ためし読み - 14歳の世渡り術
田村文『いつか君に出会ってほしい本 何度でも読み返したい158冊』収録の大江健三郎『芽むしり仔撃ち』書評を公開
田村 文
2023.04.20
同通信社文芸記者の田村文さんによる、11年間560回を超える中高生向け読書案内の連載を書籍化しました。本書には、先日逝去された大江健三郎さんの『芽むしり仔撃ち』の書評を収録しています。これから大江さんの本を読む方や多くの著作の中から何を読み返そうか迷っている方に、ぜひお読みいただけましたら幸いです。
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「つかの間のユートピア」
太平洋戦争末期、感化院の少年15人が教官に引率され、山奥の村へ集団疎開する道中から物語は始まる。目的地に着く直前に2人が脱走し、「僕」を含めた少年たちは出発できず、村人の好奇の目にさらされている。「檻のなかの獣」のようだと「僕」は思う。
非行少年は歓迎されないのだ。脱走した2人が巡査と教官に連れられて戻る。血だらけだった。逃げる途中で農民に見つかり襲われたのだという。「僕」は自分たちを嫌悪する人たちの「壁」に囲まれていると知る。
大江健三郎(1935年〜)の小説「芽むしり仔撃ち」はそんな過酷な状況を設定し、読者を「僕」の運命に同伴させる。「僕」はこう語る。
「人殺しの時代だった。永い洪水のように戦争が集団的な狂気を、人間の情念の襞ひだ、躰のあらゆる隅ずみ、森、街路、空に氾濫させていた」
ようやく目的の村に着くが、そこでは疫病が流行し始めていた。仲間の少年1人が死に、村人たちが交通路を遮断して去る。「僕」たちは閉じ込められたのだ。残ったのは少年たちと、疫病で母を亡くした少女、朝鮮人集落の少年、脱走兵、犬。社会から疎外された者たちがほんのつかの間、自由と友愛、連帯によるユートピアをつくる。
雪の降った1日が美しい。雪滑りに夢中になり、猟をして鳥を捕り、祭りをして歌や踊りに興じる。「俺たちは棄てられたんだぜ」と言う仲間に「僕」は返す。「俺たちの村さ」「俺は誰からも棄てられた訳じゃない」
やがて村人が戻ってくる。夢の時間は終わった。少年たちは次々に村人に服従していくが、「僕」は屈服せず、絶望的な脱出を試みる。「壁」を突破し、自己を解放しようとする少年の精神の雄たけびが聞こえたような気がした。
(記事配信日:2017年05月26日・268回)