ」の主題歌
https://music.apple.com/jp/album/hush-hush-sweet-charlotte/896737339?i=896737440
──世界の政治指導者も出れば、日本のアイドルも出る。この固有名詞の幅広さもあなたの魅力ですね。次の作品では十代の男女らが偶然、親族間の内紛で親元から連れ去られてしまったらしい赤ん坊を発見します。子育ての知識など何もない若者らが、高熱を出す赤ん坊をなんとか助けようとする姿にじーんときました。
「これは『早稲田文学』とイギリスの文芸誌『Granta』との共同企画で、イギリスの誌面に英訳が載ることが最初から決まっていました。ちょうど自分自身も乳幼児の子育て中だった頃です。育児についてはわが家にいらっしゃる大先生(妻で作家の川上未映子さん)が『きみは赤ちゃん』というエッセイを既に発表していたこともありましたが、この自分はその大変さをどういう形で書けるだろうかと色々考えてはいたんですね。そういう時期に、英語圏でも読まれることを意識して、日本社会の今の現実を映したものをなにか書けないだろうかと考えた結果……実はこの話、二〇一一年三月一一日の福島の原発事故の切迫感を念頭に組み立てたんです」
──へえええ! そうなんですか、全くそれは気が付きませんでした。
「熱が出てるぞ、冷やさなきゃ、みたいなあの慌てっぷり。子育てなんて全くしたことのない連中がそれを引き受けざるを得ない。あれは原発事故のメタファーとして書いたものなんです」
──なるほど。ヘリコプターが原子炉に向けて放水していた映像を思い出しますね。なんだかずしりときますね。
「あのときの右往左往感を小説として書いておきたかった。シャッター通りとなった街でくすぶっている十代の連中が、赤ちゃんを親族に引き渡せば金をもらえるという噂を聞き付ける。そういった打算の中で、赤ちゃんの面倒を見なきゃいけなくなる。最終的にそれを引き受けるのかどうか。そういうドラマで日本の今を表現したかったわけです」
──検索を封印して、自分の実体験と、二〇一一年の原発事故の際の不安感を、赤ん坊の熱を下げなきゃいけないという展開に重ねていたわけですね。二〇二二年になり、掲載から時間を経て、今こうやって作者の意図を聞く体験に意味があったんだなと感じています。原発事故を匂わせるようなことは一切書かれていなかったからこそ、あえて書かなかった作者の思いが強く伝わってくるように思います。
「書いた当時の記憶はだいぶ薄らいでいますが、自分としては新しい試みができたような感触はありました。原発事故処理という現実を念頭に置いて犯罪にからむ不慣れな子育ての切迫状況を描くうちに、作品が多面性を帯びて奥行きも深まるような感覚を持てました。これを書いていたので、『オーガ(ニ)ズム』では子育てをうまく対象化できたのかもしれないですね」
──物語自体も派手なのは最初だけで、極めて控えめな進行をしていきますよね。登場人物たちは自分らの身に起こったことに驚いていますが、投げ出すことを選択しませんね。この物語の背後に、原発事故の原子炉のシルエットがあったのだと知ると、とても腑に落ちます。
「あまりそう読んではもらえないのですが、震災に関しては何作も書いてきたつもりなんです。『オーガ(ニ)ズム』もそうですし、『Deluxe Edition』に収録されていた『Ride on Time』や『In a Large Room with No Light』というプリンスの曲名を引用した作品も、震災小説と言えるはずなんですが、評論家にはスルーされてしまって悲しいです」
(つづきは明日7日公開)